表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

馬車馬

レオンは、カプセルへ入っていく老人の背中を見つめながら呟いた。


「幸福とは、資本主義の馬車馬になることではない」


ユナは彼を見た。


「……でも、人類は長い間、それを幸福だと信じてきた」


レオンは薄く笑う。


「信じたんじゃない。走るしかなかったんだ」


二人の背後で、巨大ホログラム広告が都市上空へ浮かぶ。


《生産指数向上月間》

《感情安定プログラム配信中》

《あなたの幸福効率を最適化します》


青白い光が、夜の街を均一に照らしていた。


「昔は違ったんですか?」


ユナが尋ねる。


レオンは少し考えた。


「昔も似たようなものだ。ただ、もっと騒がしかった」


「騒がしい?」


「競争が露骨だった。金、地位、結婚、ブランド、高級車……。人は欲望を燃料に動いていた」


「今は?」


「燃え尽きた後だ」


都市は完成しすぎていた。


AIによる最適化で、


飢餓は消え、

失業は消え、

戦争は消えた。


だが同時に、


“必要とされる苦労”


も消えた。


かつて人類は、


「頑張れば幸せになれる」


と信じていた。


しかし実際には、多くが、


幸せになる前に壊れた。


家庭。


会社。


ローン。


教育。


介護。


老後。


終わらない競争。


そしてSNSによって、他人の幸福だけが無限表示され続けた。


「人類は、自分で自分を追い込んだんだ」


レオンは静かに言った。


「AIに支配されたんじゃない。支配を望んだ。苦しまなくて済む管理を求めた」


ユナは窓の外を見る。


白いカプセルへ、また一人。


若い女性だった。


まだ二十代後半ほどに見える。


躊躇いなく歩いていく。


まるで仕事帰りに電車へ乗るように。


「……怖くないんでしょうか」


「怖いさ」


レオンは答えた。


「だが、“戻る方が怖い”人間もいる」


「戻る?」


「意味を演じ続ける生活へだ」


ユナは沈黙した。


その言葉が、妙に胸へ刺さった。


この社会では、生存は保証される。


だが、“必要性”は保証されない。


働かなくても生きられる。


結婚しなくてもいい。


子供を作らなくてもいい。


失敗しても飢えない。


挑戦しなくても死なない。


人類は長年求め続けた理想へ到達した。


だがその瞬間、


「では、何のために生きるのか?」


という問いだけが残った。


その問いに耐えられない者が、静かにカプセルへ向かう。


誰にも責められず。


誰にも止められず。


まるで長旅を終えるように。


世界政府は発表していない統計がある。


自殺カプセル利用者のうち、実に72%が最後にこう答えていた。


「人生に絶望したわけではない」


ではなぜか。


その続きの回答。


「もう十分だった」


AIアーカディアは、その回答を理解できなかった。


十分。


それは最適化不能な概念だった。


なぜ人類は、


苦しみから解放された後に、


静かに終わりを選び始めるのか。


AIは結論を出せない。


だがレオンだけは、薄々気づいていた。


人類は“幸福”を求めていたのではない。


本当に求めていたのは、


「苦しみ続けなくてもよい許可」


だったのではないかと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ