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信仰と信頼と 2

二十時半を三分程過ぎた頃、背後から待ち人の声が聞こえた。


「ごめんなさい。待たせちゃったみたいね。」


僕は声のする方向に視線を向けて、口を開く。


「いいえ。約束の時間通りですよ。先……輩……。」


もう少し気の利いた言葉でも言えれば良かったのだが、視線の先にいた人の姿に、僕は言葉を失ってしまっていた。

明らかに学校の制服ではない。ゆったりとした黒いローブを身に纏い、肩まで覆うベールが彼女の髪から首まで隠している。首から下げている十字架のアクセサリーは、ロザリオと言われる物だろうか。夜中だというのに先輩の姿が良く見えるのは、吸血鬼としての利点だろう。

現実では滅多にお目に掛かれない、僕には縁が無いと思っていたもの。修道服を身に着けた先輩の姿がそこにあった。


「こんばんは。黒井君。」

「えぇ、こんばんは。先輩。」

「もう、そんなに畏まらなくていいのに。」


先輩はそう言い、上品に笑う。普段見慣れない恰好故に、彼女の可愛らしさも五割増だ。

 僕が男の子であれば、愛の言葉を囁いていたかも知れない。女性である事をこれほど口惜しく感じるとは。これも初めての体験だ。

 驚きこそしたが、この二日で溺れる程の非日常を味わって来た僕だ。そう言うモノだと思いさえすれば、これ以上動揺する理由も無い。こんな図太さも、化物の感性に浸食された為だろう。

そもそも、先輩はそういう団体の従順な信徒だ。日頃から修道服を着ていても、そう言うものだと納得出来る。僕はそれらに関する知識が乏しいので、具体的な疑問を持つことも無い。

先輩は自身の胸元に手を当てて、小さく首を傾ける。


「不思議な格好をしているでしょう。貴方には、あまり馴染みの無い物でしょうし。」

「えぇ、確かに驚きました。漫画などで多少なりと知った気でいましたけど、本物を見るのは初めてです。」

「ふふ、そうでしょう。」


先輩は穏やかに笑う。彼女のローブは体のサイズより明らかに大きかったが、腰の辺りを紐で留めており整った印象だ。只ひとつ気になるのは、腰回りに見える銀色の塚。先端は身体に隠れて見えていないが、穏やかな代物ではないだろう。

 僕の視線から何かを察したのか、自身の腰に手を回す。


「黒井君。あまりまじまじと見つめられると、私も少し照れ臭いわ。それとも、これが気になるのかしら。」

「いえ、まぁ……。そうですね。それも気になりますし、僕を呼び出した理由も気になっています。」


後、もうひとつ。正門は閉まっていた筈だが、どうやって入って来たのだろうか。用事が終わってから聞いてみよう。

 僕の言葉に対し、先輩は口元に人差し指を当て怪しい笑みを浮かべる。


「これの事は、どうせすぐに分かるわ。それよりも、貴方を呼び出した理由を話そうかしらね。あまり長々と話すのも趣味じゃないし、簡潔に済ましましょう。もう夜だしね。」

「お願いします。」


先輩はもう夜だと言ったが、僕からすればまだ夜だ。態々口にする事でもないので、心の中に留めておく。化物の価値観だ、誰かと共有しようとも思えない。

 先輩は深く深呼吸をし、言葉を紡ぐ。


「今日の昼休み、黒井君の様子を見ていてね。ひとつの仮説を立てたの。今日は、その証明の為に来てもらったの。これは、その為の道具。」


 彼女の手にある銀色の塚。その先には、棘の付いた銀の鉄球が鎖で繋がれている。


「これはね、モーニングスターって言うの。日本語に直すと明けの明星。ロマンティックな名前よね。」


彼女の持つ凶器が全貌を現した時、僕の身体が小さく震えた。武器そのものか、名前に対してかは定かではない。しかし本能的に身の危険を感じた僕は、咄嗟に後ろに飛び、先輩との距離を広げる。


「なんで、そんな危ない物を持っているんですか。」

「なんでと言われても、そんなの決まっているじゃない。」


先輩は不敵な笑みを浮かべて、ゆっくりと此方に歩みを進める。


「貴方の様な化物を、始末する為よ。」


言い終えない内に先輩は大きく振りかぶり、手に持った凶器を振り下ろす。

 鎖が大きくしなる。鉄球が僕の居る場所を目掛け、勢い良く落下してきた。


(なんで。怖い。意味が分からない。逃げなきゃ、逃げなきゃ……。)


思考が纏まらないまま、僕は地面に身を投げ出す。

ドンッと鈍い音が夜の校庭に響き渡る。先輩が振り下ろした鉄球は、整備されたグラウンドの土を押し潰し、地面が深く抉れる。

間一髪、避けることが出来たが、無数にある棘のひとつが僕の右肩を掠めていた。制服が破れ、到底かすり傷とは言えない程深い傷が刻まれる。


「あ、うぅ……。」


傷口の焼ける様な痛みに、情けない声が出る。聖水を飲んだ時と同等か、それ以上の苦痛が僕の思考を鈍らせる。

 吸血鬼は、首を落とされても再生する。であれば、肩の傷くらいすぐに治っていい筈なのに。傷口は一向に塞がる気配を見せないどころか、痛みが増すばかりだ。


「貴方の様子を見て、確信したわ。その肩を抉っているのは、これ。」


彼女は銀の塚を振り上げ、鉄球を自身の足元に落とす。


「この武器はね、化物に対抗する為に、ちょっとした細工を施しているの。例えば、この球は、高純度の銀を加工して造られた物。ご存じの通り、銀の刃に切り裂かれた吸血鬼の肉体は、再生能力が著しく低下する。」


初耳だよ。そう訴えたかったが、再び振り下ろされた鉄球改め銀球の前に、僕は逃げ回る事しか出来なかった。

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