第十七話:急転直下
射した輝くような光が、自然の大地のような魂気を纏う呆阿を照りつける。
ヒラヒラと散っていく葉っぱのなか、カツンと音を立てて床に転がったのは、贖罪となる緋色の玉と小さな簪。
宙を舞う葉っぱの中から、一枚だけ黄色く色付いた葉っぱを、呆阿は掴み取る。
「す……すごい……これが草原華彩の力……すか」
度肝を抜かされ、涙や鼻水で顔を汚した白が感嘆の声を漏らす。
掴んだ葉を懐に収めると、呆阿は白の方へと振り返った。
そして、見る影もなく汚れた彼の顔に呆阿は眉を顰めると、思わず罵倒を吐く。
「ゲッ……顔汚っ。その不細工な面どうにかしてから話せよ」
「……不細工……っすか…」
「……」
不細工という言葉を言われた事が無いのか、白は深く傷付いたかのように肩を落とす。
そんな彼を無視して、呆阿は緋色の玉と簪を拾い上げると、天鳴の元へと向かう。
そして、それを天鳴の首元へと押し付けた。
玉はゆっくりと頚切痕に吸い込まれていき、ほわりと光を灯らせて贖罪の階級と示唆が再び刻まれた。
――――贖罪は無事、取り戻せた。
「……取り戻し達成……っと」
呆阿は、小さく呟くと安堵の息を吐いた。
「…………そうっすね。けど……」
だが、出血が多すぎるのか、意識を取り戻さない天鳴の顔は青白く、衰弱していた。
呆阿は膝を付き、天鳴の口元に耳を近付ける。
「ほ、呆阿くん……どうっすか?」
白は涙でぐしゃぐしゃになった顔を袖で拭うと、震えた声で呆阿を見つめる。
「息は一応しているけど、瀕死に近いかもな」
天鳴の肩を叩いて様子を窺うが、返ってきたのはヒューヒューと喉の鳴る喘鳴と、か弱い吐息だけだった。
「……それって……もう」
絶望的な状況を前に、白は希望を捨てるかのように天鳴の腕から手を離すと、自身の膝に置く。
二人の後ろに無言で立ち尽くしている海は、微かに眉を寄せると三人から顔を背けた。
呆阿は小さく息をつくと、天鳴の千切れた腕に手を伸ばし断面に合わせる。
そして、先程拾った短い簪を握りしめ、自身の手の平にブスリと勢いよく突き刺した。
「え」
彼の突飛な行動に、白は目を見開き口をあんぐりと開けて、彼を凝視した。
そんな視線をお構いなしに、手の平からポタポタと流れる鮮血を、呆阿は天鳴の微かに開いた口へと流し込む。
「……ぅ……ぅぐっ……」
呆阿の血が直接喉に入り、苦しげな声を漏らした直後、天鳴の身体は大地の光に包まれる。
傷だらけの肉体がみるみる塞がっていき、千切れた右腕は、皮膚と骨が癒合すると元の形へと瞬く間に繋がっていった。
ある程度血を流し込んだところで、呆阿が手を引くと、白が声を弾ませ彼の肩を揺する。
「へ……ぁ……呆阿くんっ!なんすかそれっ!?すごいっす!」
「うるせぇな」
涙で腫れた瞼を精一杯開けて、顔を輝かせる。
呆阿は短い簪を横髪に留めると、呆れるかのように目を細めて白を見る。
天鳴の呼吸は徐々に落ち着いていき、全身の傷が治ったのを確認すると、海は口を開いた。
「草原華彩の使い手は、魂術を用いるべからず。じゃなかったっけ?」
腕を組んだまま背後から声を掛ける海に、呆阿は振り返ると、渋々といった様子で言葉を発した。
「今更だろ」
「……そう」
海はこれ以上深追いせずに返事をするが、呆阿は言葉を続けた。
「んでも、後戻りは出来ないな。参番隊は封印したけど、いつ正体が外部に漏れるかわかんねぇし……俺の名前は異質として知れ渡ってるけど、草原華彩なんてバレたら尚更終いだな」
呆阿は懐から黄色い葉っぱを再度取り出す。
時折、怪しく明滅する黄色い光は、まるで参番隊の命が繋ぎ止められていることを証明しているようだった。
「君は、黒坂くんにそこまでしてあげられる義理はあったの?」
海の問いかけに、呆阿は暫く黙ったあと真っ直ぐな瞳で告げる。
「義理とかじゃねぇよ。ただ天鳴は、見ず知らずの俺のことを助けたから、俺もそうしただけだ」
「……」
「あいつは、行き過ぎた献身的なところはあるけど、根は誠実だ」
白が参番隊に殺されそうになったとき、言葉だけではなく、自らの身体を張って行動で示してみせた天鳴に、呆阿は激しい衝撃を受けていた。
あのとき誰かを守ろうとした天鳴の覚悟は本物なのだと、呆阿の心に深く刻み込まれた。
「それに、気付いたんだ。先の恐怖にずっと怯えながら逃げ続けて死ぬより、助けたかった奴を助けて死んだ方が、まだ断然マシだってな」
呆阿の決意に、静かに話を聞いていた白は驚きに目を見張る。
そして、何を思うか眉を下げると俯き、天鳴の顔を見る。
「でも、君の場合は魂力の消費が他とは違う。君も知っているでしょ、魂術は使う度に魂が――――」
「ん……っ……」
「あっ!天鳴くん!!」
ぴくりと天鳴の指先が微かに動き、白が弾かれたように声をあげる。
海と呆阿は言葉を噤むと、一斉に天鳴の方へと顔を向けた。
「…ぁ……うっ……か……かい?」
開口一番、天鳴は海のことを呼んだのであった。
「はぁ……一言目がよりにもよって、こいつの名前かよ」
ゆっくり目を開ける天鳴に、呆阿は呆れながらも小さく笑みを零した。
まだ意識がぼんやりしているのか、ゆっくりとした動作で辺りを見渡す。
「…えっ……ほあ…とはく……俺、うで……ん……腕?え!腕治ってる!えっ!?足も!なんで!?」
目を見開くと、身体を起こし大声で騒ぎ立てる天鳴に人心地ついた顔で白が説明をする。
「呆阿くんの魂術のお陰なんっすよ!……贖罪も無事に取り返してくれて、あぁ本当によかったぁ」
「へ?……ほ、呆阿が?」
助けてもらった彼には言えないが見た目に反して、規格外の魂術を扱っている事実に、天鳴は目を丸くさせた。
「お陰さまで身体怠いわ……お詫びに俺のこと背負って帰れよ」
「お易い御用です」
天鳴は俊敏に立ち上がると、すっと背中を向け少し前かがみになる。
あまりにも従順な姿に彼は、バツが悪そうに唇を歪ませた。
「……やっぱいいわ、餓鬼扱いしそうだし」
「はは!しない、しない!……」
――――結局、自分で決着をつけられずに呆阿たちに助けられてしまった。
自分の無力さを痛感した天鳴は、自嘲気味に苦笑いを浮かべると、ぽつりと言葉を漏らす。
「ごめんな、俺が守るって偉そうなこと言ったのに。呆阿達のこと全然守れなかったよな……オマケに腕も失ったし、贖罪まで自力で取り返せなかった」
弱腰な態度を見せる天鳴に、呆阿は不機嫌そうに眉を寄せた。
「何だよその言い方。俺らに守られんのが嫌ってことかよ?」
「いやいやいや!それは断じて違うからなっ!ただあんだけカッコつけといて――」
「お前も守ったじゃん、ハクビのこと」
「え?」
「俺はその後の事態をカバーしてやっただけ。謝るんじゃなくて礼ぐらい言えねぇのかよ」
「呆阿…おうっ、本当に助かった…、ありがとうな!すっげぇよ!かっこよかった!」
ポンっと呆阿の肩に手を置き、太陽のような笑顔を浮かべる。
そんな天鳴に、呆阿長い溜め息をつくと皮肉を呟いた。
「男に言われても嬉しくねー」
だが、そんな皮肉も天鳴からしたら相当な照れ隠しに見える。
呆阿が何かしらの動物なら今頃、耳を立てて、尻尾をブンブンと振り回しているだろう。
「ハハッ!ほんと呆阿って素直じゃねぇな!」
「っすね!」
「ハクビ、お前は殺す」
「なんでっすか!?」
和気藹々とした雰囲気のなか、海だけは輪から外れて、三人のことを傍観していた。
天鳴は、そんな海に気付くと輪から外れて、ゆっくりと彼に近付いた。
「大丈夫だったか?海」
自分のことを見捨てようとした挙句、軽蔑された相手なのに、天鳴の心にあるのは怒りではなくただ純粋な心配だけだった。
笑いかける天鳴を、海はただ冷ややかな目で一瞥し、ふいっと顔を背ける。
拒絶するような彼の様子を見ていた、呆阿は釈然としない態度で天鳴に問いかける。
「天鳴、海のことどうすんの?」
「え?」
あっけらかんと振り返った天鳴に、呆阿は鼻から息を漏らした。
「だから、そいつのことどうすんかって聞いてんだよ。お前が腕失くしたとき無闇に追い詰めただろ?……言っちゃあれだけど、このまま共に行動するのは正直難しいぞ」
「……お、俺もそれは呆阿くんと同意見っす……。あんな風に侮辱なこと言ったんすから…あ、謝るくらいはした方がいいんじゃないっすかね…?」
続けて白も、言いにくそうにどもりながら天鳴へ言った。
確かに、あのときは精神的にも肉体的にも追い詰められていた。
もし呆阿が海の言葉を遮って、状況を覆してくれなかったら、完全に天鳴の魂は消えていたであろう。
海は、相変わらず何を考えているか今も天鳴には何一つ分かっていなかった。
――――でも。
天鳴は無言を貫いたまま、ただ海の言葉を待っていた。
「別に放逐されたって構わないよ。そもそも僕は初めっから君達の仲間になろうなんて、微塵も思っていないしね」
肩を竦めて淡々と話す海。
この期に及んでまだそんな事を言うのかと、呆阿は激しい苛立ちに唇を噛むと、舌を鳴らした。
「チッ……お前さ」
海の方へと向かって足を踏み出す呆阿だったが、その身体は天鳴の手によって遮られる。
「呆阿、いいから」
「でもよっ!」
「大丈夫だって」
なかなか食い下がらない呆阿に、天鳴は小さく微笑んで見せた。
そんな天鳴の態度に落ち着きを取り戻したのか、呆阿は黙ったまま一歩下がる。
今にも修羅場が起こりそうな空気に、白は狼狽えて呆阿の袖に縋り付くが、すぐに八つ当たりするかのように跳ね除けられていた。
海と腹を割って話さないといけないのは自分の役目でもある。
それに、呆阿はここまで成し遂げてくれたのだ。魂術の使い過ぎのせいなのか、顔色も悪いのは天鳴には見えている。
これ以上、彼に面倒をかける必要は無い。
「確かに俺だけならいいけど、呆阿達に危害が及ぶのは……これから先はちょっとしんどいかもなぁ」
「そうだね。なら――」
「でも俺は、海と一緒に贖罪を果たして元の世界に戻る。これは俺が最初に決めていた必要条件だ」
天鳴の宣言に、海は眉を顰め、そして不快そうに睨みつける。
しかし、天鳴は視線に怯むことなく、真っ直ぐに彼の眼差しを受け止めた。
「極悪大凶者が聞いて呆れるよ」
海は冷ややかに鼻で笑う。
「そこでよ。気になってたんだけど……海ってさ、味覚無いんだよな」
天鳴の問いかけにそれがどうした、と言いたげな様子で海は腕を組んでいた肩をすくめた。
「贖罪。失敗したことあるんだろ」
「……」
――――天鳴の言葉に、海の瞳に激しい動揺が初めて走った。




