化物との邂逅 7
二人の会話が落ち着いたところで、話を遡る。
「聞きそびれていたんだけどさ、どうして僕を眷属にしたのかな?」
「どういう意味?」
「いやね、吸血衝動に支配されたきみは、僕の体中の血液を飲み干しただろう。そのまま死体を何処かに捨ててしまえば良かったんじゃないかと、そう思ったんだ。後、僕はまだ眷属になる仕組みも分かっていないしね。」
「あぁ。その事ね。」
僕の質問に対し、妓詠は丁寧に答えてくれる。
「まず、眷属の作り方から説明するわ。端的に言えば、血液の共有。人間の身体から血液を吸い尽くした後、自身の血液を干からびた身体に少し流し込むの。そうすれば、化物の血液が体内に浸透して、身体の構造そのものを書き換える。二十分と経たない内に、半人半鬼の出来上がりよ。」
どうやら彼女は僕の血を吸い尽くした後、自身の血を僕に分け与えたらしい。
「きみは僕の命の恩人なんだね。」
彼女が僕を眷属にしなければ、僕はあの場で終わっていたのだろう。
「まぁ、見方によっちゃあ、そうかも知れないわね。」
でも、襲った相手から感謝されるなんてね。彼女はそう言って笑っていた。
「どうやって、黒井の身体に血を与えたのか。説明しなくて良いのか?」
不知火が横から口を挟む。確かに首の傷はそこまで大きくなかったので、気にならないと言えば噓になる。
「それ、今話すことかしら?」
妓詠は言葉を濁らせる。話し辛い事なのだろうか、興味が深まる。
「今じゃないかも知れない。だが、いずれは教える事だ。善は急げ、昔の人間は良い言葉を残したな。」
「急がば回れ舞われ。とも言うわよ。」
「それは用心深く物事に取り組めと言う意味で、やるべき事を後回しにしていい理由にはならないと思うぞ。」
不知火は冷静な口調で正論を放つ。彼とは口論したくないものだと思った。
妓詠は言い返せないようで、押し黙ってしまう。
暫しの沈黙の後、ボソボソと言葉を紡ぎ始めた。
「血液を与える方法ね。まぁ、何と言うのかしら。まず、吸血鬼の体液には化物の遺伝子が含まれているの。それは、唾液なんかも例外ではなくてね……。」
彼女の言葉は次第に小さくなり、最後の方はモニョモニョと言って聞き取れない。
問存在だと思っていたクラスメイトの、初めて見る反応に思わず胸がキュンとする。内なる庇護欲の様な、そんな感情を誘う仕草だ。
「つまり、何をすれば血を与えられるの?」
「それはつまり、き……すれば……。」
「よく聞こえないよ。もっとはっきり言ってくれないと。」
「だからっ。その、キス……すればいいのよっ……。」
妓詠は語気を強める。
満月に照らされた彼女の頬は紅く染まっていた。
「口付けで眷属を作るだけだ。なぜこんな事で口籠るのか。」
「思考の全てが人間の常識から外れた、化物には分からないかもね。」
妓詠は不知火をキッと睨みつけ、悪態をつく。
「つまり僕は眠っている間に、きみに口付けされたんだね。」
「さながら、眠り姫といったところか。尤も、白馬の王子様では無かったようだな。」
「もう一度、風穴開けてやろうか。」
妓詠は静かに語気を強める。
「妓詠は、今まで眷属を作っていたんじゃなかったの?」
彼女は自身を、仲間を増やせるごく一部の内の一人だと言っていた。不知火も、何人もの眷属を葬ってきたようだし。
「あのねぇ、そもそも眷属を作るのって特別な事なのよ。血で繋がった、言わば家族を作るようなモノだからね。本来、場当り的にしていい行為じゃないの。」
二人とも人を尻軽みたいに。と、妓詠はそっぽを向き、ぶつぶつと文句を垂れている。
不貞腐れた様子の彼女を横目に、不知火が僕に耳打ちする。
「あぁは言っているが、眷属化の価値観は人それぞれだぞ。食事のついでに眷属を作る奴もいるし、自分を守るために従順な兵隊を量産する奴もいる。まぁ、量産すればする程、その品質は下がってしまうんだけどな。」
「品質が下がる?」
「眷属って言うのは、自身の遺伝子を分け与えた存在だ。初めはよく働きよく考える吸血鬼モドキが生まれる。しかし回数を重ねる毎に遺伝子が劣化していく。吸血鬼と言うよりは、思考を持たないゾンビに近いモノばかりが作られる。こう言うの、粗製乱造と言うのだろう。俺が今まで見てきた手合いは、そう言う奴も少なくなかった。」
「つまり、どういうこと?」
「御託を並べてみたが、アイツの考え方は化物よりも人間に近いってことだ。」
話がややこしくなる前に、彼はそうやって話を纏めた。
「しかし、お前は妙に落ち着いているんだな。」
「どういうこと?」
不知火の言葉に、僕は首を傾げる。
「お前も察していると思うがアイツは口付けという行為に対して恥じらいの感情を覚えている。それなのにお前はどうだ。当事者だというのに、取り乱す様子もない。」
彼の視線は、何時までも顔を紅くしたままのクラスメイトに向いていた。
「僕だって、多少は取り乱しているよ。只、僕の中では同性はカウントされないんだ。」
「純潔は守られた訳だな。」
化物なのに。と、彼は余計な言葉を口にする。
余談はさておき、本来の質問に戻る。
「それで、どうして僕は眷属にされたのかな。」
「そうね。その話だったわね。」
僕の言葉で、妓詠は冷静な表情を取り戻す。
「貴方の身体から血を吸い尽くした後、私は正気を取り戻したわ。そうして最初に考えたのは、次の吸血衝動が何時訪れるかっていうこと。」
「次の?」
首を傾げる僕の横から不知火が口を挟む。
「今日まで奴が血を飲まずに過ごせていたのは、血の味を知らなかったからだ。吸血鬼にとって、人間の生き血っていうのはこの上ない御馳走なんだよ。それは細胞レベルで刻まれていて、身体が血を求めずにいられなくなる。」
「私が説明したかったんだけど、まぁその通りよ。」
解説の肝だったのか、妓詠は少し不服そうだ。
「でも、血の味を覚えることと眷属を作るのって、何か関係があるの?」
「眷属の段階が低いと、血液の味が人間のソレと近いらしい。兵隊としての眷属と、食事用の眷属を作る吸血鬼もいるくらいだ。まぁ、悪魔にも理解し難い話だな。」
「理解できないなら黙っていて欲しいわ。悪魔が御喋り好きな方が、理解に苦しむわ。」
彼女の鋭い視線が不知火に突き刺さる。
「話したがりは種族柄だ。元々、言葉巧みに人間を陥れる化物だからな。」
オホンと、わざとらしく咳払いして妓詠は話を続ける。
「私は只、静かに暮らしたいだけ。肉親はいないけど協力者がいるの。今度紹介するわ。貴方は血液を少しだけ、私に譲ってくれればいい。高校を卒業したら、私は貴方の前から消える。時間がたてば鬼の血は薄まって、やがて人間に戻る。」
話し終えると、彼女は僕に手に平を差し出す。
「貴方が協力してくれるなら、この手を握って。」
僕は彼女の手の取り、強く握る。
「過程はどうであれ、きみは命の恩人だからね。出来る限り協力させて貰うよ。」
彼女は上品に微笑み、僕の手を握り返した。
「契約成立ね。それじゃあ、これから吸血鬼のアレコレについて説明するわね。」
彼女は僕を連れて屋上に戻る。不知火も僕達についてきた。
僕達は屋上の机に腰を下ろし、話し始めた。
夜はまだ始まったばかり。疲れも眠気も感じなかった。




