第十二話:容姿端麗の青年
男とぶつかり尻餅をついたまま、あまりにも彼の異様な眼に圧倒され、思わず引きつった笑いを浮かべる。
「お兄さん……変わった目してんね?」
「え?あぁ……これ、よく言われるっす」
苦笑いを浮かべる男は、腰を軽く曲げて天鳴へと手を差し出す。
「おっ、ありがとな……よっこいしょ」
彼の手を頼りに身体をゆっくりと起こすと衣服についた砂を払う。
その間、天鳴は盗み見るように彼を視野に入れる。
天鳴達の誰よりも背が高くガッシリとした図体をしており、六対四で分けられた暗黒色の前髪は彼によく似合っている。
あの異様な目に負けないぐらい、如何にも容姿端麗を体現したような男前に、天鳴は盗み見るのを辞めて、思わず堂々と顔を見つめてしまっていた。
「あの?」
「お兄さん、イケメンだなぁ」
「……いけめん?……ってなんすか?」
ジロジロ見てくる天鳴に気まずさを感じたのか男は頬を掻き、聞いたことない響きに首を傾ける。
動作に揺れた黒色の着流しに白の羽織と真っ白な襟巻。彼の容姿を引き立てる見事な着こなしに感心した天鳴は一人で、うんうんと頷いた。
「はぁ〜。やっぱ男前は何着ても様になるねぇ」
「おいっ!男前はここにも居るだろっ!」
後ろからズイッと海を盾にしながら前に出てきた呆阿が、負けじと天鳴に吠える。
そんな、子供っぽい張り合いをする呆阿を見て、思わず男は吹き出した。
「ははっ。貴方は男前からかけ離れすぎっすよ」
「あ?」
「え……あ、すんません」
見た目に反してずいぶんと小心者なのか、男は笑うのを即座に止めると、首の後ろに手を当てて申し訳なさそうに視線を外す。
「呆阿、態度悪いぞ!えっと、すまんなっ!悪気はないんだよ」
「……呆阿……」
天鳴は、無礼な態度をとる呆阿達の前へと手を出し、遮るように背後へと隠す。
男は真っ黒な眼球の奥で灰色の瞳をわずかに細めると、聞こえないほどの微かな声で呆阿の名前を呟いた。
「お、おい天鳴……」
「ん?」
妙に焦った呆阿はクイッと天鳴の袖を引き、天鳴が首を傾けたそのとき、
「黒坂くん」
今の今まで呆阿の盾にされ放心状態だった海が、いつも通りの冷ややかな態度を取り戻して背後から天鳴に呼びかけた。
「海」
「悠々としている時間はないんじゃないかな。そうやって毎度毎度油を売ったりしてるから、何事にも間に合わな――」
「わ、わーってるよ!」
さっきまで「好きにすれば」と散々言っていたのに対して、今は仏頂面で若干義務的になった海のやりにくい態度に、天鳴は思わず慌てふためく。
「えっと、ぶつかって悪かったな。じゃぁな!」
男に笑みを向けると手を軽く上げた。
早足に通り過ぎようとするが、その歩みを阻止するかのように男の声が再び掛かる。
「何か……急いでるんすか?」
到底無視なんて天鳴の性格上出来るはずはなく、思わず立ち止まると、経緯を簡潔に説明した。
「えっ、あー、いや賊剛組に贖罪奪われちまって……」
「賊剛組っすか……よかったら一緒に探しますよ」
「いやいやいや!さすがに悪いわっ!もう二人も巻き込んでるから」
天鳴は手を全力で振ると、後ろで不機嫌に腕を組んでる海と、警戒心を露骨にしている呆阿の方へと顔を向けた。
「ぶつかった謝罪を込めて……少しは力になりたいんすけど」
「……」
中々引き下がろうとしない男に、海と呆阿は相手に気付かれない程度に小さく眉根を寄せ、天鳴の答えを待つ。
しかし、
「……良い人ってこの世界にまだいるんだな」
天鳴は、目をぱちぱちと瞬かせて心底感心したように呆けた声を漏らした。
あまりの警戒心のなさに、二人は同時に拍子抜けした。
だが、天鳴も安易な考えをしているわけではない。
今の三人じゃ参番隊から贖罪を取り返すのは困難を極める上、天鳴の左腕は金棒の攻撃により負傷して全く使い物にならない。
海は戦えないのと、呆阿の使える術の力もまだ分かっていないのだ。
戦える人数と時間は限られている。
思案の末、天鳴はこの機会を逃さないことにしたのだ。
「んじゃお願いしちまおうかな!」
太陽のような笑顔で親指を立て、歓迎すると背後から、海の低い声が掛かる。
「黒坂くん」
「え?い゛だだだだだっっ!!」
天鳴は間抜けな声を出すと、振り返る前に突如耳が捻り潰されるような痛みが走った。
海は天鳴の耳を引っ張ったまま、男から少し離れた距離まで引き摺るとパッと手を離す。
「いったぁ……な、なんだよっ!」
「警戒心ってのはどこに置いてきたの?元の世界?」
耳を茹でダコ並に赤くさせ痛みで押さえている天鳴に、海は相変わらずの仏頂面で腕を組むと言葉を投げる。
「なわけないだろ!……今のままじゃ確実に間に合わないんだろ。それに、呆阿にはああ言ったけど俺の左腕は今後使い物にならないし、人数はまだ多い方がいいに決まってる」
「相手が贖罪狩りの関係者だったら。とか考えないんだ?」
「……それは」
海の言葉に、天鳴は押し黙ると顔だけで振り返って男の様子を窺う。
彼は、おずおずとした態度で呆阿に何かしら声を掛けていた。それが余計な言葉だったのか、呆阿は激怒して男に殴りかかるが、男はその拳を笑いながら軽々と受け止めていた。
そんな男の屈託のない笑顔に、天鳴はどこか親しみやすさを感じたのだ。
「関係者だったら」
「……」
「俺が責任を持って海達を逃がす」
「浅はかすぎだね……それに、そんな使えない身体で?」
「根性だけは、ある」
グッと拳を握りしめて胸に手を当てると、海は肩を落として溜息をついた。
「……僕は警告したからね」
「ごめんな。海は俺のこと心配してくれたんだよ……ナ゛ァッッ!!」
配慮を受け止めたのはいいものの、余計な一言を零した天鳴に、海は足首が腫れていない方の脛に強烈な蹴りを入れた。
そして痛みに身体を丸めて蹲る天鳴を無視して、呆阿達の元へスタスタと歩いていった。
「海は手加減って言葉、酒問屋に置いてきたろっ……!!」
ジンジン痛む足を優しく摩ってから蹌踉めく足取りで呆阿達の元へと戻る。
「お、やっと戻ってきたな」
「……ご、ごめん、待たせたなっ。んじゃえっと、手伝ってくれるか?」
「うっす!……えっと……黒坂 天鳴君っすよね?」
「そうそう、巷で噂の黒坂天鳴だよ。んで、こっちの方達は……」
天鳴は両側に居る、海と呆阿に顔を向けた。呆阿は、言いにくそうに口をもごもごさせてから渋々名前を告げる。
「……愛染野 呆阿」
「……」
男は海の方に一瞥するが、海は未だに納得していないらしく怪訝そうな目で見つめた後、顔を逸らした。
「あ、あんま歓迎されて無さそうっすね」
「あ〜!元からこういう人なんだっ!終瑠璃 海って言うんだ」
「そうなんっすね……あっ、俺は、血酔 白っす……」
「白か。あっ、俺の名前も『黒』って入ってるから対になってんなっ!」
「そっ、すね」
「……」
「……」
沈黙が流れる。
腕を組んで他所を向いている海、まろ眉を顰めて警戒心を露骨にしている呆阿。
そんな二人の様子に天鳴はダラダラと冷や汗をかいたが、元気を取り繕って白の肩に手を回すと、一緒に先頭へと歩き出す。
「と、とりあえず行くぞーっ!」
***
四人は無言のまま歩き続けること数十分。峠を越えた頃、今まで不安気な顔をしていた白が口を開いた。
「あの、やっぱ俺って邪魔でしたかね?」
「んや、そんなことはない……多分」
未だに肩を組んだまま、白は少しだけ腰を低くすると顔を近付けてコソコソと二人で話をする。
多分という付け足した言葉により、もっと不安を抱いたのか、凛々しかった眉毛は困ったように下がってしまった。
「んでも、白のせいだけじゃないから。俺が二人に迷惑掛けてるし、それにちょっと揉め事になったから……」
「なんかあったんすか?」
「まぁ色々あって……」
「……天鳴」
「うわぁおっ!?」
いつの間にか、二人へと近付いていた呆阿がいきなり至近距離で天鳴の名前を呼んだため、肩が激しく跳ね上がった。
「びっくりしたぁ!……どうした?」
「丁度この先、俺達が賊剛組にやられたところだ」
顔を上げ、視線の先にはあの寂れた街道筋。
天鳴が賊剛組と戦った場所だった。




