第九話 :参
飛んできた生身の人間の体を、反射的に両手で受け止めたが、勢いがありすぎるあまり二人して地面に倒れ込む。
「華麗な共倒れだね」
天鳴の後ろに居た海は巻き込まれることはなく、ゆっくりとした足取りで近寄ると平然とした顔で冗談を言った。
とてもそれどころでは無い。
「い、言ってる場合かっ!……っ……て、壁から人が出てくるとかどういう展開よ…」
天鳴は上体を起こすと、腕の中の相手を見た。
白い小袖は肩を露出させ、若葉色の襟巻を巻いた白皙の小柄な少年は、弱々しく呼吸を繰り返していた。
身体の至る所に痣や切り傷があり、頭からはドクドクと血を流して白い髪を赤く染めている。
「……これ結構やばい?」
「かもね」
「おいおいっ!小心者の極凶が居るじゃねぇか!丁度いい、その小僧を返しなぁ」
突き破ってきた壁の向こうから、やけに興奮した声が聞こえる。
般若の面を頭に付けた、金髪の男が巨大な金棒を肩に担いで姿を現した。
「極凶って、極悪大凶者の略しか?……って、誰?」
「俺の事知らねぇってことは、さてはお前、新参の迷い人だなぁ?まぁ、いい。そいつは俺の大事なお知り合いなんだよぉ、言うこと聞かねぇから罰を与えてやったんだぁ。返さねぇとお前らも痛い目にあわせるけどなぁ?」
「罰にしてはちょいとやりすぎなんじゃないですかね……」
「あ?」
青筋を立てる男に、天鳴は身構えた。
すると、耳元で「黒坂くん」と海が囁く。
「魂力が僕らより高すぎる。それに彼は賊剛組の参番隊。今の君じゃ到底彼には敵わないよ」
「ぞく……誰?」
「…………それは後で説明する。取り敢えず今は、彼を引き渡すしかないよ」
海は視線を落とすと、天鳴の腕の中にいる人物を見つめる。
天鳴もそちらに視線を落とした。
今ここで参番隊という人に引き渡せば、この子はどんな目に遭うか分からない。
現に呼吸だってすごく浅いうえに、出血も止まっていないのだ。
ズンズンと近づいてくる圧倒的な威圧感が、二人を飲み込む。
勝てないと分かりきっている相手が目の前にいるにも拘わらず、天鳴は眉を顰める。
もう答えは決まっていた。
「……だね」
「あぁ?聞こえねぇよぉ!ボソボソ喋んなぁ」
「嫌だね、って言ってんだよ」
海は目を大きく見開くと、天鳴の顔を凝視した。
「……ハハッ!そうか、そうかぁ!なら、いいぜ!!まとめてぶっ潰してやるよぉ!」
すると参番隊は声を荒らげて、金棒を振り回しながら海の方へと突っ込んでくる。
「…ッ…!海!! 」
「…………」
あまりの出来事に足がすくんだ海に、天鳴は抱えていた少年を落とさないよう片手で抱き締め直す。
そして、もう片方の腕で海の身体を強引に脇へと抱え込むと、強烈な一撃を間一髪で避けて物陰へと滑り込んだ。
「……はっ……君、な、なにして…」
「ちょっとこの子をまかせた」
状況を飲み込めない海に少年を託すと、天鳴は背負っていた銛を掴んで参番隊の前に現れる。
「テメェからかぁ。極悪大凶者の黒坂天鳴ぇ。これは……ヒヒッ…大物だなぁ」
不気味な笑みを浮かべた参番隊が金棒を振りかざすと、灰色と金色のオーラが彼の身体に纏いつく。
吹き荒れる風はそれだけで鋭い刃物と化し、天鳴の頬や腕の肌を容赦なく切り裂くとじわりと鮮血が滲み出す。
「……ッ…」
風を手で遮りながら、足を地面へと叩きつけて勢いよく飛んだ。そして参番隊の頭上に飛びつくと相手の肩へと狙い銛先を相手に向けた。
だが、それは振りかざした金棒によって容易く弾かれてしまう。
参番隊は、一秒の隙も与えぬまま天鳴の太い腕より更に大きな手によって掴まれると、屋敷へと投げ飛ばす。
「ガッ!?」
古びた屋敷は容易く崩れ、木材や藁が天鳴に覆い被さる。頭が割れるような激痛に顔を歪ませながら、手で押さえると目を開いた。
「痛ってぇ……」
「弱ぇなぁ!!」
すると、先ほど弾き飛ばされた己の銛が天鳴に目掛けて飛んでくる。
「あぶっ!!」
咄嗟に身体を横に倒してなんとか避けることができたが起き上がる前に、参番隊は次の攻撃に備えていた。
――――ドンッ、ドンッ!
金棒を地面に二回打ち付けた。
地面に転がっていた石や岩が参番隊の魂術により浮き上がると、天鳴の身体に数多くの岩石が打ちつける。
「ゔっ…ぁ……が……!!」
――――やばいやばいやばいやばい!!!!思わず出しゃばったけど、使える術も戦い方も何一つ分かっていないのに何してるんだ!!
どうにか、どうにかしないと!!
今更どうにも出来ない状況に、天鳴は攻撃を受けながら思案する。
だが、虚しくも何一つ答えを見つけ出すことは出来なかった。
岩石の連撃が止むと激痛に呻く天鳴の前に、参番隊がゆっくりと影を落とす。
「死体でも持ち帰ったら、『神主様』は大喜びだろうなぁ!!」
「ハッ……ハッ…………」
邪悪な笑みを浮かべ、殺意の塊のような金棒を天鳴の頭部にめがけて振り下ろした。
――――どうにか、守らないと。
「……」
そんな危機的状況の中、海は止めることはせずただ無心で白眼視していた。
――――ゴッッッ!!!!
重い音が周囲に響き渡る。
完全に仕留めたとばかりに参番隊は勝ち誇った笑みを浮かべた。
「ヒヒッ…………ぁ?」
「い゛っ……でぇ……。こんなん頭に当たったら大怪我どころじゃ済まねぇよ……なぁ?参番隊さん?」
天鳴は寸前のところで、左腕を伸ばして頭を庇っていた。
金棒の棘が深く抉りこんでしまい血がポタポタと止めどなく流れている。
「チッ」
舌を鳴らし、参番隊は次の一撃の為に天鳴の腕に埋め込んだ金棒を引き抜こうとするが、天鳴は右手を伸ばすと金棒の先端に手を添えて抜かせまいと自身の腕に押し付けた。
――――刹那、天鳴の足元から寒緋桜の花弁が舞い上がる。
それが、渦を描くような旋風へとなり天鳴を包み込む。
「な!?」
参番隊は、度肝を抜かれ思わず動きが止まる。
「今、ここで」
天鳴は、一心不乱に参番隊を睨みつけ攻撃を防ぐことに全振りし、金棒へと力を込めるとミシリと軋む音が立つ。
「グッ……離しやがれぇ!」
参番隊が怒号を出すと同時に、バキッ!!っと鋭い音が鳴り響く。
金棒が見事に粉砕すると砂となり地面へと流れ落ちた。
「……クッ!」
――――今、ここでキメる。
相手の顔に目掛けて拳を振ろうとした、その時だった。
参番隊は瞬時に手を伸ばし、天鳴の赤い襟巻を掴むと、乱暴に解かれ露出した首元に小さな御札を当てる。
「…………はっ……?」
天鳴を纏う旋風と花弁は、もう跡形もなく消えていた。
「ハハッ!!」
バチッと天鳴の首元に電流が流れる痛みが走ると、参番隊は愉快な笑みを浮かべた。
「ガッ!!」
そんな隙だらけの男の顎に、天鳴は首元に走る痛みに顔を顰めつつも右手で鋭い鉄拳を見舞った。
「グッ……」
参番隊は顎を押さえて蹌踉めくと二、三歩後退る。
「熱……なにしたんだ?」
「間抜けが。黒坂天鳴の器の癖に、魂術も上手く使えねぇとはな」
「……何の話だ?」
「ビビらせやがってぇ……ハハッ……最近の黒坂天鳴に宿る迷い人は聞いていた通り、雑魚だったな」
そういうと満足したように手の中にある御札を見つめた後、掴んでいた赤い襟巻を天鳴の方へ投げつける。
参番隊は掌から新たな金棒を、生み出すと地面に打ち付けた。
「数日間、震えていろぉ」
獰猛な目で睨みつけながらサラサラと砂になって消えていくのを、天鳴は放心状態でただ見つめていた。
「黒坂くん」
遠のきかけていた意識は、海の声によってハッキリと現実へと引き戻される。
「か、海。無事だったか?」
取り繕った笑顔を向ける天鳴に、海は答えず彼の腕に目線を落とした。
「……君の腕……それに、この子…どうにかしないと」
「あぁ、そうだなっ」
天鳴は頚切痕に感じる違和感に思わず首元を撫でる。
そして、襟巻を片手で適当に巻くと二人の元へと歩み寄った。




