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極悪人の罪を、代わりに償うことになりました。  作者: 眞也 刃流
第一章 : 極悪大凶者の開闢
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第七話:裏切られた知人達

 鳥居眞屋(とりいまや)を出た天鳴(あまめ)達は、銛を手に持って森に入り、川の方に向かって歩いていた。


 強い日差しが二人を照らしつける。


 天鳴は暑さを感じないため、身軽に歩いているが、その一歩後ろで汗をダラダラと流し、顔を真っ赤に火照らせている海(かい)はノロノロと足を動かしていた。


 こんな暑い時ぐらい襟巻を外したらいいのにと思うが、さっきから出会う人々は襟巻や頬被りなど、やけに暑苦しい格好をしていたのを思い出す。


 そういう文化があるのかもしれない。


「……にしても、ここって結構荒れ果てた世界だよな」


 森に入る直前、一部の民家は塗装が剥がれ落ちたり、瓦礫が崩れたりしている所が多く、酷いところは民家や店自体が崩れてほったらかしにされていたことを思い出した。


「……ここは階級が凶以下の人達が多く住んでるところだからこうなってるだけだよ」


「そうなんだ?」


「うん……他の国はここよりもっと快適に暮らせるよ。大門が境としてあるから、君が行けることは今の時点じゃ無理だろうけど……向こうの屋敷とか、相当立派なんだって」


 気だるげそうな口調で説明する彼に、天鳴は若干申し訳ない気持ちになった。


 片手に銛を持ったまま、天鳴は店を出る直前に帳場箪笥(ちょうばたんす)から咄嗟に持ち出してきた手持ちサイズの古くてボロい記帳を、もう片方の手で懐から取り出して開く。


 そこには、この世界の昔からの掟が記されていた。


――――サンセリバでは魂力の階級に応じて居住や立ち入れる領域が決まる。


 贖罪の難易度もまた、階級によって大きく左右されるらしい。


 階級制度は、それぞれ『御籤(みくじ)』として例えられている。


    【大吉】【吉】【中吉】【小吉】

      【末吉】【凶】【大凶】


 基本の七階級以外は、


『神大使(しんだいし)』、『極悪大凶者《ごくあくだいきょうしゃ》』、『半(はん)』、『白紙(はくし)』、『場愚(ばぐ)』


 という、希少な五つの階級があるみたいだが、極悪大凶者以外はどんな性質なのかは未だに不明。


 ほぼ都市伝説みたいなものだ。


 なお、階級は自身より低い所はどこの国でも往来は可能だそう。


 そして、天鳴達の住む国は 『凶餐羅(きょうさんら)』だった。


「へ〜。中吉が行ける国には『城』があるらしいぞ!」


「……君が行けるのは最低百年ぐらいは、かかりそうだね」


「お爺ちゃんになってんじゃん!」


「まぁね。でもこの世界は歳なんてとらないから……」


「何それ異次元じゃん……あっ」


 次のページを捲ろうとするその手を止め、天鳴はあ(・)る(・)も(・)の(・)を思い出した。


 さっき懐から記帳を取り出した時、指先に当たった硬くてガラス製の物――――。


「そういえば、海に聞きたいことがあってよ」


「……?」


 足を止め、記帳を閉じて懐にしまうと同時に、お目当てのものを代わりに取り出した。


 以前の『黒坂天鳴』が持っていたであろう、一つの書体が彫られた小さな小瓶。


「これ。なんて書いてるか分かったりする?」


「…………ッ!?」


 一歩後ろにいる海の顔の前に差し出すと、物憂げに細められていた彼の目が徐々に見開かれていく。


 そんな海の変化に気付かず、天鳴は言葉を続けた。


「俺には読めなくてさ――――」


「……なんで」


 刹那、海が弾かれたように手を伸ばすと天鳴の襟巻を力強く鷲掴みにした。


「へ?」


「君が持っているの?」


 突然の出来事に、天鳴は目を白黒させて上擦った声を漏らす。


 瞳孔を開かせた彼の瑠璃色の瞳の奥は、相手を射抜くような鋭さを帯びて、天鳴の顔を見つめている。


 天鳴の動揺など気にも留めず長い指が真っ白になるほど、ギリギリと未だに襟巻を締め上げ、ドスの効いた声で問いただしてくる。


「え、えっと……知らなくて……気付いたときには、もう懐に入って……た……」


 海から滲み出る重圧感に若干声を震わせしどろもどろに説明すると、海は掴んでいた手を徐々に緩め、やがて手をゆっくりと離す。


 そこでようやく天鳴は全身の強張りが解けてまともに息ができるようになったとき、海がポツリと呟いた。


「……造反者か」


「か、海?」


「……確かめたいことがあるんだ。着いてきてよ」


 海は、俯いたまま川のある目的地とは全く逆の方向へと歩き出した。


 遠くから微かに聞こえる川のせせらぎが遠ざかっていくのを名残惜しく感じつつ、天鳴は手の中にある小瓶を強く握りしめて海の後を追った。


           ***


 森の奥に歩き続けて、数分ほど経った。


 お互い何も言葉を交わさず気まずい沈黙が流れる。


 茂みに入り、いつしか鳥のさえずりすら聞こえなくなった代わりに、だんだんとキツくなる腐敗臭に思わず天鳴は襟巻に鼻を押し当てる。


 余りにも耐え難い臭いに、我慢の限界を迎えた天鳴は口を開いた。


「なぁ海……どこまで行くんだよぉ……もうそろそろ日も落ちそうだけど」


「もう着くよ」


「臭いも……キツイし……ここ森だろ?それなのに空気重くないか?」


「……」


 天鳴の問いかけに答えず、海はただ無言で前を歩き続けている。


 仕方がなく肩を落とすと、それ以上言葉を重ねるのをやめた。



 あれからどれほどの時間が経ったのだろうか。



 時間の感覚を失うほど、木々が陽光を遮り辺りは薄暗くなっている。


 何も聞こえない。


 聞こえるのはただ二人が茂みを踏み分ける足音だけだ。精神がどんどん削られ、頭がおかしくなりそうだ。


「な、なぁ……ちょっと、休憩でも――」


 若干の錯乱状態に陥りそうになり、思わず弱音を吐きそうになったそのとき、海は不意に足を止めて振り返った。


 彼は虚ろな目で、ただ黙って天鳴を見つめている。


「えっ……と、どうした?」


「黒坂くんが言ってた鳥居眞屋に出てきた人達って、この人達のこと?」


「へ?」


海がすっと横に避けた、その視線の先には――――。


 凄まじい悪臭を放つ、腐った遺体の山が積み上がっていた。


「!?……ゔッ……!!! 」


 見るも悍ましい光景に一気に胃がひっくり返るような錯覚に襲われる。


 吐き気が込み上げるが胃の中には何も入っておらず、ただ喉の奥が引き攣るようにその場で膝をついて嘔吐くことしか出来なかった。


 積み上げられている遺体の中には、鳥居眞屋にいたあの店主らしき老女と、青年三人の姿があった。


 首元には引っ掻き傷による血が溢れ、腹には凄惨な穴が空き、辺りはどす黒い血溜まりができている。


「やっぱそんな反応になるよね」


 海は淡々とした態度で、嘔吐く天鳴を見下ろしている。


「はぁ…はぁ……な、なんで…こんな目に」


「君の持っていた瓶は『移魂剤(いこんざい)』っていう、別世界の人間の魂を身代わりとして、強制的にこのサンセリバへと連れて来るための薬だよ」


「え……?」


「簡単に言うと、前の黒坂 天鳴はこの薬を使って君を身代わりにした、ってことだね」


 死体に慣れているのか、顔色一つ変えることすらせず、当然のように振る舞う海に、天鳴は目を疑った。


「前の黒坂くんが何でこんなもの持ってるのか……まぁ、大体は見当がつくけど……今はいい。彼達がこうなった原因は『迷い人』による贖罪の放棄と仲間に対する裏切りの二重罰則。造反者は余計に罪が重いからね」


「⋯⋯」


「極悪大凶者《ごくあくだいきょうしゃ》を仲間として受け入れた人達にも被害が及ぶから。これがその代償さ」


「なんでッ!」


 声を荒らげ口元を伝う唾液を袖で拭うと立ち上がり屍の山を指さした。


「な、なんで海はそんな平気そうに見ていられるんだよ!?」


 大量のハエが群がり、蛆も湧き、肉が溶け落ちて白骨化しているものもあれば、今もまだ鴉や害虫に肉を食われている死人もあった。


「そんな理不尽な罰則、これっぽっちも納得いかない!だけど、百歩譲ってこの世界の仕組みがそうだとしても、こんだけの死体の山だぞ!?なんでこんなところに葬送されずに積み上げられてるんだ!このままだと魂が肉体に囚われたまま、暗闇で彷徨ってるかもしれないのに!」


 眉を寄せて悲痛な顔をした天鳴に、海は目を丸くさせた。


「……君にはそれが気になったんだ。残念だけど、それは無意味なだけ。触れたら何らかの細菌が瞬時に移るだろうし、毎日ここに何十人の半死人が行き着くんだから」


「なっ……」


「それにこの国は、凶以下の集まり。善人が、この国にいると思う?」


 何も言い返せず天鳴は唇を噛み締めた。


そして、海は屍の山の方に目を向けると、消え入りそうな声で呟く。


「善意のある人もきっかけさえあれば、簡単に道を踏み外してしまうからね」


 誰かに対して向けた海の独り言の呟きにすら気づかず、天鳴はただ渋面を浮かべ、乗馬袴を握りしめていた。


「僕が君に言いたいのはただ一つ。今後こんな薬を使ったり、少しでも暴挙に出れば、君と仲を深めた知人達は……全員このザマさ。それなりの覚悟はしてよ」


 天鳴は俯いていた顔を上げると、淡々と言い放つ彼の顔を見る。その目は天鳴に対して明確な敵意を向けているように見えた。

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