第十五話 : 届かない阻止の声
朝日が昇ると同時に茂みから出発して、ひたすら歩き続けた。
やがて、白の魂術により示された先にはぽつんと建つ民家の蔵が佇んでいる。
「つ、着いたー!やったなっ!着いたぞ!……て、あれ?」
「……」
「や、やった……っすね…」
「……俺らが、お前と同じ体力があると思うなよ」
「わ、悪い」
今日一番の照りつける日差しの暑さに、浮かれ騒ぐ天鳴を除く三人は、滝のような汗を流して、強い倦怠感に襲われていた。
天鳴の贖罪が、宮司に献上されるまで、残された時間は後一日しか無かった。
天鳴は蔵の前で立ち止まる。
「てか、ここって人が住むような所じゃないよな?」
呆阿は、自身の両手を擦り合わせると物欲しげに目を輝かせた。
「あぁ。こういう古い蔵には、うまい酒とかが置いてあるもんなんだよなぁ」
「お酒ね……最近飲んでないや。酔っ払う感じは好きなんだけど、アルコール特有の味が苦手だったんだよね」
「それは海がいい酒を飲んでないからだろ!高い極上の酒は目が飛び出るほど、うまいんだからなぁ!」
呆阿と海が楽しげに談笑している様子を、天鳴は何かを思うように、ただじっと黙って見つめていた。
「参番隊が移動してないといいんすけどね」
「……まぁな」
白が困ったように片手を後頭部に回すと、天鳴はそちらに意識を向け、相槌を打った。
体力の限界でもあるのか、天鳴以外の三人は隠しきれない疲労が顔に滲み出ており、今にも足が棒になりそうだった。
そんな三人の体調を気遣うかのように、天鳴は蔵の扉へと指を向ける。
「取り敢えず入るか?」
「勝手に入って民間人に見られたりしたら、盗人扱いされて面倒事になりそうだね」
「あ、そっか。でも、皆の体力も限界だろ?水分取らねぇと倒れちまう」
天鳴の発言に、海は目を細めると冷ややかな視線を投げた。
「盗むってこと?」
「違うからな!?俺がその間、川とかで水を汲んでくるんだよっ!」
疑いの眼差しを向ける海に、天鳴はあれこれと弁解を述べる。
そんな天鳴達をよそに、白は珍しく率先して蔵の所まで歩いた。
「……取り敢えず人が居ないか、ノックして確かめてみるっす」
呆阿は、流れる汗を心底不快そうに袖で拭いながら丸い目を細めてそっけなく白を咎める。
「やめといた方がいーと思うけど」
「いやいや、ノックぐらいで死にはしないっすよ」
軽薄な考えを持つ白は、天鳴達の許可を取らずに扉を四回叩いた。
暫く経っても反応は無く、微かな物音すら聞こえないので、中に人がいないことが確認できた。
「……居なさそうだな」
天鳴が呟くと、呆阿は小さく頷いた。
未だに戸を開けずに立ち尽くしている白を、天鳴は不思議に思い後ろから覗き込んだ。
「?……開けねぇの?」
「いやその……こ、こ、怖くて……」
声が裏返った白は、尋常ではないほど顔を青ざめ、激しく怯えている。
大量の冷や汗が額から垂れ、彼の白い手は異常なほど震えていた。
「ノックするって言ったんだから、最後まで自分で開けなよ」
海は、急かすように腕を組みながら指先をトントンっと叩いた。
白の急激な顔色の変化を心配した天鳴は、彼の傍までいくと肩に手を置いて、後ろに下がらせる。
「いや……後は俺がやるわ……確かめてくれてありがとな!……ぅしっ……開けるぞ」
「す、すません……すみません」
何度も謝る白に、天鳴は気にしないと言うように笑顔を向けて、落ち着かせた。
そして、背後にいる全員が十分に下がったのを確認してから、やけに重くギシリと古い音を立てる引き戸を開いた。
そのとき――――。
「よぉ、元気だったかぁ?極凶」
燃えるような瞳をギラつかせた参番隊が目の前に立ちはだかり、頭上から金棒が振り下ろされる。
「ッ……!」
反射的に身体を横に倒し、間一髪で参番隊の攻撃を避ける。だが、金棒が地面に叩きつけられたその衝撃で周囲に激震が走った。
大地が激しく揺れ、全員が蹌踉めく。
必死に体勢を立て直そうとも、あまりの振動にまともに立つことが困難だった。
「まずはぁ、邪魔な雑魚どもから片付けるとするかなぁ!」
その隙に、参番隊は地面を蹴って勢いよく海達の方へと突っ込む。
だが、天鳴はスライディングで相手の硬い足首を強襲し相手の動きを強引に止めさせた。
「行かせねぇよっ!……呆阿!体勢を整えろっ!」
「……ッ……あぁッ!」
声を荒らげる天鳴に、呆阿は俊敏に立ち上がると海を後ろに下がらせた。
「チッ……いちいち邪魔しやがってぇ」
「狙う相手は俺だろ……贖罪は返してもらう」
参番隊はむしゃくしゃして頭を搔くと、金棒を豪快に天鳴へと振りかざすが、相手の動きを完全に読めていた天鳴は、身体を捻らせて攻撃をかわす。
そのまま勢いよく軸足を回転させると、右足を上げて強烈な浴びせ蹴りを、参番隊の顔面へ叩き込んだ。
「ガッ!」
蹌踉ける参番隊に、天鳴は着地の勢いのまま地を蹴ると、相手の胸元へ飛び蹴りを叩き込む。
しかし、まるで岩のように厚い胸筋は、天鳴の捻った足に激痛が走り、思わず歯を食いしばった。
天鳴は、地面に足をつけて痛む足首に視線を落とす。
――――足が痛ぇ。けど、通用する。このまま相手が向かってくる隙に小手返しで倒れさせることが出来れば、あとは裸絞めで一気に気絶まで持っていく。そうなればこっちのもんだ。
「チッ……アァ!クソッ!そんな返して欲しいかぁ、なら返してやるよぉ!」
予想外な劣勢に参番隊は舌を鳴らすと、懐から眩い緋色の光を放つ玉を取り出し宙へと投げ放つ。
「なっ!」
天鳴は膝を曲げて勢いよく跳ぶと、必死に玉に手を伸ばす。
「残・念」
だが、相手の金棒が先に捉えると思い切り木へと叩きつけた。
「ヴグッ!?……あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッッ!」
玉が木へとぶち当たったと同時に、天鳴の心臓とリンクするかのようにドクンっと大きく鼓動が鳴る。
破裂しそうな凄まじい激痛が走り、天鳴は着地と同時にそのまま地面へ倒れ込んだ。
「グッ……あ゛ぁ…ハッ……」
「痛いかぁ?苦しいかぁ?……ハハッ!いい面だぁ!!もっと苦しめてやるよぉ」
天鳴は、胸元の着物をしわくちゃになるぐらい強く掻き集め、浅い呼吸を繰り返して苦しみに唸る。
それを見ながら参番隊は有頂天になり、愉快な足取りで木に向かうと、落ちた玉をひょいっと拾い上げた。
「天鳴ッ!」
呆阿の叫びに参番隊の視線がそちらへと寄越される。
すると、天鳴に追い詰めるのを辞めたのか、呆阿達に狙いを定めるように、じわじわと、にじり寄る。
――――ズリ…………ズリ…………
金棒を床に引きずった不快な金属音と、それに続く悍ましい足音が響き、辺りは一気に恐怖へと包まれる。
呆阿は、乾いた唇を舐めて海の前へと立ちはだかると弓矢に手をかける。
しかし、参番隊は突如として方向を変えた。その向かった先は――――。
「まずは、男前のお前からぶっ殺してやるよぉ」
いつの間にか遠くの木の影に隠れ、両耳に手を当てて俯き、凄烈な恐怖に身を震わせている白だった。
「ぁ……ぁ……」
「!?…………ハッ……は、はく……逃げ……ろっ」
天鳴は視界を明滅させながらも、必死に震える身体を起こそうと地面に爪を立てる。
参番隊は恐怖のあまり蹌踉めく白を目掛けて、猛烈な速さで突進した。
「チッ!」
呆阿は、血相を変えて白の元へと向かう。だが、白との距離が思っているより離れており、呆阿の足の速さじゃ到底辿り着けなかった――――。
「…す……すみませ……許しっ…」
「ダハハハハッッ!そのご自慢の顔面がグチャグチャに変形する姿を楽しみにしてるぜぇッッ!!」
参番隊は金棒を、白の頭上へと大きく振り上げる。
天鳴は痛む身体を無理矢理立たせると、白の元へと無我夢中で突っ走る。
「!?……ッ…行くなッ!黒坂くん!」
天鳴のあまりの無謀な動きを見かけると、海は珍しく必死に制止の声を張り上げたが――
天鳴が耳を貸すことはなかった。
間に合え、間に合え、間に合えっ!!!!
「……ぁ……ぁ……あに」
「ハクッ!!」
「!?…ぁっ……!」
天鳴は白の元へ駆け寄ると、右手を伸ばして白の身体を突き飛ばした。
――――間に合っ、
刹那、ぐしゃっと生々しい音が聞こえると同時に、天鳴の顔に生暖かい液体が激しく降り注ぐ。
「え?」
視界に飛び込んできたのは、参番隊の金棒によって無残にも抉り千切られた自身の右腕だった。




