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極悪人の罪を、代わりに償うことになりました。  作者: 眞也 刃流
第二章 : 用意された見世物
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第一話 :料亭のご案内

 黒坂 天鳴(くろさか あまめ)の朝は早い。


 眩しい太陽に照らされながら、窓掛けを開け放つ。


 鳥居眞屋(とりいまや)に呆阿(ほあ)と白(はく)が住むようになってから天鳴の一日は、寝起きが悪い呆阿を、部屋から引っ張り出すことから始まる。


 近くの井戸で水を汲み、天鳴と呆阿はその場で顔を洗う。後から目をしょぼつかせた白が、二人へと追いついたところで、洗い終わった天鳴と交代をする。


 水桶を持った天鳴は、鳥居眞屋へ先に戻るとそれを厨に置いて再び外に出ると、鳥居眞屋の周辺を五周走り込む。


 天鳴がジョギングを終える頃には、毎朝白が朝食を作ってくれているのだ。


 茶の間にある卓袱台には、白が作った、出汁のいい香りが漂う朝食が並べてあり、律儀な天鳴は、毎朝きちんと感謝の言葉を口にしていた。


 時間が経っているのにも拘わらず、未だに眠たげに目を擦りながら、モグモグと口を動かしている呆阿の向かいに座ると、天鳴も手を合わせ朝食にがっつく。


 朝食を食べ終わり、鳥居眞屋の周辺や、隣の店先に散らばってる落ち葉を箒で集め軽く挨拶をする。


 だが、隣人は気味悪げに視線を向けてくるばかりで、今日も普通に接することは敵わなかった。


 店を開けると、店番を白に任せて団子の生地を作り、それを蒸して、こんがりと焼き上げる。


 この一連の流れを習慣付けた天鳴は、今日もいつもと変わらず団子を焦がしていた。


「あちゃ〜今日も……ダメだな」


「天鳴くん」


 炭化した団子を見つめ、仕方が無く口に放り込むと、木枠ケースの向こうから白の声がかかった。


「んあ?」


「お客さんが来てるっす。なんか…天鳴くんに用事があるって……」


「俺に?」


 同じく不思議に思ったのだろう。白は眉を下げると小さく頷いた。


 前垂れを解いてその場に置き、厨から出る。


 品書きを集中して書いている呆阿を一瞥してから、茶の間を通り、草履を履くと外へ続く暖簾をくぐる。


 店前に立っていたのは、薄桃色の小袖を着た、白い綿花の襟巻を巻いている白髪交じりの老婆だった。


「……」


――――見覚えがあった。黒坂 天鳴の器の魂として宿り、初めに天鳴を襲った民間人の集団の一人だ。


 何か悪態をつかれるか、あるいは他の民間人が待ち構えていて、再び襲われるかもしれない。


 争いはしたくないから手短に済ませたい気持ちと、今すぐ逃げ出したい気持ちが交錯する。


 どちらにせよ、鳥居眞屋に居る呆阿達を巻き込ませたくないため、天鳴は拳に力を込めながら、ゆっくり近付いた。


「あの――」


「まぁ〜!」


「え?」


 だが意外なことに、老婆は天鳴の姿を見るなり歓喜の声をあげて近寄ってきたのだ。


 そして、皺深い両手が伸ばされ、目を丸くしている天鳴の大きな右手を包み込む。


「あのときはすまなかったねぇ……新しい迷い人だからって、私らで決め付けて無闇に襲ったりなんかしてさぁ」


 ボサついた眉を下げ、呆気に取られている天鳴の手の甲をポンポンと優しく叩きながら、謝罪の言葉を述べる。


 まさか謝られるとは思っておらず、最悪の事態まで考えていた天鳴は、自身の杞憂に自嘲した。


「あ、いえ!全然!気にしてないですよ!むしろ、警戒するのは当たり前のことですよ」


「んまぁ〜健気なこと……私は誤解していたよ。黒坂 天鳴に宿る迷い人は皆、初めは良い顔をするんだけど、後から人が変わったように豹変しちまうからねぇ……悪く思わないでおくれ」


「はは……はい」


 本来の黒坂 天鳴が極悪非道だった挙句、今までに彼の器に宿った迷い人も彼の罪を果たせず、悪の道に走ったらしい。


 民間人達を脅かし、敵に回すなんて、彼らは一体どれほどのことを仕出かしたのだろう。


 気になることは山ほどあった。


 でも、この老婆のように天鳴の誤解が徐々に解けて、民間人達とも仲を深められるかもしれない。そしたら少しずつ過去のことを知れる可能性もある。


 こうして謝ってくれる人もいてくれる。これから自身の力で証明していけば、未来は明るいのかもしれない。


 空いた手を胸に当て、感動でジーンと余韻に浸っていると、老婆は突然思い出したように声をあげた。


「そういえばねぇ……今日町会所で会食を催すのよぉ。皆さん、是非黒坂さんに来てもらいたいって言っててねぇ……今夜、空いてるかしら?」


 老婆はそう言うと天鳴の手から自身の両手を離した。その手はまるで汚らわしいものに触れてしまったかのように、自身の小袖で執拗に擦りつける。


 そして、巾着袋からくしゃくしゃに丸まった黄ばんだ紙を取り出すと、天鳴の手の中に無理矢理押し込んだ。


 天鳴は、些かな疑問を覚えたものの特に気に留めることもなく、手元の骨刻文字で書かれた紙切れに視線を落とすが、


――――や、やっぱり読めない。


 元の世界で学力が全く無かった天鳴には、何が書かれているのか一向に理解ができなかった。


 困ったように頬を掻いていると、饒舌になった老婆がツラツラと言葉を並べる。


「料亭で開催するんだよぉ、町年寄の息子さんがわざわざ店を抑えてくれてねぇ。花魁や芸者……そりゃもう沢山の人が凶餐羅(きょうさんら)以外から訪れるくらい大きな会なのさぁ!そんな会に指名されているのは黒坂さん、あなただけ。だから今夜は必ず来てもらいたくてね、なんてったって面白い見(・)世(・)物(・)もあるんだからさぁ」


 老婆は吊り上がった口元を手で隠しながら、天鳴を気味悪く見上げた。


 紙切れと老婆の顔を忙しなく交互に見ていた天鳴だったが、やがて動きを止めて深く考え込む。


「えっと……お誘いありがとうございます。んでも、申し訳ないんですけど。俺、ちょっと店のことがあるので……」


 それもそうだ。天鳴は今、地代の銭を貯める為にも店を開けておかなくてはならない。


 今日は海の酒問屋も忙しいらしく非番だ。黒坂 天鳴が働いている店ということもあり、繁盛しているわけではない。


 呆阿と白に仕事を押し付け、自分だけが民間人と仲良く贅沢なご飯を食べるのは正直気が引けた。


「な、なんでさぁ!こんな機会、二度とないんだよぉ。今までの黒坂 天鳴もそうやって言って一度も来なかったんだぁ!あんたもそうするってのかい?」


「い、いやそうじゃなくて……」


「あちゃ〜……これじゃあまた悪評も広まって、鳥居眞屋の売上も落ちちまうわい。最悪、店を畳むことになるかもしれないね」


 責め立てるような言い草に、天鳴は激しく困惑する。売上が落ちるのは正直困る。


 ここで素直に誘いに乗れば店の売上も民間人からの信頼も、一気に跳ね上げるかもしれない。


 今のサンセリバは厳しい酷暑そのもの。


 鳥居眞屋が潰れたら、宿なしの呆阿と白の居場所が無くなる。


 それだけは絶対に阻止しなければならなかった。


「……ッ」


 後で、呆阿と白にはちゃんと話そう。


 申し訳なさは一向に消えていなかったが、今は行く前提で話を進めることにした。


「え、えっと、分かりました!い、行きます!行かせていただきます!……えっと時間は何時ぐらいですか?」


「本当かい!?黒坂さんなら、そう言ってくれると思ったよぉ……そこに詳しいことは書いてあるから見ておいておくれ。私は町年寄の息子さんに来ることを伝えなきゃいけないからね。これ以上あんたに時間を割くことはできないんだよ」


 さっきまで老婆を纏っていた重い空気が嘘のように晴れ、コロッと態度を変えて体を後ろへと向ける。


 わざわざここまで来てもらい更に、町年寄の息子さんへ伝えてもらうことに、天鳴は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「お忙しいところすみません……」


「あ、それから一つだけ。あの眼帯の坊やにはこのことを絶対に伝えちゃダメだよ」


「え?」


 眼帯の坊やと言えば、天鳴の心当たりは海しか居なかった。


 老婆は首だけを振り返ると、きょとんとした天鳴に対して、老婆は眉間の皺を更に深く寄せて冷めきった声で言い放つ。


「奴は、ここでは厄介者だって噂されておるんだよ。今回の会を邪魔されたら、こっちとしても迷惑だからね」


 老婆は低く冷たい声で、天鳴に釘を刺す。


 そして手を後ろで組むと、今度こそ前を向いて威圧をかけるように一言付け加えた。


「それだけは頼んだよ」


「えっと、わかりました……わざわざ来ていただき、ありがとうございました」


 不審に思ったものの、とりあえず返事をして頭を深く下げた。


 老婆の背中が豆粒くらいの大きさになったところで、天鳴は頭をあげて手元の紙をもう一度見つめた。


 幸い、海は今日鳥居眞屋には来ない。言わなければ、このことを知られずに済むだろう。


 何も、悪気があって隠すわけではないのだ。


「んでも、海もここでは厄介者なんだな……ちょっと意外かも」


 サンセリバのことも、海のことも、まだまだ知らないことが沢山ある。


 彼が自分と同じ厄介者扱いされているのが腑に落ちないが、彼について知っていることが一つ増えたと思うと、それだけで少しだけ気持ちが軽くなった。


 天鳴はくしゃくしゃの紙を片手に握り締め、軽い足取りで鳥居眞屋へと戻っていった。

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