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変らない日常と変わりゆく認識 4

 場面を戻す。

高校に辿り着く頃には、僕はすっかり疲弊してしまっていた。太陽の光が、ここまで体力を奪うものなのか。不便な身体になったものだと、つくづく実感した。

校舎に入ると、多少なりと疲労が回復した気がする。直射日光を浴びていないからだろうか。

時刻は午前七時過ぎ。まだ登校して来る学生はおらず、校舎内は閑散としている。グラウンドからは、朝練に励む運動部の声が響いてくる。今の僕であれば、太陽の下で運動なんかしようものなら、たちまち倒れてしまうだろう。

時間が経てば、慣れるものなのか。時間がある時に妓詠に聞いてみよう。

そうこう考えている内に、教室の前に着いた。早朝と言うことで、教室の鍵は閉まっている。普段通り、当たり前の事だ。

 鞄を廊下に置き職員室に行こうとして、ふと足を止める。鍵の閉まった扉を見ながら、僕は彼女の言葉を思い出していた。


「吸血鬼は、鍵のかかった扉を開くことができる。」


僕の目の前には、鍵のかかった教室の扉。都合良く周囲に人はいない。

 詳しい方法は聞いていなかったが、どうすれば良いのかは何となく理解していた。

 ゆっくりと扉に手を伸ばし、鍵穴をそっと撫でる。


「……。」


扉の鍵は閉まったままだ。

 そういえば、日中は人間も吸血鬼も大差ないとも言っていた。鍵開けのなんかも例外ではなかったらしい。

 誰が見ているという訳でもないのだが、何となく気恥ずかしさを感じてしまい早足で職員室に向かう。さっさと鍵を借りて、教室でひと呼吸おく事にしよう。

 早朝と言う事もあり、職員室もガランとしている。勤勉な雰囲気を纏う中年の先生に挨拶し、鍵を取る。授業外で先生方と会話する機会は今のところ無い。僕は目につくような生徒でもないし、帰宅部なので当然の事かも知れないが。

 いつも通りの歩幅で教室に戻る。誰か待っている訳でもないので、急ぐ必要も無い。

 時刻は七時十五分頃。後、二十分もすればクラスメイトが続々と入ってくる。それまでは、読書するなり自習するなりして適当に過ごしている。クラスメイトが来てからは、少しの間席を立ち、教室が騒がしくなった頃に戻れればいい。

 折角仲の良い同士で集まっているところ、近くにクラスで浮いている奴がいると気まずいだろう。まだ、入学して間もないので、話しかけた方が良いかも。なんて気の遣われ方しても気さくな挨拶なんかできる筈もない。

 孤立していた方が、捻くれた僕にはお似合いだ。鞄から文庫本を取り出す。最近購入した推理小説だ。今度ドラマが放送されるらしい。因みに半分ほど読み進めたが、犯人には皆目検討つかない。

 のんびり読書をしていると、扉を開く音がした。クラスメイトの男の子達が三人集まって教室に入ってくる。ひとりが、遠慮がちに声を掛けてくる。


「あ、黒井さん。おはよう。」

「うん。おはよう。」


顔を上げて挨拶を返し、本に視線を戻す。直ぐに席を立ってしまえば、露骨に避けている様に見えてしまう。いやまぁ、実際に避けているのだが。

 彼らは自身の席に鞄を置くと、ひとりの席に集まり雑談を始める。始業前の、穏やかな学校風景だ。

十分ほどして、文庫本を片手に静かに席を立つ。物音を立てない様に扉を開け、教室を後にした。

少しずつ話し声や笑い声が増えてきた廊下を通り、階段を登る。僕らが使用している教室は二階にあり、僕が向かう先は三階にある。

社会科準備室、僕が普段も時間を潰している場所だ。鍵もかかっていないし人が入ってきたことも無い。少し埃っぽいが、案外快適な場所だ。

周りに人がいないことを確認して、社会科準備室に入る。室内は、棒状に巻かれた模造紙や埃を被った地球儀が、段ボールの中に乱雑に詰め込まれている。

僕は古びた机に腰掛けて、読書を再開する。読みつつ思うのだが、この小説の探偵は何とも頼りない。如何にも気の弱い偽善者と言った印象を受ける。

偽善者。悪人よりかは余程マシなのだろうが、良い気もしない。僕自身、捻くれた性格なのでそう思っているだけかも知れないが。

時刻が八時十分を過ぎた頃、僕は社会科準備室を後にする。クラスメイトもその殆どが既に教室に入っているだろう。

早足に階段を降りて、開け放たれた扉から教室に入る。クラスメイトの殆どはお喋りに興じていたが、一部の視線はひとりの女の子の元へ集められていた。


「あら、おはよう。」


妓詠は僕の存在に気付くと、上品な足取りで近づいて来てそう言った。


「うん。おはよう。」


僕は素っ気無くそう返した。話したい事は山ほどあったが、ここで話すのは明らかに場違いだ。彼女は一瞬、僕と目を合わせて自分の席に戻って行く。僕も無言で席に着いた。

 僕らの行動に、クラスメイトは疑問を抱かない。人当たりの良い優等生が、クラスで孤立した女の子に声を掛けただけの事。何ら不思議な事は無いのだ。

 例え、昨晩唇を交わした仲だろうと、それを知る人間はこの教室にいない。

 しかし、僕と妓詠でこうも違うのか。席に着いた僕は、教室の様子を観察しながらそう考えていた。彼女は席に着くなり、数人のクラスメイトに囲まれている。対して僕は、誰とも話さず独りで読書に耽っている。時折、クラスの男の子達から視線を感じる事もあるが、好奇か、憐みの眼差しだろう。気に留める必要も無い。

 朝の時間は緩やかに過ぎていき、間もなく担任の先生が教室に入って来た。クラスメイトは一堂に席に着き、そのまま朝のホームルームが始まる。

 僕は担任の話を聞き流しつつ、窓から差し込む太陽の光に辟易していた。

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