第12話 金貨三十枚では、相棒は売りません
宿へ、箱を買いたい人が来た。
迷宮の古い物を集めている商人だという。
カランの金具と蓋を見て、金貨三十枚、と言った。
俺は思わず、金額を聞き返した。
半年では、とても稼げない額だった。
母さんへ新しい仕事机を贈れる。旅の馬車も買える。
前世では、荷物を積む車を自分で持つことが、小さな目標だった。
カランは、俺を見上げた。
蓋は、閉じたまま。
商人は笑った。
「使役魔物なら、手放す手続きもできる。箱の形は珍しいが、人に慣れているようだ」
俺はカランを見た。
蜘蛛へかみついた蓋。
薬の布を押さえた角。
眠っている俺の裾を、離さず挟んでいた歯。
「こいつと、一緒に来ているだけです。俺の所有物として、売る約束はできません」
商人の笑みが薄くなった。
「君にとっては大きな額だろう」
「大きいです」
そこは、嘘をつかなかった。
「だから、他の仕事なら、ぜひください。落とした品の回収や、危険な場所への荷物の搬入なら、相談できます」
商人は、少し黙った。
それから、卓へ指を一度置いた。
「本当に、回収ができるのか」
話は、箱の値段から、仕事の話へ変わった。
若い採取員が第四層へ置いてきた、鉱石の検査箱。
場所がわかり、持ち主もわかる。ギルドへ依頼を出すことになった。
俺たちは、翌日その箱を取りに行った。
三番の札から出て、歩いて二十分。
セナが見張り、トーリが箱の印を確かめる。
俺は八枠目へ入れ、広間を経由して一層へ戻した。
普通の収納の重さは、変わらない。
四十キロの箱を入れれば、その分、ほかの荷物は減らす必要があった。
だから、行く前に必要な物を分けていた。
採取員は、自分の名前がある箱へ手を置いた。
「もう、買い直すしかないと思ってました」
その声を聞くと、前世の玄関先を思い出した。
待っていたものが届いたときの、少し軽くなる顔。
報酬は、金貨三十枚よりずっと少ない。
でも、一度で終わる値段ではなかった。
次の依頼へつながる、仕事の額だった。
帰り道、カランが俺の袖を引いた。
新しい帯の金具を、噛まない程度に触っている。
「もっと丈夫なのが欲しい?」
箱は首のない体を振った。
かわりに、俺の掌へ前足を載せた。
少しの間、そのまま歩いた。
俺は箱を買ったのではない。
相棒も、俺を金貨で選んだわけではなかった。




