変らない日常と変わりゆく認識 3
僕と不知火の仲が深まったところで、妓詠が不機嫌そうに割って入った。
「黒井さん、貴方、誰の眷属なのか自覚あるのかしら。人のファーストキスまで奪っておいて、随分と浮気性なのね。」
奪ったというか、勝手に捧げられたのだが。
「僕だって初めてだし、状況は同じだよ。それに、主と友人だと接し易さも変わるさ。」
「私にも同じように接して欲しいのだけど。もう少し血を吸って、従順になってもらおうかしら。」
怖いことを言ってくる。いざとなれば、不知火に助けを求めよう。
ふう。と、ひと呼吸して、彼女は話を切り上げる。
「他の弱点については、追々説明するわ。即死する物は無いって事だけ覚えておけばいいと思うよ。」
「何かあったら、その都度頼らせてもらうよ。」
「そうして。」
吸血鬼、ひいては自分自身に関する説明を終えたところで、何となく引っ掛かっていたこと聞いてみる。
「妓詠って、年齢いくつなの?」
「急にどうしたのよ。貴方と同じ十六よ。何百歳の同胞もいないことはないけど、日本にはいないわ。少なくとも、私は十六歳よ。」
「それは、失礼しました。」
僕は素直に頭を下げる。高校生とは言え、女性に年齢を聞くのはご法度だった。
「失礼ついでに聞くんだけどさ、妓詠って本名なの?」
「えぇ、本名よ。」
彼女はあっさりと答える。
「私は正真正銘日本産まれの吸血鬼なの。まぁ、両親は海の向こうに行ってしまったんだけどね。今は学校の屋上や協力者の住処を寝床にしているわ。」
「そうなんだ。」
彼女について、少しだが理解を深める事が出来た。
次に僕は、ある意味妓詠よりも気になっていた事を口にする。
「不知火は炎の悪魔なんだよね。」
「あぁ。その通りだ。」
「生まれは日本じゃないんだよね。」
「生まれも育ちも海の向こうだ。地図に疎くて具体的な事は言えんが、白人ばかりの街だったな。」
彼はそう答えるが、僕が聞きたいのはそんな事じゃない。
「どうして、不知火って名前なの?海の向こうの生まれなら、ピッタリの名前があるんじゃないの?」」
「どうしてって。日本に来たからだな。」
僕は初めて彼の説明を理解できなかった。
頭に疑問符を浮かべる僕を他所に、彼は話を続ける。
「悪魔って言うのは、固有名詞を持っている奴の方が少ないんだ。殆どが、特性そのままの呼び方だ。炎の悪魔だとか、水の悪魔だとかな。俺もその内の一体だったんだが、日本に来た時に自分で名前を決めたんだ。日本にも、炎を操る怪異がいるだろう。それから名前をもらったんだ。ついでに、名前を付ける事で、その地に根付きと言う話もある。」
「それで、不知火か。」
「恰好良いだろう。自分では気に入っているんだが。」
「似合っていると思うよ。」
格好良いかどうかは兎も角として、名は体を表すとも言う。炎を操る怪異と言う意味ではこの上ない良い名前だろう。
「ところで、不知火の年齢も僕らと変わらなかったりするの?」
「悪魔に年を重ねる文化は無いが、現世に顕現してからの月日と言う話ならば覚えている。二十年と七ヶ月だ。」
「僕達、結構近かったんだね。年齢。」
「そうだな。」
彼は気さくに相槌を打つが、相変わらず抑揚が小さな声。青白い光の所為で表情も見えないので、感情が分からない。
「妓詠と不知火はさ、どうやって知り合ったの?」
その質問に対して妓詠は身を乗り出し、不知火は顔を逸らす。
「高校に上がる前に、彼の方から絡んできたのよ。それから何度か会って、今ではすっかり仲の良い友達よね。」
「適当な事ばかり言う。」
不知火は大きく溜息を吐く。抑揚の小さな声だが、呆れの様な感情が含まれている事は理解できた。
「俺は此奴を駆除する為に、近づいたんだ。眷属を作れる吸血鬼は、危険視され易いからな。俺の能力は吸血鬼対して有効なんだが、この有様だ。」
「返り討ちにあった訳だ。でも。今日は首を落とす事が出来たじゃない。」
「それはお前がいたからな。」
「僕?」
「初めての眷属にファーストキスまでしたんだ。自覚は無くとも、浮足立っていたんだろうな。あぁも簡単に首を取れるとは。」
「そういう貴方も、黒井さんと話して再生する時間を与えたのだけどね。」
「どうやら俺も、浮ついていたらしい。」
僕を抜きにして、僕の話をするのはやめて欲しい。変に照れ臭い。
夜更け。そろそろ日付が変わる頃だ。
「今日のところは、解散しましょうか。」
妓詠がそう切り出す。聞きたいことはある程度聞けた。初めての連続だったので聞きそびれたことも多いだろうが、分からないことは後々聞いていけば良いだろう。
「黒井さんは、自分の家に帰るのかしら。親御さん、心配しているかしらね。」
彼女の言葉に、僕は首を横に振る。
「大丈夫。親は両方とも遠い所に住んでいるから。」
「そう。」
彼女はそれ以上何も言わなかった。大した事かも知れないし、大した事無い話かも知れない。真実は神のみぞ知るという奴だ。
まぁ僕は化物なのだが。
「不知火は、どうするのかな。妓詠と同じ所で寝るの?」
「冗談はよしてくれ。」
不知火は右手で首元の辺りを触る。
「俺は俺の根城に帰るさ。ここでお別れだな。」
「残念だよ。せっかく、友達になれると思ったのに。」
お別れ。その言葉を聞き、露骨に落ち込んでしまう。
「どうせまた会う。少なくとも、俺が此奴の命を狙い続ける限りはな。」
彼はそう言うと、屋上から勢い良飛び上がる。
彼の身体は青い火の玉になり、夜空の中に消えていった。彼の通った後には、花火の上昇音の様な甲高い音が響いていた。
「せっかちな男ね。」
静けさを取り戻した夜空を眺めて、妓詠はそう呟く。
「私達も帰りましょうか。屋上からは、降りられたから大丈夫よね。」
「うん。それじゃあまた明日。」
「えぇ、また明日。」
そう言って彼女も屋上から夜空に消えていった。
こうして、僕達の長くおかしな夜は終わりを告げた。




