化物との邂逅 6
青白い光を放つ人影に向かって、僕は口を開いた。
「きみに協力するとして、僕はどうすればいい?」
「何もする必要はない。強いて言うなら、俺の邪魔をしなければ良い。俺が奴を殺す、その邪魔さえしなければ、お前は救われる。」
「もし、きみが彼女を始末するところを、僕が邪魔したらどうなるのかな。」
「まず、お前を始末することになるな。人ならざる化物になった全能感なのか、異形の力を手放したがらない手合いは多い。まぁそういう輩は全員、二度と月を拝むことはなかったんだけどな。」
人影は、無慈悲な声でそう言った。
僕は人影から一歩後退する。
「それじゃあ僕は、きみに始末されなければならないね。」
「何故だ。」
表情は見えないが、人影の声は疑問を孕んでいる様に感じた。
「妓詠を殺させないように、邪魔するからだよ。」
「違う。何故、お前が邪魔をするのかと聞いている。出会って間もないが、お前は他の奴らとは違う、話の分かる男だと思っている。異形の力や、眷属という肩書きに執着している訳でもあるまい。」
「簡単な話だよ。」
更に一歩、後退しつつ僕は言った。
「きみよりも、妓詠の方が魅力的に思えたからだよ。それと、これでも僕は女の子だ。二度と間違えないで欲しいな。」
「そうか……。」
即座に距離を取れるよう身構えていると、人影は深々と頭を下げた。
「すまなかった。」
「……。」
驚いて声も出なかった。てっきり、襲い掛かってくるものとばかり思っていたが、意外な反応だった。
「初対面で性別を間違えてしまうとは。さぞ、不快に思った事だろう。」
「気にしないでよ。男子用の学ランを着ていたら、そりゃあ紛らわしいよね。ただ最近は、制服を自由に選択できるんだよ。」
失礼なのは否定しない。だが今から殺し合いをするかもしれない相手に、律儀に謝るものだろうか。
「言い訳の様だが髪が短く、勘違いしてしまった。」
「確かに、女の子にしては短いかも。男の子にしては長いかも知れないけど。」
髪が少しボサついていたのも、勘違いさせた要因だろうか。別に無頓着と言う訳でもないのだが、極めて関心がある訳でもない。
「出来ることなら、お前と殺し合いたくはないと思っている。」
人影はポツリとつぶやく。
「女の子だから?それとも、性別関係なく僕の事を気に入ってくれたのかな?」
明らかに此方に危害を加える様子はない。奴の態度から、僕は直感的にそう感じていた。
自分でも意外な程、僕は人影に対して友好的だった。化物としての直感か人間としての感覚かは分からなかったが、何となく話しやすそうだと思ったのだ。
少し間を置いて、人影は僕の問いに答える。
「両方だな。うら若き乙女を殺すのは忍びない。それと、お前を殺すと目覚めが悪そうだと思った。何の建前もない、本心からの言葉だ。」
「光栄だね。」
人影の言葉に頷く。確かに奴は化物だが、発言の節々に僕を巻き込まないようにと言う気遣いを感じる。
「出会い方が違えば、良い友人になれたのかもね。僕達。」
「同感だ……な……。」
言い終えない内に、人影の腹部を化物の腕が貫いた。
「首を落とせたからと言って、油断したようね。それとも、私を殺すこと以上に、優先することがあったのかしら。」
いつの間にか首から上が戻っていた妓詠は冷ややかな笑みを浮かべ、言葉を紡ぐ。
「流石は悪魔の炎。再生するのにかなり時間を浪費したわ。あのまま全身を燃やしていれば、或いは貴方の勝利だったのかもね。」
でも残念。彼女はそう言い放ち、人影の腹部から腕を抜き取る。小さな炎が宙を舞い、着地する直前にヨロの闇へと消えていく。
腹部に穴が開いた人影は、青白い光を放ったまま膝から崩れ落ちた。
「あ……。」
倒れた人影に駆け寄ろうとして、妓詠に制止される。
「改めて紹介するわ。」
やわらかい口調だが、その表情は氷のように冷たい。
「彼は不知火。炎の悪魔であり、吸血鬼ハンターをしているわ。私の数少ない友人よ。」
不知火と呼ばれた人影は、校庭に倒れこんでピクリとも動かない。
「妓詠、首が落とされたんじゃ……。」
「お馬鹿ね。まだ化物の自覚が無いのかしら。」
心配する僕を、彼女は冷たく突き放す。
「吸血鬼は首を撥ねられた程度じゃ死なないわ。まぁ、厄介な火の所為で再生が遅れたのだけれどね。」
彼女の首元で、青い炎が小さく揺らめいていた。
妓詠は細い指で、首に纏わり付く火を払う。行き場を失ったそれは、夜の闇に静かに消えていった。
「知っているかしら、青い炎は空気を多く含んでいるの。その為に傷口が酸化して……。まぁ簡単に言うと、直りが遅くなるのよね。」
月をバックに上機嫌に話す彼女に対して、僕は控えめに言う。
「きみは、彼を殺したの?」
「いいえ。悪魔はこの程度じゃ死なないわ。」
彼女がそう言い終えない内に、青白い人影が立ち上がってきた。
「あら、存外早かったのね。」
嘲笑気味に、妓詠はそう声を掛けた。
不知火は、薄ら笑いを浮かべる彼女を一瞥し、僕の方に向き直る。彼は手を差し出して、穏やかな声で言う。
「改めて、不知火だ。今後とも、よろしく頼む。」
いつに間にか腹部の穴は塞がっていたが、敢えて言及することはなかった。
「あ、黒井 晶です。よろしく。」
僕は遠慮がちに彼の手を握る。
火傷するかとも思ったが、光を放つその手はほのかに暖かかった。
「不知火さんって、呼べばいいのかな。ですかね?」
「呼び捨てで構わない。敬語も必要ない。こちらは黒井と、そう呼べばいいのか?」
「黒井でもいいし、晶でもいいよ。」
「そうか、それなら晶と呼ばせて貰う。」
「うん。よろしく。」
「こちらこそ、よろしく。」
僕達は再び、硬い握手を交わした。
僕の手を握る不知火の背後から、妓詠が顔を出した。
「不知火、どうして私を無視するのかな?」
「簡単な話だ。」
不知火は妓詠の方に向き直る。
「黒井の方が、お前より魅力的だからな。」
「言うじゃない。ついさっき出会ったばかりなのに。」
さながら昔からの友人の様に軽口を言い合う二人に、僕は素朴な疑問を投げかける。
「あの、殺し合わなくていいの?」
「今日は、もういいんだ。」
不知火は言葉を続ける。
「今こいつを殺そうと思えば、お前諸共始末することになる。それは気が進まない。」
「へぇ、不知火。今まで会ってきた眷属達はあっさり片づけていたのに、この子に対しては躊躇うのね。」
「こいつは今までの、力に捉われて襲い掛かってきた屑とは違ったからな。」
「そこまで評価してくれるなんて、私も鼻が高いよ。」
「お前を褒めたつもりはない。」
僕は二人の会話する様子を眺めつつ、不知火からの評価を嬉しく思っていた。




