第六話 : 気分転換
天鳴は、喜びのあまりに雄叫びを上げそうになるのを何とか堪え、代わりに愉快そうに破顔した。
「っしゃぁ!んじゃ、今日から海は、俺の相棒なっ!」
「話ちゃんと聞いてた?…それに僕たち今日会ったばっかでしょ」
「ハハッ、まぁまぁ。あ、ちょっと待って!切り替えする!」
「切り替え?」
立ち上がりキョロキョロと辺りを見渡すと、朱色の布がかけられた鏡台に向かう。
目当てのものを見つけそれを掴むと、伸びて邪魔だった前髪と触覚をスパンっと音を立てて、勢いよく切った。
天鳴が掴んでいたのは和バサミだった。
無造作に伸びた髪を姫カットに切り整え、後ろの長い髪を、もう一度一纏めに結び直す。
触覚を出してよしっと気合いを込めるように声を出すと、海は立ち上がり腕を組んで天鳴の一連の流れを不審がった。
「なんで髪切ったの?」
「気合いを入れるため!……あと、今は違う黒坂天鳴だ!って皆に証明させるため?見た目変えたらわかるかなぁ…って」
少し照れくさくなり頬を掻いて振り返ると、海は呆れたように鼻で笑った。
それが余計に恥ずかしくなったので、天鳴は話題をそそくさと変える。
「と、とりあえず、ほら何かしないといけないんだろ?何すればいいんだ?誰かと戦うのか?……ダンジョンとか?」
「ダンジョン……?……とりあえず、まずは手洗わないと」
「手?」
海はそう言い残すと、厨の引き戸を開けて袖口を捲った。
***
「……黒坂くん」
もくもくと白い蒸気が湧き上がる中、突然地を這うような声が聞こえると天鳴は、声をかしこまらせて返事をする。
天鳴と海は今、厨に立って熱心にお団子作りをしていた。
「はい、なんでしょう」
天鳴は、こねこねと団子を丸めるのにひたすら集中して目線は常にお団子。
何個丸めたのか数えることすら諦め、丸めすぎて天鳴の脳には、ゲシュタルト崩壊が起き始めている。
団子…団子ってなんだ?この白くて柔らかいものは、もはや、粘土?
そんなことを考えている間に、横で同じく丁寧に団子を丸めていた海は、明らかに不機嫌な態度を露骨にして天鳴の腕を肘で小突いてきた。
「形がどれも歪すぎる。なんで普通に丸くすることすらできないのかな」
「こ、怖いです。海先輩、それ確か世間ではパワハラって言うんですよ」
「何言ってんの?」
冷ややかな目線を向けられると、流石に天鳴はこれ以上ふざけていられず口を噤んだ。
――――バイトやパワハラなど、そういった言葉の意味は分かっているのに、肝心な記憶は無いってどういうことなんだろうか⋯それに、
天鳴は団子を丸めていた自身の手を見つめる。
武骨な手に、カサカサに乾いた指先。刃物に切り付けられたであろう白くなった傷跡も、何もかも天鳴には若干の既視感がある上、それと同時に微かな違和感を抱いた。
以前もこんな傷だらけな手だった気がする。
そこまで考えると、何故か頭が重くなり始めて、気を紛らわせようと顔を上げる。
すると、人が一人も通っておらず静かな光景が店棚越しに見えた。
「というか俺達、呑気に団子なんか丸めてていいのか?」
「良くないかもね」
思わず天鳴はズッコケそうになり、力が込められ握っていた団子がぺったんこになった。
「良くないのかい…」
「でも鳥居眞屋の地代の回収日もそろそろ近いし、稼ぎはあった方がいいからね。家無しになるよ?」
「ここ、家にもなるんだ」
「そうだね」
海は全ての団子を丸め終わったのか、次は天鳴が丸めた歪な形をした団子に手を伸ばし、手際よく形を整える。
機敏な海に対し、天鳴のぺったんこになった団子はまだ手の中にあった。
「…海は家どこらへんなんだ?」
「野宿だよ」
「ななな、なんでだよ!?」
「銭が無くてね。団子もらうよ」
「ぁ」
海の手により全ての団子の形が綺麗な丸に仕上がると、天鳴が大事に持っていた団子を取り上げる。
蒸気の上がった蒸し器に濡れ布巾を敷いて器用に団子を並べる作業に移る。
「……にしては身なりはちゃんと綺麗だよな」
「川で洗ったりはしてるからね、炊き出しもあるから生活に困ったことはないよ。それに、ここらへんは殆どの人が家ないんじゃないかな?」
並べ終えて蒸気の勢いを調整するとフタをかぶせる。後は蒸し上がるのを待つだけだった。
「さっ、だいたい二、三十分ぐらいは蒸さないといけないから。その間に出掛けよっか」
水桶で手を洗っている天鳴に声をかけ前垂れを解くと衣桁に掛けて捲っていた袖を下ろした。
「出掛けるって何処に?」
「川だよ。今のうちに魚でも取りに行かないと…、夜は危ないしね。お腹、減ってないの?」
「あ〜減ってる……って、ちょっ、はやっ!待ってくれっ!」
先々厨を出る海に、天鳴は急いで前垂れを解くと衣桁にかけてその背中を追いかけた。




