第五話:三ヶ月の猶予
「一緒に働いて、一緒に贖罪を果たそうっ!」
海に向かって熱く言い放ちながら、拳を力強く掲げて決める。
しかし、彼の見開いたその目はすっかり冷ややかなジト目に変わっていた。
「なんでそうなったの」
「この世界の人達は贖罪を果たさなきゃいけない…なら海もそうだよな?俺に出来ることがあるなら手伝うし、お互い持ちつ持たれつだろ。それに、民間人から助けてくれた挙句、足の手当てまでしてくれて、なんと!この世界のことも教えてくれた!俺はそんな心が優しい人と仲間になれたら心強い。海もそう思わないか!?」
───とか言いつつ、海という男の存在が気になっているのも多少はある本音。
黒坂 天鳴や歴代の迷い人の情報を明らかに知っている。それを探るためにも海は間違いなく今の自分に必要だった。
……それに、さっきからずっと胸の奥が引っかかっている気がする。
なんてことを頭の隅で考えながら早口で捲し立て熱弁する天鳴に、海はズバッと切り離した。
「全く思わないね。さっきも言ったけど僕は助けてなんていないからね。君、頭の中が相当お花畑なんじゃない?」
海は腕を組むと、煽るように自身のこめかみを指先でトントンと叩いてみせる。
「……ぅぐぐ」
首を縦に振らない海に、天鳴は肩を上げ悔しそうに歯軋りをする。
そんな天鳴の態度を見て、海は斜め下に視線を落とすとボソッと呟く。
「それに僕、戦えないからね」
「そんなの!……戦う?」
「ここは修羅の世界だからね……盗みも争いも日常茶飯事だよ。私利私欲のためなら、友達や仲間、それに家族だって、どんな相手でも徹底的に潰してまで目的を果たす。無慈悲な人間しかいないんだよ……さっきまで自分がどんな悲惨な目に遭っていたかもう忘れたんだ?」
馬鹿なの?と言わんばかりの視線が天鳴の顔に突き刺さる。
「ゔっ……ということは、民間人が俺を殺そうとしていたのは何かの利益になるからってことか?」
「あぁ、それはまた別だよ。彼らより黒坂くんの方が残虐な行為を今まで繰り返してきたからね」
あまりの絶望にヘナヘナと膝から崩れ落ちるとボヤきだす。
「そ、そんな……俺てっきり鳥居眞屋で売上一番でも目指すんかとばかりに」
「売上って……あぁ、ここお店だからか……そういえば君、贖罪はまだ見ていないよね」
「あ〜見てないわ。えっと…くっ、見えん…」
天鳴は立ち上がり、自身の襟巻をズラして下を向くが、直接見えないことに気付く。
周囲を見渡すと、卓袱台の上にぽつんと置かれてあった小さな手鏡を手に取って頸切痕へと映した。
だが、書かれていた骨刻文字を解読出来ず、そのまま降参するかのように再び畳に倒れ込んだ。
「よ、読めない……」
「君は学力が相当無いのかもしれないね」
海は、呆れたように溜息をつくと気落ちする天鳴の傍へとしゃがみ込んだ。
そして、代わりに読み取ろうと手鏡を取り上げて天鳴の襟巻を乱暴に外す。
「うわっ!?……てか、そんなのもわかんの?」
「今までの黒坂くんは読めてたからね。えっと……あ、やっぱり階級は変わんないね。極悪大凶者だ。えっと君の示唆は……『運命』『選択』……『業報』だってさ」
淡々と読み上げられるが、示唆の内容を微塵も理解出来なかった。
「……業報?」
「これを手がかりに、せいぜい贖罪果たしなよ」
天鳴の疑問に反応せず襟巻を器用に巻き直すと、ポンポンっと軽い調子で天鳴の肩を叩き、そのまま立ち上がった。
まるで、自分の役目はここで果たしたかと言わんばかりに去ろうとする海に焦ると、天鳴は慌てて次の話題を引き出した。
「だから海も一緒に……っていうか修羅の世界なのに、戦いなんかせずに、今までどうやって生き延びてたんだ?なんか防御の魔法とか使えてたとか?」
コスモルガが、紫炎や鎖を出していたことを思い出す。天鳴は、自分達もああいう魔法が使えるのではと考えた。
「魔法って……はぁ……」
必死な姿の天鳴に再び海は、何度目かの溜息をつくと腰に手を当てて見下ろした。
「そんな幻想話ここには無いよ。使われるのは術だけ……その術が関係してあるんだけど、僕は頻繁に『魂力』を消費することが出来ないんだ。少しくらいなら使えるけど、それ以外は最大限まで貯めとかないと大がかりな『魂術』は一切使えないからね」
そのとき、海の額からダラダラと垂れ落ちた汗が畳にポタリと落ちると染みを作る。
それに対して天鳴は汗一つかかず、涼しげな顔でその汗を目で追った。
天鳴にとってはこの世界は丁度いい気温なのだが、外は快晴で先程から鳴いている蝉の鳴き声が耳に入ってくる。
実際は気温もだいぶ高いようだが、天鳴にはそれを一切感じなかった。
「ちなみに『魂力』は、自身の魂の活力のこと。その出力量によってそれぞれ術の威力や性質が決まるんだ。それを変換して術にすることを『魂術』っていうよ」
伝う汗を袖で拭うと、実演するかのように手を掲げた。
そこには今にも消えそうな瑠璃色の淡い水霧の揺らめきが宿ると人差し指に移動させ、天鳴の顔に向けて放出させる。
天鳴の頬に、微風が一瞬掠めるが痛みというより、擽ったくて少しだけ痒くなっただけだった。
自身の頬を手で撫でていると、ある名案がピコンッと閃く。
「ふ〜ん……あ、ならさ」
「?」
天鳴は太い人差し指を立てて、海の胸に突きつける。
「俺が海を守るからさ、海は俺の心の支えになってよ」
「……」
天鳴にとっては単純で率直な提案だった。
海は、天鳴の言葉に眉一つ動かさずその顔をただ見つめる。
「俺って極悪大凶者ってやつなんだろ?そんな男なんだからさ、力もそれなりにあるだろうし……もし、無くてもこの先どうにかする。海はただ、店の手伝いをしてくれたり、手当てとかしてくれたらそれだけでも助かるしさ」
頬を掻いてチラリと海を盗み見る。だが、彼は表情一つ変えず「寝ぼけてる?」と、冷めた言葉を投げられ思わずズッコケそうになった。
「ね、寝ぼけてないわい!……こんな理不尽な世界に一人でも信頼できる相手が居るって分かったら、何だってできる気がしてしまうもんなんだよ!」
ビシッと腕を伸ばし海の顔を人差し指で指差すと、彼は苦虫を噛み潰したような顔で、その指を見つめた。
「それに、海はあのとき助けたつもりは無いって言ってるけど。俺にとっては、助けてもらったってことになるんだよ。だから、今度は自分がそうしたい」
民間人達が天鳴を取り囲み、罵倒や暴力を浴びさせ全員が殺気立つ中。
ただ一人。海だけが確かに天鳴を救ってくれた。
彼本人にそのつもりがなかったとしても、あのとき、止めてくれなければ天鳴は今五体満足でここには居なかっただろう。
「……何が言いたいの」
「私に、海を守らせてよ」
海を見上げる天鳴の、一点の曇りもない真剣な緋色の瞳がその顔を貫く。そして、天鳴の一人称が変わったことに気づいた海は、微かに目を見開く。
「……君って人は……はぁ……」
海は言いかけた言葉を飲み込むと、代わりに溜息を零し目を瞑って何か思慮を巡らせるように沈黙する。
「……」
たった数秒の出来事のはずなのに、天鳴にとっては酷く長く感じた。
静かな茶の間に、彼の汗がポタリと畳に落ちる音が大きく聞こえる。
じっと固唾を呑んで見守っていたが、あまりの静けさに耐えかねて天鳴は慌てて声を絞り出す。
「友だちからでも――――」
「三ヶ月」
不安になった天鳴の言葉を、海は遮るように一言だけ発した。
「ん?」
聞き取れなくて片眉をあげる。
そんな天鳴に海は心底呆れたように眉根を寄せ、畳で膝をついている天鳴の目線に合わせるかのように、その場にしゃがみ込んだ。
「猶予は三ヶ月、君に僕の時間を与えるよ。その間に僕が君の事を認めたら、贖罪を果たせるまで最後まで付き合ってあげる。逆に僕を失望させたら……それまでだから」
予想外の返答に、天鳴は目を瞬かせて息を呑み込んだ。




