第10話 戻ってこいとは、どの口で言うんだ
ガレスが俺を呼び止めたのは、ギルドの裏庭だった。
「ノア。隊へ戻れ。荷物も、取り返せ」
俺はカランの革帯を結び直していた。
結び目を確かめてから、顔を上げた。
「俺を置いて、帰ったよな」
「危険な時の判断だ。おまえが動けたなら、結果として問題ないだろう」
死ぬかもしれなかった瞬間のことが、喉の奥へ戻ってきた。
ロープが切れる音。
真っ暗な底。
俺はその場へ座ったまま、手を一度握った。
「戻らない」
ガレスが眉を寄せる。
「白銀級の隊へ入れてやったんだぞ」
「共用品は、ギルドへ返した。使った分も記録した。俺の持ち物は、返す必要がない」
俺は立ち上がった。
今度は、自分から動ける場所へ足を置いた。
「報酬の未払いと、あの報告については、支部長と話す。俺を勝手に離脱したことにしても、俺は戻ってきた」
彼が手を伸ばしたとき、カランが間へ入った。
歯は見せない。
四本の足を床へ広げ、蓋の星を光らせる。
ガレスは、一歩下がった。
「そんな魔物に、何ができる」
「俺を置いていかなかった」
言うと、背中のほうで扉が開いた。
イゼルさんと、フィオがいた。
フィオは俺を見て、顔を下へ向けなかった。
「支部長へ、話した。ロープはガレスが切った。ノアが勝手に進んだわけじゃない」
ガレスが振り返った。
「隊の人間が、味方を売るのか」
「ノアも、隊の人間だった」
彼女の声が、最後で震えた。
でも、言葉は引っ込めなかった。
イゼルさんはガレスへ、探索許可の停止を告げた。
隊員の別々の証言と、入坑記録、共用品の所在。
未払いの報酬も、隊の帳簿で確認されていた。
聴取を続ける間、金獅子として迷宮へ入ることはできなくなった。
俺は、フィオへうなずいた。
「話してくれたことは、ありがとう」
彼女は口を開きかけた。
俺は先に、もう一つ伝えた。
「でも、あの時、戻ってきてほしかった。それは、今も思う」
彼女は目を閉じ、うなずいた。
その答え以上を求めず、俺は裏庭を出た。
受付で、未払い分の受領をした。
証拠が消えないうちに、隊の預け金から支払われたのだ。
俺は金貨を握りしめた。
いきなり世界で一番強い人になったわけではない。
ガレスの言葉を全部忘れたわけでもない。
それでも、自分の仕事の分が、自分へ戻った。
宿へ帰る道で、カランの背負い帯を新調した。
内側へ柔らかな布を縫い、俺の肩にも、箱の角にも当たりにくいもの。
カランは試着すると、短い足で俺の袖を二度たたいた。
「気に入ったか」
蓋が、かたんと鳴った。
俺たちの最初の共同購入は、金貨の宝箱でも、魔剣でもなかった。
一緒に歩くための帯だった。




