化物との邂逅 5
突如、強い風が僕たちを襲う。
一筋の風が僕たちを囲み、竜巻のように空へと舞い上がる。
「ごめん、話は一旦切り上げ。」
妓詠は校庭を見降ろし、嬉しそうに目を細める。
「招かれざる客が来たみたい。」
僕も彼女のように、校庭を見降ろす。
満月に照らされた校庭。その中心に、青白く光る影がひとつあった。あれが招かれざる客だろうか。
青白い人影は、僕達を見上げたまま静止している。
「降りましょうか。」
彼女は僕を促すと、フェンスを飛び越えて校庭に飛び降りる。僕はその行動に、何ら疑問を抱かなかった。少し高いが、怪我をする事もあるまい。直感的にそう感じていた。
僕も彼女に倣い、フェンスに手をかける。フェンスの高さは二メートル程あったが、飛び越えられない訳でもない。下半身に少しだけ力を入れ、屋上の床を蹴った。
僕の身体は二メートル程度飛び上がり、ゆっくりと地面に降り立つ。
妓詠は既に校庭の中心で。人影と向かい合うようにして立っている。
「来たわね。高所に恐怖を感じなくとも、初めてなら多少抵抗があると思ったのだけど。貴方の心が化物に傾いているのか、元々壊れていたのかしら。」
彼女はそう言うと、右手を口に近づけてクスリと笑う。
「僕の事は良いから、きみの客人を紹介してくれないかな。」
「そうね。紹介するわ。私の旧友。はるばる海の向こうからやって来た知り合いなの。」
そう話す彼女の背後で、青白い人影はゆっくりと右腕を振りかざす。
「化物仲間、とでも言うのかしらね。彼の方は、私の事を仲間なんて思っていないのかも知れないけど。少なくとも私は……。」
言い掛けたところで、彼女の言葉は途切れた。
途切れたと言うより、切られたと言うべきか。
彼女の身体は姿勢良く立ったまま、その首だけが地面に落ちた。
「はぁ?」
思わず声が出た。散々、客人だの旧友だの言っておきながら、殺されているじゃないか。
妓詠の身体は背筋を伸ばし立ったまま。頭部が虚ろな顔をして転がっている。首から上に青白い炎が揺らめいていた。
僕も殺されるのだろうか、こんな顔も分からない化物に。
化物に襲われたかと思えば、こんなところに連れてこられて知らない化物と対面して。
平凡な人生だったが、最後の瞬間が劇的に描かれるのであれば、面白かったと言えるかも知れない。ゆっくりと呼吸を整えて、覚悟を決める。
「身構えなくていい。お前を殺すつもりはない。」
突然、人影が声を発した。低い男の声だった。
「なんだ、日本語を話せる事に驚いているのか。」
人影は話を続ける。流暢な日本語、海の向こうから来たと聞いていたのだが。
「日本の学生相手に異国の言葉を離してもしようがないと思ってな。だからこうして日本語で話しているんだ。にわか仕込みだが、案外話せているだろう?」
「完璧だと思うよ。現代語の評定三の意見だけどね。」
やはりと言うべきか、化物と対面しているにも関わらず僕は冷静だった。
「なんだ、意外に落ち着いているんだな。変わりたての元人間なら、泣き叫んで逃げようとするものなんだが。」
「逃げようとしたら、きみは僕の足を不自由にしてでもここに引き留める。何となくだけど、そう思ったんだ。」
「ほう、虚勢を張っている訳でもなさそうだ。化物への適応が早いのか、はたまた只の狂人か……。」
人影は、感心した様に頷いた。
首から上を落とされて棒立ちしている少女を避けて、人影は僕の前に立った。
「僕も、殺すつもりなのかな?」
人影は、首を横に振る。
「先程も言ったが、俺はお前を殺さない。むしろ、お前を救済する気でさえいる。ただし、お前の選択次第だけどな。」
「救済?」
思わず聞き返してしまう。始末されるならまだしも、化物に救済されるとは。
人影は頷き、首を落とされ立ち尽くしている吸血鬼を顎で指す。
「そこにいる吸血鬼を殺す。そうすればお前は人間に戻る。簡単な話だろう?」
「吸血鬼、妓詠の事か。」
「そうだ。お前はこいつに噛まれて、化物になったんだろう?ならば話は簡単だ。吸血鬼の眷属は、大元が消えれば自然と元に戻る。尤も、徐々に時間をかけてだが。」
真夜中。静かな校庭に、男の抑揚のない声が響いていた。




