変らない日常と変わりゆく認識 2
前日の夜の事、僕は高校の屋上で、妓詠と向かい合っていた。不知火は、僕の隣で腕を組み立っている。
「まず、何から説明しましょうか。」
適当な机に腰掛けて、彼女は言う。夜の静寂に、囁くような声が響いていた。
「何からと言ってもね。分からないことだらけだから、質問のしようがないよ。」
「そうかしら。それじゃあ、吸血鬼の特性について語ろうかしら。」
「よろしく頼むよ。」
了解。と、彼女は上機嫌に頷いた。
それから彼女の講義が始まる。夜も更けてきたが、時間は問題ないだろう。
夜はまだまだ長いのだ。
「まず、吸血鬼の特性と言うか、能力、特技みたいなものから話すわね。」
「そうだね。気になっていたところだよ。」
僕は彼女の提案に賛成した。
「じゃあ、話すね。吸血鬼には共通の能力と、固有の能力があるの。固有と言っても、人間で言うなら、足が速いとか絵が上手とかその程度の認識ね。」
「きみの眷属を作る力は、いわゆる固有の能力なの?」
「その通り。吸血鬼によっては、人間に化けたり無数の蝙蝠になったりするわ。伝奇なんかで出てくる特性が、振り分けられたと思ってよ。」
ひと言で吸血鬼と言っても、その全てが同一個体のハズが無い。人それぞれ違いがあって然るべきだろう。
「それと、吸血鬼共通の能力ね。まずは再生能力。首を撥ねられたりしても生きているわ。次に、空を飛ぶ能力。これは個体差があるわ。私の場合は、高く飛び跳ねて滑空するイメージ。人によっては、翼を広げて鳥のように宙を舞うこともできるのよ。後は鍵のかかった扉を開くことができるわ。あまり使い道はないかしら。他にも色々あるけれど、まぁこのくらいね。何か質問はあるかしら?」
僕は控えめに手を挙げて、自彼女に質問をする。
「眷属の能力は、大元と同じなのかな。」
「その通りね。只、眷属は特異を引き継がないわ。」
「特異?」
突然の聞き慣れない言葉に、思わずオウム返ししてしまう。
「特異って言うのは、さっき言っていた吸血鬼固有の能力の事だ。基本的に一体に付きひとつあると思っていい。だが、ごく稀に特異を二つ以上持った吸血鬼が現れる。変身能力と眷属作成を併せ持っていたりな。そういう奴が眷属を作ったとしても、変身能力は引き継がれない。親が運動出来るからと言って、子も運動出来る訳じゃあない。」
横から、不知火が説明してくれた。
「いい説明ね、不知火。只、あまり口を挟まないで欲しいわね。」
妓詠は冷たい口調で彼を突き放す。友人だというのに態度が冷たい。寧ろ、友人だからだろうか。
仕切りなおして、妓詠は話を再開する。
「次に、吸血鬼の弱点について話すわね。黒井さん、吸血鬼の弱点と聞いて何を想像するかしら。」
「弱点か……。」
僕は首を傾げて考える。
吸血鬼と言うのは結構ポピュラーなもので、弱点と言われれば割と思い浮かぶものだ。取り敢えず、思い浮かんだ順番に挙げていく。
「太陽の光でしょう。十字架にニンニク、後は聖水や流水かな。うん。思い浮かぶのはそのくらいかも。」
「大体合っているわね。認識に差異はあるのだろうけど。」
彼女は穏やかな表情で頷く。しかし、僕の中にひとつの疑問が浮かぶ。
「でも妓詠、きみは太陽の下にいても平気なのか?」
その言葉に、彼女の口角が僅かに上がる。友人にクイズを出した子供の様だ。
「どうして、そう思ったのかしら。」
「きみは体育の授業を休まなかったし、太陽の下を歩いているところも数え切れない程見てきた。僕の知識だと、吸血鬼は太陽の下に出ると身体が灰になってしまう。」
「それこそが、認識の差異なのよ。」
彼女は細い指で、僕を指差した。さながら犯人を特定した名探偵の様な、そんな仕草だった。
僕の言葉を待たずに、妓詠は再び話し始める。
「数百年の月日を経て、太陽は吸血鬼を受け入れた。だからと言って、吸血鬼が太陽を克服した訳ではないのだけれど。」
「どういうこと?」
「例えば、太陽の下にいる吸血鬼は人間の同等の身体能力しか持たないの。身体能力も再生力も、普通の人間と変わらない。」
「昼間は著しく弱体化するってこと?」
ゲームの様な例え方だったが、彼女は大きく頷いてくれた。
「その通りよ。吸血鬼の殺し方のひとつに、日中に首を撥ねると言うのがあるわ。太陽の下では、吸血鬼は再生できないの。因みに、太陽の下で息絶えた吸血鬼の身体は、灰になって消えるわ。」
「それじゃあ、きみは危険を冒しながら通学していたってこと?」
「そうとも言えるし、そうでないとも言えるわね。」
「むむむ……。」
僕は説明を受ける側なので偉そうな事は言えないが、彼女の説明は常に質疑応答の形だ。このままだと、時間がいくらあっても足りない。
僕は助けを求める様に、隣に立つ悪魔の顔をチラリと見た。彼は僕を一瞥して、口を開く。
「日中の吸血鬼は人間と変わらない。そして、化物特有の気配も消えてしまう。だから、此奴が化物だという確信がないと襲えないんだ。万一人間を手に掛けてしまえば、次は自分が駆除対象に成り下がるからな。それに、昼間から凶器を振り回していれば、何も知らない人間に駆除されてもおかしくない。吸血鬼ハンターとしても、日中より夜間の方が都合がいい。」
「危険な様に見えて、人間社会と言う鎧に守られているってことかな。」
「そういうことだな。」
「ありがと。」
僕は不知火と顔を見合わせて、控えめに笑う。妓詠を見捨てて、彼に救済されても良かったかも知れない。しかし、そうなると彼と話す機会は一度もなかっただろう。やはり、妓詠を見捨てなくて良かったと、改めてそう実感した。




