第十六話:気分は最高
――――うでが、ない??うでが……!?
「!?!?!?、な゛っ!?ぁ……あぁっ…あああっ……!!??」
天鳴の千切れた腕からは、鮮血がドクドクと流れ落ちる。
信じ難い現実と火傷するほどの熱さと痛みに、天鳴の悲痛な叫びが、周囲に響き渡る。
「ぁああ゛あ゛ああ゛あ゛あ゛ぁぁ!!!!」
「……ッ…!!」
突き飛ばされた白は、上体を起こすとあまりにも凄惨な光景に、目を白黒させながら自身の口を押さえた。
「あ…天鳴!!」
二人の元へ向かっていた呆阿は、天鳴の名前を呼ぶと一目散に駆け寄った。
「ぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっ!!」
天鳴はその場で崩れ落ちると、鉛のように重い左腕を強引に動かし、出血を止めようと必死に傷口を押さえる。
「ハハッ!最高の景色だなぁ!!……おらよっ!!」
参番隊は上機嫌に口角を上げ、吹き飛んだ天鳴の右腕の元へと歩み寄ると、本人の目の前へ投げつけた。
ゴロリと目の前で転がる自身の腕を見た瞬間、天鳴は恐怖と苦痛に激しく身悶えし、駆けつけた呆阿が天鳴の蠢く身体を押さえ込む。
「う、腕がぁ……腕がッ…ハッ…あ゛あ゛取れ……てッ!!」
「見るなっ!!ショックでそのまま死んじまうぞっ!!」
「うっ……あぁっ……っ……」
白は、自身の責任と罪悪感で溢れる涙をボロボロと零すと、怯えながら天鳴の傍に近寄る。
そして、膝から崩れ落ちると、流れるように地面に幾度も頭を打ち付けた。
過呼吸を起こしているのか、その息は激しく途切れがちだった。
「す、すみませんっ!!俺が……っ…俺のせいだ…っすまない、許してほしいっす……ご、ごめ、すみませんっ、すみませんっ」
「るせぇっ!いいからお前も押さえろっ!!」
呆阿は、止血点を強く押さえるが血は溢れるばかりで、地面が一気に血の海になる。
「おいおいっ!次は誰が俺の相手をしてくれんだぁ?」
参番隊は高笑いしながら、次の攻撃に備えるかのごとく、手から細砂を零す。
そして、零した細砂が巨大な金棒へと成形されていく。
「……」
まさに地獄絵図というほかないこの凄惨な状況のなか、海だけはただ一人。
何を考えているのか分からない無表情のまま突っ立って三人を見下ろしていた。
「あ゛ッ…………が、かい……」
天鳴は刺すような視線に気付いたのか、海の方へと目を向けた。
事態は緊迫しているにもかかわらず、彼はまるで他人事のように蔑む目で天鳴の顔を見下ろしていた。
「今の君、見るに堪えないね」
――――その瞬間、氷のナイフが天鳴の心臓を突き刺す。
「……ッ……ぁ……」
その容赦のない言葉に、天鳴は全身から血の気が引いていく。
傍で止血をしていた呆阿も、泣き崩れている白も海へと視線を向けた。
参番隊がゆっくりと迫り来るのを前にして、海はそちらを向き、ただ達観した目をしていた。
「今回の魂もこれで終わりかな……呆気なかったね。そうだ、あの世に行く前に、君に助言でもしてあげるよ」
顔を天鳴へと向き直すと自分の唇にそっと指を当て、心底冷めた深海の瞳が天鳴を見ると躊躇いもなく、口をゆっくりと動かした。
「自分がどうなってもいいって思ってるような過度な犠牲心……反吐が出るほど煩わしいんだよね」
次の瞬間、天鳴の視界が一気に暗闇へと染まる。
突き刺さる激しい痛みの正体は、腕から来ているのかすら、錯乱状態の天鳴には何一つ分からなかった。
ドンドンと金棒で地面を叩く鈍い音が近付いてくる。
参番隊が来る、目の前に、今、終わる。
どうにかしなきゃ、苦しい、どうにかして、痛い、どうしよう、今から?何をするんだ?もう腕は動かない、でも、俺が助けなきゃ――――『なんで?』
「……ぇ……」
『なんで、俺がこんな奴らの為に助けなきゃいけねぇの?』
天鳴の頭の中に、自分の声なのに自分じゃない男の声が聞こえた。
「だから来世では、ちゃんと――――」
「黙れッ!!!!」
海がさらに言葉を畳みかけようとした瞬間、空気を震わせるほどの怒号が響く。
脳内に纏った禍々しい邪気が、その声によって消え去ると天鳴はハッと我に返り、虚ろな目を声の主の方へと向けた。
「……それ以上天鳴に言ってみろ。お前があの世へ行く羽目になるぞ」
低く、殺気立った声を出した呆阿が海を睨みつける。
その目は完全に血走っており、恐ろしいほどの形相へと変わっていた。
「……まだ……こいつは……」
「……ほ……」
呆阿は、怒りと悔しさに身体を震わせる。そして、感覚の無い天鳴の左腕に、自身の小さな手を置いた。
「こんなところで終わらせていい『迷い人』じゃない……だから」
「……ハッ…ハッ……」
覚悟を決めた面持ちで告げた。
「俺がこいつを終わらせない」
そして、天鳴の腕から手を離すとゆっくりと立ち上がった。
「ほ、ほあ……に、にげ……」
「はっ、逃げろ、だって?……俺、昨日言っただろ。天鳴に何かあったら俺が決めるって」
見上げた先にある呆阿の顔は、必死にまろ眉を寄せながらも、天鳴を安心させるように笑顔を取り繕っていた。
――――天鳴が皆にそうしているように真似して見せたのだ。
「ゔっ……ふっ…うぅ…ぅぐぅ」
いまだ平伏して過呼吸気味になっている白の背中を、呆阿は軽く蹴る。
すると、白は情けなくその場に転がった。
「すみません……すみません…ゔっ……」
「ハクビ。お前泣いてる暇があんなら天鳴の止血をしろ。元はと言えば俺がお前らを巻き込んだんだ。自分のケツは自分で拭く」
白は鼻水をすすり何度も小さく頷くと、這い蹲って天鳴の元へと向かい腕を強く押さえた。
海の横を通り過ぎようとしたところで、彼の冷えた声がかかる。
「手、震えてるね」
「……」
「そんな状態で、黒坂くんを未だに助けようと思うんだ?」
「すっこんでろ」
凄んだ顔でそれだけを吐き捨てると、真っ直ぐに前を向き、参番隊へと立ち向かった。
「ハッ!まぁたお前かぁ、ちびっ子相手とは俺も舐められたもんだなぁ!」
「そのちびっ子に刺された、どんくせぇおっさんはどこの誰だよ」
「ハッ、ハハッ!!やっぱお前肝座ってんなぁ!!お望み通り、ぶち殺してやるよぉ」
呆阿は背中に背負っていた弓幹を抜き、手から木の葉を舞い散らせて矢を創り出した。
それを弦に番えると、参番隊へ一直線に向ける。
ゆっくりと瞼を閉じて、震える手をどうにか落ち着かせようと、深い息を吐く。
「おいおいおいおい!!手が震えてんぜぇ?そんなしょぼいおもちゃで、俺のことでも突き刺そうってかぁ」
参番隊は威嚇するように創り出した巨大な金棒を地面にドンドンと叩きつけるが、呆阿は微動だにせずゆっくりと瞼を開けた。
「あーぁ。俺の正体皆にバレんじゃん……」
彼が怖かったのは、参番隊に対する恐怖じゃない。
「でも、案外気分は悪くねぇな」
そのとき、彼の蓬色の瞳から一筋の涙がまろい頬を伝う――――。
ポトッと地面を叩く小さな音が聞こえたその瞬間。
地面から無数の草が次々と芽吹き、膨らんだ蕾から色鮮やかな大輪の花々が咲き乱れる。
それと同時に、凄まじい大気のうねりが、暴風となって周囲に吹き荒れた。
「チッ!」
参番隊は忌々しげに駆け寄ると、巨大な金棒を呆阿へと振りかざす。
だが、凶器は彼へと激突する直前に無数の『トックリキワタ』の花へと化けると儚く散った。
「花?……おい、まさか……いやいや嘘だろぉ……まさか、お前草原華彩の――――」
呆阿の両頬に刻まれた紅線が光を放つと、力一杯矢を引く。
周囲の暴風が瞬時に消えると、一点の矢へと風の推進力が収束された。
束の間の静寂。そして、突き破るのは彼の低い幼い声。
「ご名答。的中者には――――」
片目を細めて狙いを定めると、呆阿は口の端を吊り上げた。
「ご褒美、あげねぇとなぁ?」
暴風と共に、矢を解き放つと鋭利な一撃が参番隊の腹部へと突き刺さって貫通した。
――――参番隊の身体は、貪るような苔に覆い尽くされる。
「はっ…やめろぉ!!…………ぁああ゛あ゛あ゛っ!」
呆阿の繰り出した規格外の魂術の凄さ、白と海は目を見開き、唖然としていた。
だが、たった一人。天鳴だけは違ったのだ。
得体の知れない恐怖と痛みに踠き苦しむ参番隊の姿に、息が絶え絶えになりながらも、呆阿をなんとか言葉で阻止しようと声を振り絞る。
「……ほ……ッ……殺し…だめ…だっ…」
掠れる天鳴の声に、振り返った呆阿の瞳はまるで引き込まれそうなほどの妖しい輝きを放っていた。
「奴らに俺の存在を知られたら、俺は手段を選ばない」
「……ッ……」
複雑な表情を浮かべる天鳴に、呆阿はふっと笑って背を向けた。
「でも、気が変わった」
参番隊の身体が完全に苔へと包まれたのを確認すると、呆阿は腕を掲げ冷静な声で言い放った。
「……お前は、無機質な葉っぱとなって、清々しく生きろよな」
パチンと彼の指から、乾いた音が鳴る。
そして、絶叫している参番隊の身体が激しく破裂した。
ヒラヒラと辺りに舞い散ったのは、肉片ではなく、ただの美しい色鮮やかな葉っぱに過ぎなかった。
そんな神秘的な光景を最後に、天鳴の意識は深い闇へと沈んでいった。




