第十三話:真偽
賊剛組と争った形跡は何一つ変わっておらず完全に残っており、天鳴の飛び散った血は太陽に焼かれたかのように黒く乾燥していた。
広々としている道のど真ん中に立つと、天鳴は気合いを入れて声を上げた。
「うしっ!何か手がかりでも探すか」
腕を組み顎に手を添えた海はすかさず突っ込んだ。
「どうやって?」
「それはぁ……ほら、指紋採取とか」
「しもんさいしゅ、ってなんすか……?」
「迷い人がする話は理解出来ないって聞いたことあるけど、こういうことなんだな。まっ、ここは有能優秀天才呆阿くんに任せろ」
自尊心が高い呆阿を、海が冷めたような目で見ているのとは対照的に、天鳴は目を輝かせていた。
「おっ!頼もしいなっ!」
呆阿は胸を張って三人の前に出て野袴の裾を捲ったかと思うと、身体を横にして地面に這い蹲った。
「……」
突然奇行を始めた呆阿に、輝かせていた天鳴の目は丸くなる。そして、口角をひくりと上げた白は彼へと疑問をぶつける。
「え……何してんすか?」
呆阿は得意気にまろ眉を上げると、人差し指を立て渾身のキメ顔を天鳴達へと向けた。
「参番隊は自身の手から排出させた砂を物体に変える魂術だ。だとしたら、この場に奴の流した異質な砂が紛れているかも知れない」
「おぉ……すっげぇ!呆阿、冴えてるなぁっ!俺もさーがそ!! 」
天鳴は意気軒昂とした様子で、同じく地面に這い蹲って砂利を事細かく調べ出した。
寂れた街道筋なので人通りは当たり前に少ないが、二人の男達が地面に這い蹲って何かをしている光景を見られたりでもすれば、奇人扱いにされるに違いない。
「よいせっ、よいせっ」と声を出しながら砂を探るそんな二人を見て、海はこめかみに手を当て溜息を零す。
横にいる白を一瞥すると、海は諦めたように肩をすくめ、唖然としている彼に声を掛けた。
「で?」
「……ぇ……はい?」
海から声を掛けられた白は、戸惑いと焦りに肩を震わせて目を合わせる。
「君も、黒坂くん達と一緒に這い蹲ってお宝探しでもする?」
「え、えっと……はは……そっすね……。一応俺、血が主体なんすけど、対象相手の体内にある水分を摂取すれば三秒ぐらいは音でだいたいの居場所が分かったりするんすよ」
白の言葉に、呆阿は動きをピタリと止めると地面から顔を上げた。
同じくそれを聞いた天鳴は立ち上がると手に付いた砂を払い二人の方へと近付く。
「なんだその便利な魂術!」
「便利でもないっすよ。移動されたら使い物にならないっす……それにこの血って……おそらく天鳴くんのっすよね?」
天鳴の左腕に視線を落とした白が、苦笑を浮かべる。
「そ、そうだけど……」
天鳴は頭の後ろに手を置いて辺りを見渡すが、瓦礫や石ばかりで、参番隊の痕跡らしきものは何処にも見当たらなかった。
あのとき、天鳴は参番隊の金棒を破壊しただけであって、切りつけることや、血を流すような攻撃をしていない。
砂も特に変わった様子もなく、現時点で完全にお手上げな状況に、早くも希望は消滅しかけていた。
そして、いつの間にか呆阿の姿が消えていることに三人は気付かなかった。
「血じゃないけど」
海がぽつりと声を漏らし、二人の視線が彼に集まる。
「参番隊の唾液ならあるんじゃないかな?黒坂くんが顎に一発入れたときに結構飛び散ってたし」
「あ〜……確かに。んでも見えるか?てか、体内の水分って唾液でもいけんの?」
天鳴からキラキラとした期待の眼差しが向けられると、白は思わず生返事をしてしまう。
「いけますけど……え……やらないっスよ?」
その場しのぎに引き攣った笑いを浮かべるが、海は至って真面目そうな無表情で、無理難題を突きつけた。
「新参者なんだし、それぐらいなら僕達の役に立ってもらってもいいんじゃない?」
「え……いやいやいや、無理に決まってんじゃないっすかぁ!?……海くん鬼畜の所業すぎません?」
右手と顔を激しく左右に振りながら救いを求めるように天鳴の方を見遣る。しかし、天鳴は妙に誇らしげな顔を浮かべながら砂汚れの付いた手で鼻の下を掻いた。
「まぁ……海はこういうところあるからな」
「なに得意気にしてんすか!さっきまで二人とも揉めてたんっすよね!?」
「……そ、そんなこと言ったっけ?」
「なぁ〜、盛り上がってるところ悪いんだけど」
誰にも気付かれないように勝手に何処かへ行き、いつの間にか姿を現した呆阿は、この状況をすっかり楽しんでいる天鳴の背後から呆れた声をかけた。
天鳴が振り返ると、背中には木製の古びた弓矢を背負っており土汚れが鼻の先や白い髪にまで付着していた。
「あっ!ごめんごめん。一人で頑張ってたなっ……痛いっ」
彼の傍まで駆け寄り鼻に付いた砂を指で払おうと手を伸ばすが、悲しくもベシッと叩き落とされる。
痛みと拒否されたことに落ち込む天鳴を無視して、袖で乱暴に自分の鼻を拭うと、土で汚れた小さな布切れを摘んでみせる。
「……なんすかそれ?」
「藁小屋であいつに襲撃されたとき、防衛の為に弓で足を刺した。そんときの汚ぇ血が付いてる」
街道筋から少し離れた先には、跡形も無い程の崩れた藁小屋があった。
「ナイスすぎる!……てかその弓矢、呆阿の?もしかして弓使いだったのか?」
「うん……まぁ……」
天鳴の問いかけに呆阿は歯切れ悪そうに答える。
そして、表情を強張らせてズカズカと白の目の前まで歩み寄ると、布切れを顔の前へと突きつける。
その手は、微かに震えていた。
「え」
「血を摂取すれば居場所分かんだろ?見せてみろよ」
「う…うす……」
呆阿の鋭い目つきに若干戸惑って、布切れを渋々受け取ると目を瞑ってペロリと布切れの血を舐めた。
――――刹那、彼は口を小さく開けると白光の同心円を何度も口から放出させる。
そして、ゆっくりと口を閉じると音へと耳を澄ます。
数秒間経つと瞑っていた瞼が静かに開き、煌めいた灰色の瞳が姿を現した。
「えっと、おそらくここから右に曲がって真っ直ぐ行き、民家街を越えた蔵にいますね……?」
天鳴達に分かるように方向を指し示すと、呆阿の方へと顔を向ける。
呆阿の顔は酷く安堵したかのように全身の力を抜くと「……違った」と誰にも聞こえないような声で呟いた。
「あの……」
「……やるじゃんハクビ」
呆阿は深く息を吐くとドンッと、白の頑丈な胸板に手の甲で強めに叩き込む。
地味な痛さに白の顔が歪んだ。
「ゔっ……ハクビってなんスか?」
「ビビりの白。略してハクビ」
「えっ!?へ、変なあだ名付けないでくださいよ!」
呆阿は取り乱している白を横目で見てから、先へと歩いていった。置いていかれそうになった白は、慌ててその背中を追いかけた。
取り残された天鳴はそんな二人を見て、頭の後ろに手を組み和やかな表情を浮かべた。
「白すごいな……あの魂術、目明しにピッタリだなっ!」
「……少量の魂力であれぐらいの術が使えるなら……彼は相当な実力者かもね」
先行く白達の背中を見つめながら海は、ポツリと言葉を零す。
「へぇ、そんなこともわかんの?海は何でも知ってんだなぁ……」
何を考えているか分からない海の横顔に、天鳴はぱちくりと目を丸くする。
そんな天鳴の姿に海は心底呆れ果てたような視線を向けると、冷酷な一言をぴしゃりと言い放った。
「……単に、君が馬鹿なだけなんじゃない?」
それだけ言い残すと、すぐさま早歩きで呆阿たちの後を追って歩き出す。
静まり返った街道筋に、一拍置いて天鳴の怒声が響き渡る。
「……馬鹿とは失礼だろっっ! !」
大声で叫んだ天鳴だったが、虚しくも前を歩く三人は誰一人としてこちらに振り向いてくれることは無かった。




