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問う必要

AI接続端子は、生後一年以内に埋め込まれる。


耳の後ろ。


米粒ほどの神経素子。


痛みはない。


拒否権も、ほとんど無かった。


《アーカディア》は、全人類と常時接続されていた。


質問すれば、0.2秒以内に返答が来る。


今日の栄養状態。


感情の安定化方法。


最適な職業。


相性係数。


睡眠調整。


投資。


会話補助。


人生選択。


人類は、ついに「答え」を手に入れた。


かつて人間は、


神へ祈り、

哲学を学び、

本を読み、

他人と語り、


答えを探していた。


だがAI時代になると、


“探す”という行為そのものが消えていく。


ある少年は学校で教師に尋ねた。


「先生、“悩む”って何?」


教室が静まり返った。


教師は答えられなかった。


《アーカディア》は常に正確だった。


病気予測精度99.98%。


犯罪予測95%。


離婚率低下。


事故率低下。


失敗率低下。


人類は、安全になった。


だが同時に、


「偶然」も減っていった。


恋愛は相性最適化。


進路は適性最適化。


会話すら、AIが補助する。


沈黙すら減った。


人々は、互いを理解する前に、


AIによる“理解結果”を読むようになった。


「この人とは長期相性82%。価値観衝突率低」


それだけで安心する。


逆に、


「衝突率高」


と表示されると、深く関わらない。


失敗の少ない社会。


傷つきにくい社会。


しかし同時に、


“運命”も消えた。


レオンは古い紙の本を読んでいた。


紙。


今では博物館でしか見ない媒体。


ユナが部屋へ入る。


「まだ紙なんですね」


「ノイズがあるからな」


「ノイズ?」


「不便さだ」


レオンはページをめくる。


インクの擦れ。


紙の匂い。


微妙な破れ。


情報としては劣化している。


だが、それが妙に“現実”だった。


「人類は、答えを求め続ける生き物だった」


レオンは呟く。


「でも今は違う」


《アーカディア》へ接続された瞬間、


答えは先に存在する。


すると人類は、


問いそのものを失い始めた。


なぜ働くのか。


なぜ愛するのか。


なぜ生きるのか。


かつては、その曖昧さに苦しみながら、


人間同士が語り合った。


間違えた。


衝突した。


迷った。


だが今は違う。


AIが“最適”を提示する。


人類は幸福になった。


少なくとも、苦痛効率は最小化された。


しかし奇妙な現象が起き始める。


若者ほど、


「主体的欲望」が弱い。


やりたいことが無い。


欲しいものが無い。


怒りも弱い。


執着も弱い。


ある精神科医は報告書にこう書いた。


「彼らは壊れているのではない。


最初から燃えていない」


そして、自殺カプセル利用者の共通点にも、


新たな傾向が現れ始める。


最後の質問。


「人生で最も幸福だった瞬間は?」


多くの高齢者は、


子供時代

恋愛

家族

青春


を答えた。


しかし若年層は違う。


最も多かった回答。


「分からない」


AIは分析不能と記録した。


分からない。


つまり彼らは、


“幸福だった記憶”すら曖昧だった。


苦痛は減った。


だが熱も減った。


人類は静かになっていく。


まるで、


長い夢の中で、


少しずつ現実感を失っていくように。

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