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第十一話:貢献を求めている君へ

 億劫そうに佇む海(かい)は、二人から目を逸らし手に持っていた巻物をくるくると一定の力で巻きながら言葉を発した。


「……付いてこいって簡単に言うけど。参番隊の居場所、愛染野(えぞの)くんは知ってるの?」


「……」


 呆阿(ほあ)は言葉を詰まらせ、天鳴(あまめ)の肩から手をゆっくり離すと、海の方へと向き直る。


「贖罪を奪われてから、君が寝込んでいる間にもう四日は経っている。今から探しても場所を特定するだけで二日ぐらいはかかるし、どう考えても間に合わないんじゃないかな」


「……四日も」


 そんなに寝込んでいたとは思わなかったのか、呆阿は渋い顔をさせて首の後ろに片手を回した。


「んじゃどうしろって言うんだよ」


「う~ん。このまま諦めるしかないね」


 海は巻いている手をピタッと止めると、顔を上げて平然とした態度で言い放つ。


「は!?お前っ、それでもこいつの仲間なのかよ!?」


「……仲間?そんなのじゃないよ。僕は黒坂くんに働いて欲しいって言われたから、三ヶ月猶予を与えただけ。ただの使用人だよ」


 あまりの言いぐさに、呆阿は顔を引き攣らせる。


 俯いて表情が見えず、ただ黙っている天鳴に対して海は、再び巻物を巻きながら追い討ちをかけるように、ペラペラと話を続けた。


「それに、僕は最初賊剛組(ぞくごうぐみ)に愛染野くんを引き渡したほうが良いって言ったからね。それを無視して身勝手な行動をしたのは黒坂くん。張本人だよ。僕はちゃんと止めたしね。それを聞きもしないで、勝手に自分が苦境に陥ったんだから仕方ないんじゃない?」


 巻き終えたのか、海は腰に手を当てて、気怠げに首を傾げるその態度は、露骨なほどに横柄だった。


「時間はもう無いんだし、後は黒坂くんの好きなようにしなよ」


 同情も温情もない。ただ無情なだけの、冷ややかな表情を浮かべると、畳み掛けるように海は残忍な一言を放った。


「君が無様に死んで新しい魂が宿る最期まで、僕は見ていてあげるからさ」


 茶の間はまるで、世界から音が消えたかのように静寂に包まれる。


 呆阿は歯を噛み締めると、ギリッと不快な音が響く。


「……ッ…とんだクソ野郎だな。おい、天鳴こんなやつ廃品として出せ。俺が手伝ってやる」


 沈黙を突き破り、滲み出る怒りを隠そうともせず最初に声を出したのはやはり呆阿だった。


「いや」


 呆阿は袖を捲り、海の方へと近寄ろうと一歩踏み出したところを、天鳴が声を発して顔を上げる。


「海の言う通りだ」


 天鳴の顔は、怒りや悲しみに染まった顔でもない、ただ平然とした面構えをしていた。


 それが予想外だったのか、海は無意識に片眉をぴくりと動かす。


「海の助言を聞かなかったせいでこうなったのは、俺の自業自得だ。それに、たとえこうなることを分かっていたとしても、俺は呆阿を助けていたと思う」

 

 顔色を変えず、やけに落ち着いた声で話をしている天鳴の誠実な横顔を呆阿は見上げた。

 

「彼に、自分の命より価値があると思うの?」


 あまりにも無礼な海の問いかけに、天鳴は苦々しく思ったのか、ここにきて初めて深くため息を零すと片手で頭を掻いた。


「尊い命に俺ごときの人間が価値なんか付けられるかっての……命は皆、平等っつうもんだよ」


 天鳴は、目を細める海を真っ直ぐに見据え、堂々と告げた。


「呆阿が危なかったから俺が勝手に助けた。それだけの事だ」


「……」


 ぐうの音も出ない、天鳴の正論を突きつけられ、海は不満気な顔をして押し黙る。


 それ以上海に言葉をかけずに、横に立っていた呆阿に視線を向けると、穏やかな笑顔を浮かべた。


「庇ってくれてありがとな、呆阿。海の言う通り、残り時間は俺の好きにするよ」


「……そうかよ」


 天鳴の宣言に、呆阿は悔しげにまろ眉を寄せる。


 そして、ただ命が尽きるまで見ているのはごめんだ、と言いたげにそっぽを向いた。


「魂が尽きる最後の時まで、君は何をするの?」


 食傷気味に首を竦めた海は、天鳴に尋ねた。


 泣き喚くのか、銭を使いありったけのご飯を買い占めて最後の晩餐を楽しむか、もしくは暴挙に出るのか。


 そんなところだろうと、海は内心で想定していたが、何故か、天鳴は袖を捲った。


 そして、


「今から二人を連れて、奪われた贖罪を取り返す」


 間髪を入れず答えた天鳴に、茶の間が再び静まり返った。


「は?」

「え?」


 今から二人を連れて、贖罪を取り返す――――?


 真剣な面持ちをして言う天鳴に、呆阿と海は聞き間違いか?と耳を疑ったように間抜けな声を漏らす。


 『取り返すのは、もう間に合わない』と海は、そう言ったはずだ。


 だが、天鳴の辞書には諦めの二文字はとっくになく、再び抗おうとしていた。


「好きにしろって言ったろ?なら、今は俺の使用人である海は最後まで同伴するんだ」


 呆然としている二人を気に留めない天鳴の巨躯が海へと一歩踏み出す。


 驚愕していた海は我に返ると、思わずジリジリと後退る。


 天鳴は、降りかかる海からの罵倒を浴びながらも別のことを考えていた。


『ここは誰もが黒坂 天鳴(君)の貢献を求めている世界――『サンセリバ』だよ』


 初めて会ったとき、彼がかけてくれた言葉は、何一つ辻褄が合っていないことを。


 周囲の民間人から天鳴に向けられるのは非難と軽蔑の視線ばかりだった。


 『黒坂天鳴の迷い人』に対して、誰も期待なんてしていない。むしろその逆、向けられたのは憎しみと恨み。そして、絶対的な殺意だ。


 なのに、海と初めて会ったとき『貢献を求めている』と言っていた。


 そんな素振りが今までちっとも見当たらない。周りが呆れて匙を投げている中、海の言葉だけがずっと浮いている。


 徐々に迫り来る天鳴から逃れようと、海は恐る恐る後退っていたが、次第に逃げ場がなくなり背中に冷たい壁が当たると、彼は息を呑んだ。


 咄嗟に視線を下に向けた海は、天鳴の足元に緋寒桜の花弁が舞っているのに気付く。


「……魂術の……発動……」


 海は顔を弾かれたように上げると、ギラつかせた緋色の瞳と視線が交わった。


「……ッ!?」


 目の前にいるのは確かに、『黒坂 天鳴』のはずなのに、その気配は、海の知る『黒坂 天鳴』じゃなかった。


 絶対に逆らうことの出来ない、圧倒的な脅威的存在の一人。


 海は彼の中に、かつての『黒坂天鳴』の真の姿を彷彿としていた。


「君ッ……」


「俺に、着いてこい」


 茶の間から音が消え、ただ天鳴の放つ重苦しい圧が海の肌を刺す。



────俺の貢献を皆、求めていない、期待していない。


 突き放すような言動を取ってくるわりに、天鳴を助け、猶予を残し、参番隊から贖罪を奪われないように、赤の他人である呆阿を引き渡す最善の道を選んだ、彼の天鳴に対する滲み出る小さな行動。


 最後までは見捨てることはしない、彼に透けて見える、小さな矛盾の正体。


 ただ一人、俺の貢献を本気で求めているのは――――。


「海」


お前しかいないんだろ。


「今ここで俺の魂を尽きさせるつもりは一切無い!何もやらずに無惨に死んでなんかやらない!!だから、最(・)期(・)ま(・)で(・)一緒にいろっ!私には今、海が必要なんだよっ!」


 決死の覚悟を叫んだ天鳴が海の冷えきった手首を強く掴む。それと同時に、海の手から巻物がカランと音を立てて落ちた。


 固く紐で閉じられていたにも拘わらず、畳に落ちた衝撃だけで結び目が簡単にほどける。


 全てを丸めて閉ざした巻物はまるで意志を持つかのように一気に畳に広がったその瞬間――――。


 海の瑠璃色の瞳に微かな光が宿った。


 天鳴は有無を言わせず、海の手首を強引に引くと茶の間から飛び出す。


 廊下を歩き玄関に向かうと草履を乱雑に履いて、鳥居眞屋の暖簾をくぐった。


「…えっ……ちょっ!俺のことは!?……待てよ!」


 急転直下の展開に、唖然として取り残された呆阿はハッと意識を取り戻す。


 頭の包帯をほどくと畳に投げ捨て、二人に続いて茶の間から飛び出した。


 草履を片足ずつ引っ掛けて履くと、店から出て後を追った。


「待てよ、天鳴……置いていくなよ…というか、策は思いついたのか?」


 呆阿は、ズンズンと歩き続ける天鳴とそれに引っ張られる海の後を何とか追い付き、少々息切れをしながら横に並ぶ。


「無い!でも、ジッとしているよりマシだろ!」


「んな無茶振りな……」


「俺達で絶対取り返すぞ!」


「はぁ?……単細胞かよッ……策が無いと埒あかねぇだろ。おいっ、お前も何とか言えよ」


「……」


 呆阿は手を伸ばして海の肩を掴むが、放心状態の彼には何の反応も示さなかった。


 あまりにも使えない彼に、呆阿は思わず天を仰いだ。


「へ、変なやつらに助けられっちまったぁ……」


 小走り気味に曲がり角でカーブすると、天鳴より大きな影が突如として目の前に現れる。


「賊剛組と戦った場所に戻ったら、何か手がかりがあるはずだ!それで居場所を……グァッ!! 」


 それに気づかず正面突破した天鳴はぶつかると、派手に後ろへと倒れる。


「っと……!!」


 天鳴が掴んでいた海の手が離れた瞬間、二人の後ろにいた呆阿は、海の事は被害に遭わせまいと反射的に両腕を掴んで支えた。


「あ、やばい……さ、さすがに……腰が逝ったかも」


 ここに来て尻餅をつくのはこれで三回目。


 そろそろ腰の限界が来たようだ。


 すぐには起き上がれず、天鳴は身体を小刻みに震わせながら助けを求めようと、俯きながら青い空へと手を伸ばした。


「す、すませんっ!……前見てなかったっす!!」


「んや……俺こそごめん、見てなかっ……」


 低く、上擦った声が頭上から聞こえて顔を上げる。そこには血色の無い程の白い顔をした、男の眼が際立っていた。


 本来なら、白いはずの眼球は、墨を流し込んだかのように漆黒に染まり、瞳は曇天の空を閉じ込めた灰色の瞳がギラリと発光している。


 そんな気味の悪い瞳とは対照的に、彼の顔は青ざめて情けない顔をしながら天鳴を見下ろしていた――――。

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