第三話 :ようこそサンセリバへ
殴られたような強い衝撃に唖然としていると、天鳴の足元には手の平サイズの石がゴロリと転がる。
次は何事だと振り返ると、コスモルガが去ったことをいいことに、民間人達が天鳴の背中や頭をめがけて一斉に石を投げつけたのだ。
視線の先で震えている一人の男が、号令をかけた。
「こいつを袋叩きにしちまえ!」
「へ?」
――――袋叩き?
今、確かにこの男はそう言ったのだ。
「と、とりあえず、に、逃げねぇと……い゛っ!?」
理解が追いつくよりも先に足を動かすが、コスモルガとの奮闘により痛めた足首は思うように動かせない。
動けない天鳴に群がってくる民間人達。
そのうちの一人が天鳴の首を腕で捉えると、そのまま地面へ勢いよく叩きつけた。
「ガッ……ハッ……!?」
「恐ろしい穢れの器めッ!」
「お前に殺られる前に、使い物にならねぇ身体にしてやるよッ!」
倒れ込んだ天鳴は、腹や背中、頭部を次々と無茶苦茶に蹴りつけられ、息を吸う間すらまったく与えられなかった。
失われた記憶の奥底に、似たような光景が脳裏を過ぎる。
「退けッ!こいつにトドメを刺すのは俺だッ!」
「行けー!」
一人の中年の男が声を荒らげると、暴動が止んだ。
砂埃のせいで視界が霞むなか、男の方へと目を凝らすと、藁や草をかき集めるための大きな鉄製の草叉を高く掲げていた。
「……ハ……ッ゛……」
草叉の先端部分が太陽に反射してキラリと光り、天鳴は思わず目を疑った。
――――嘘、だろ?これで突き刺す気なのか?ちょっと、待ってくれさすがに洒落にならない。
顔を引き攣らせて助けを求めるように周囲を見渡すが、誰一人として手を差し伸べてくれるような救世主など存在しなかった。
聞こえてくるのは自身の荒い息と、心臓の激しい鼓動。そして、取り囲む民間人全員の『刺せ!刺せ!』という残酷な唱和だけだった。
本当に、刺す気だ――――。
せめて急所だけは守ろうと、天鳴は腕で頭を覆い身体をさらに縮こませる。
刺された時に死んだように見せかけて、この場を逃れようとするためだ。
だけど、そんな子供騙しが通用しないことくらい天鳴も薄々気付いてはいる。
それでも、そうせずにはいられなかった。
「まずは、腹からだな!」
男が意気揚々と喚くと、天鳴の横腹へ向けて草叉を突き下ろす。
力強く目を閉じ、身体を強張らせてそのときを待った――――。
「……ッ……」
だが、肉体を貫く痛みがいつまで経っても来ない。
「……?」
恐る恐る目を開けると、鋭い先端は天鳴の横顔の寸前で静止していた。
見上げると、中年の男の背後から無造作に伸びた一本の細い腕が、草叉の柄を掴んで動きを完全に封じ込めていた。
――――神でも舞い降りたのかと、錯覚しそうになった。
「なにやってるの?」
この場に似合わない、鈴の音のように涼しげで、しかしどこか冷ややかな声が辺りを包む。
「あ!?……てめぇ、今、最高の晴れ舞台なんだよ!小僧は一切お呼びじゃねぇ!邪魔すんなッ!」
男は、彼に怒鳴り散らかした。
その隙に、天鳴は腕の隙間から相手を覗き込もうとしたが、背にある太陽が逆光となっており顔がよく見えなかった。
「え?なにやってるの、って聞いてるんだけど……聞こえなかった?」
男が吠えるのをお構い無しに、天鳴にとって神みたいな人は、超然な態度で再び問いかけた。
「…チッ、また新しい『迷い人』が乗り移ったんだよ!だから今のうちにわからせようとしてやってんだ!」
「そうよ!彼は何も悪くないわ!」
「黒坂 天鳴は成敗するべきよっ!」
「気持ち悪い器に宿る魂は、とっとと心が蝕まれてしまえばいいんだ!!」
「そうだそうだ!」
民間人から浴びせられる罵詈雑言に、天鳴は思わず固唾を呑んだ。
「黒坂 天鳴をどうするかなんて、僕にはどうでもいいんだけどさ。道に広がって騒ぎを起こすのは純粋に邪魔なんだよね」
その冷ややかな言葉に、辺りがピタリと静まり返る。
「それに、この草叉で刺そうとしてたんだよね。まだどんな『迷い人』かも分からないのに、下手に逆鱗に触れて、万が一、あの器で逆上でも起こしたらどう対処する気?」
淡々としていながらも、確かな脅しを含んだ言葉に、中年の男は忌々しげに舌を鳴らす。
そのまま草叉を天鳴の元から退かすと肩に掛け、人々を掻き分けてその場を後にした。
それを合図にするように、天鳴を取り囲んでいた人波が、不平をぼやきながら蜘蛛の子を散らすように去っていく。
「…え、えと……」
助かった、のか?
フラフラとした足取りで、神のような人に礼を言おうと立ち上がったところで、ようやく相手の顔が露わになった。
すると、天鳴は身体に走る痛みを忘れ、小さく息を呑む。
細身の体に似合わず一升瓶を三本も抱え、木刀を肩に掛けた彼の姿は、思わず釘付けになるくらい美麗な青年だった。
明らかに自分よりも若そうな青年に助けられたのだと知り、天鳴は内心自嘲の笑みを浮かべる。
「……やっぱ神様って存在するんだな…」
「何言ってんの。黒坂くん」
露骨に仏頂面を浮かべた青年は、天鳴を睨むようにして問いかけた。
「くろさかくん、って…?あ、わた……お、俺の名前?ごめん、友達か何かだったのか?なんかさ俺、記憶喪失みたいで……」
礼を伝える前に突如、自分の名前を呼ばれ天鳴は戸惑いながら謝罪を告げる。
だが、青年は返答せず、値踏みするように天鳴の顔をじっと見つめた。
「……」
「ん?え?ど、どうした?」
左目には眼帯をしていて、涙ボクロがある右の瞳は吸い込まれそうなほど綺麗な瑠璃色。
暫くの間見つめ合っていると、彼はふいに目を逸らしポツリと呟いた。
「……やっぱ新しい迷い人なんだ。まぁ、前・の・黒・坂・く・ん・はあんな度胸無かったしね」
――――あんな度胸ってことは、コスモルガとの争いか、はたまたその前の盗人のことなのか。どちらにせよ彼はその一部始終を見ていたってことなのだろう。
「僕は、黒坂 天鳴の友達なんかじゃないよ。なりたくもないしね……そんなことより」
困惑している黒坂をお構いなしに、よいしょっと小さく声を出し一升瓶を脇腹に抱え直した。
涼風が吹き抜けて、彼の青い色の襟巻がふわりと揺れる。
「ようこそ、彷徨う迷い人。ここは誰もが黒坂 天鳴の貢献を求めている世界――『サンセリバ』だよ」
「へ…?」
天鳴の脳裏には、ただ一つの強烈なツッコミが浮かんでいた。
――――どこが?
さっきまで半殺しにされそうになっていたのを見ていなかったのかと、突っ込んでやりたい気持ちを天鳴は抑える。
情けない声を喉から漏らし、ただ冷淡な表情を浮かべる綺麗な顔立ちをした青年を、見つめることしかできなかった。




