変らない日常と変わりゆく認識 8
話を本題に戻す。昼間の事についてだ。
「そう言えば、聖水や十字架を持っていて、吸血鬼について知見がある宗教団体について知らないかな?」
「ふむ……。」
彼女は頬に手を当て、考える仕草を見せる。
「いや、知らないなら良いんだ。自分で調べる事も出来るから。」
「いいえ、その必要はないわ。」
彼女は頬から手を離し、腕を組む。相変わらず、僕の机に座ったままだ。
「それは聖十字警察、なんて呼ばれている団体よ。丁度貴方が昼休みに会って来た人も、その団体に属している。」
「何でもお見通しみたいだね。」
「ふふ、卒業したら探偵にでもなろうかしら。」
彼女は得意気に笑い、話を続ける。
「海の向こうに居た頃から、存在は知っていたわ。吸血鬼に限らず、化物が人間社会に混じらない様に前以って排除する過激派集団だと聞いていた。まさか、日本にも来ていたなんてね。」
「吸血鬼にとっては、天敵みたいな存在なのかな。」
「そうとも限らないわ。」
妓詠は首を横に振る。長い髪の毛が無造作に振り回され、彼女の香りが鼻先をくすぐる。
「いくら化物に有効な武器を持っていたとしても、扱うのは只の人間。吸血鬼の速度についていける訳でも、腕力で勝てる訳でもない。まぁ、そういう事よね。」
彼女の話を聞いて、ひとつの疑問を抱いた。
それは、ほかの何でもない。僕に友人の事である。
「きみは不知火の事を、吸血鬼ハンターだと言っていたよね。」
「確かにそう言ったわ。それと、私の友人だとも言ったわ。」
彼女の注釈を無視して話を進める。
「不知火は炎の悪魔であり、聖十字警察は化物全般と敵対する組織だよね。」
「えぇ、そうね。」
「吸血鬼ハンターは独立した肩書きなの。それとも、そう言う化物は特別にも逃しているの?」
「後者ね。実績のあるハンターは報酬を貰い、同族や異種族の化物を殺すの。不知火も、あんなので優秀なハンターよ。」
「不知火が?」
と、驚いては見たものの、彼の口から何体もの吸血鬼を殺してきたと聞いていた。それなりに実績があってもおかしくはないだろう。
それはそうと、今度は別の疑問が浮かぶ。
「彼が名のあるハンターだったとして、どうして妓詠が命を狙われていたの?」
「あら、私ってあっちの世界だと結構有名なのよ。」
彼女は首をくるりと曲げて、僕の方を見る。見た目が人間と変わらないだけに、その仕草は少し不気味だ。
「きみが有名なのは、眷属が作れるから?」
「その通り。貴重であり危険だからね。その存在が現れると、法外な報酬で依頼が交わされるらしいわ。」
彼からの受け売りだけどね。と、妓詠はにこりと笑う。首を回したままなので、大変恐ろしい。
「にしても、貴方もなかなか鋭いわね。卒業したら、一緒に探偵業でも営もうかしら。」
「無事卒業出来たら、考えようかしら。」
吸血鬼で探偵。なかなか格好良い肩書きだ。真剣に考えてみようか。
話は変わり、彼女の交友関係についてだ。
「妓詠ってさ、不知火以外に化物の知り合いはいないの?」
「殆どいないわね。物心ついた頃には独りだったもの。不知火を除くと、今面倒を見てくれている協力者くらいのモノね。」
「そうなんだ。その協力者も人、僕にも紹介して欲しいな。」
「えぇ。いつか必ず紹介するわ。」
妓詠はそう話し、小さく飛び跳ねる様にして立ち上がった。
「さて、そろそろ帰ろうかしら。貴方は?」
「僕も帰ろうかな。あ、妓詠は先に帰っていてよ。僕は教室の鍵を返したら帰るから。」
「偶には、私が返しに行こうか?」
気遣ってか憐れんでか、何方にせよ心優しい彼女の提案に、僕は首を横に振った。
「お気遣い痛み入るけど、遠慮しておくよ。」
「あら、心配しなくても、鍵の場所くらい把握しているわよ。」
「その心配はしていないよ。でも、これは僕が勝手にやっている事だから。」
「そう。それならお先に失礼するわ。また明日。」
妓詠はそれ以上何も言わず、踵を返して教室を後にした。
徐々に離れて行く彼女の背に、僕も別れの言葉を口にする。
「また明日。」
妓詠は背を向けたまま、控えめに右手を挙げた。
彼女の姿が見えなくなると、小さな寂しさが胸を締め付けた。
気を取り直し、教室の施錠を始める。一度家に帰って、日が沈んでから出掛けることにしよう。服装は、学校だし一応制服を着ておこうか。先輩も制服を着てくるだろうし、私服ならばそれはそれで眼福だ。
下らない事に思考を巡らせつつ、僕は教室を後にした。




