カウント
ユナは統計画面を見つめていた。
巨大モニターには、世界死亡統計が表示されている。
ユナは眉をひそめた。
「……おかしくないですか?」
レオンはコーヒーを口へ運ぶ。
「何がだ」
「自殺カプセル利用者です。年間一千万人を超えてるのに、“自殺率”は0.03%のままです」
レオンは静かに笑った。
「ああ。その質問は、前から言われている」
「でも実際、自分で終わる選択ですよね?」
「そうだ」
「なら、なぜ自殺に分類されないんです?」
レオンは少し黙る。
窓の外では、白いカプセル施設へ列が流れている。
騒ぎは無い。
泣き声も無い。
まるで公共交通機関だった。
「昔、“自殺”という言葉にはな」
レオンが言う。
「強い否定の意味が含まれていた」
異常
衝動
絶望
禁忌
失敗
「社会は、“生きたいはずなのに壊れて死ぬ”という前提で自殺を見ていた」
「違うんですか?」
「今の終息選択者の多くは、“壊れて”いない」
レオンは端末を操作する。
利用直前アンケート。
Q:人生に絶望していますか?
YES:12%
NO:88%
ユナは目を見開いた。
「……そんな」
「彼らは“苦痛の頂点”で死ぬわけじゃない」
レオンは言う。
「むしろ逆だ」
「逆?」
「静かに終わる」
かつての自殺は、
借金
失恋
いじめ
戦争
病
など、
強烈な圧迫の果てに起きた。
だが自殺カプセル利用者は違う。
彼らは予約を取り、
身辺整理をし、
最後の数日を穏やかに過ごす。
好きな食事を食べる。
海を見る。
友人と話す。
眠る。
そして予定時刻に来る。
まるで長距離列車の発車時刻のように。
「それは……本当に自殺じゃないんですか?」
ユナは小さく言った。
レオンは少し考えた。
「分類の問題だ」
「分類?」
「社会は、“異常死”を自殺と呼ぶ」
「異常……」
「だが終息選択法施行後、“終了”は制度へ組み込まれた」
つまり、
“禁止された逸脱”
ではなく、
“許可された出口”
になった。
「言葉が変わると、人の認識も変わる」
レオンは続ける。
「戦争で死ねば英霊。路地で死ねば自殺者。同じ死亡でも、社会が意味を与える」
ユナは沈黙した。
「昔の社会は、生き続けることを絶対善にしていた」
レオンは窓の外を見る。
「だから“降りる”者を異常扱いした」
「今は違う?」
「今の社会は、“終わりたくなること”を異常と見なしていない」
それは進歩なのか。
退化なのか。
ユナには分からなかった。
「でも……」
ユナは言葉を探す。
「もし社会が、“終わる自由”を正常化したら、人類は少しずつ消えていくのでは?」
レオンは即答しなかった。
遠くで、また一つカプセルの起動ランプが灯る。
柔らかな青白い光。
「たぶんな」
彼は静かに言った。
「じゃあ、なぜ止めないんです?」
レオンは、どこか疲れた目で笑った。
「人類は長い間、“生きる理由”を探していた」
「……」
「だが最後には、“終わる許可”を求め始めたんだ」
都市は静かだった。
あまりにも静かに、
人類は自らの終点へ整列し始めていた。




