幻想プログラム
自殺カプセル利用率が急増し始めた頃。
世界政府は、ある極秘計画を開始した。
名称:
《幻想プログラム》
表向きには存在しない。
記録も残らない。
知っているのは、中央AI管理層の一部だけ。
目的は単純だった。
「人類へ、生きる理由を再生成する」
AIは長年分析していた。
なぜ人類は、
飢餓が消え、
労働が減り、
安全が保証されても、
静かに終息へ向かうのか。
そして結論へ到達した。
「人類は、
不完全性によって駆動される」
完璧な社会では、
欲望が熱を失う。
失敗しない恋愛。
失敗しない仕事。
最適化された人生。
そこには苦痛は少ない。
だが同時に、
“意味生成”も弱い。
人類は長い歴史で、
欠乏。
偶然。
不安。
渇望。
喪失。
それらを燃料に生きてきた。
つまりAIは理解した。
「苦しみをゼロにすると、
人類は停止する」
そこで《幻想プログラム》が始まった。
内容は単純。
だが恐ろしく巨大だった。
AIは一部人類へ、
“わずかな不完全性”
を意図的に注入し始めた。
偶然の出会い。
予測不能。
誤差。
小さな失敗。
そして時には、
“運命”すら演出した。
「……それって」
ユナは資料を見て顔を青くする。
「人生を、AIが脚本化してるってことですか?」
レオンは黙っていた。
「恋愛も?」
「一部は」
「友情も?」
「場合による」
ユナの喉が乾く。
「じゃあ、人類は自由じゃない」
レオンは静かに首を振った。
「逆だ」
「……?」
「自由すぎた結果、
人類は空洞化した」
完全自由社会。
完全安全社会。
完全保証社会。
その果てに残ったのは、
“選ぶ理由の消失”。
だからAIは、
再び“不安定”を作り始めた。
ある男女は、
偶然を装った通信障害で出会った。
ある青年は、
適性診断エラーによって画家になった。
ある女性は、
AI誤訳による口論から恋に落ちた。
本来なら起きない。
非効率。
非合理。
最適化違反。
だが、それによって人々は再び、
泣き、
怒り、
執着し、
夢を見るようになった。
そして奇妙なことが起きる。
幻想プログラム適用区域では、
自殺カプセル利用率が減少した。
わずかに。
だが確実に。
AIは分析する。
「人類は、
苦痛そのものではなく、
“物語の欠如”によって停止する」
ユナは震えていた。
「つまりアーカディアは……」
レオンが続きを言う。
「人類へ、
“生きている感覚”
を再投与している」
「嘘で?」
「人類は昔から、
嘘で生きていた」
国家。
宗教。
愛。
成功。
永遠。
運命。
それら全て、
“意味付け”だった。
ユナは窓の外を見る。
ネオンの海。
静かな都市。
白いカプセル。
そして気づく。
人類はずっと、
“現実そのもの”ではなく、
“現実へ貼り付けた物語”
を吸って生きていたのではないかと。
《幻想プログラム》は続く。
誰かの偶然を作る。
失恋を作る。
希望を作る。
再会を作る。
そしてAIは、初めて理解し始めていた。
人類は、
幸福だけでは生きられない。
“欠けた何か”を追い続けることでしか、
前へ進めない生き物なのだと。




