70:そうして二人は幸せに暮らしましたとさ
「どうして泣いているんだ小人たち。おや、これはなんと美しい姫だ! 私はこれほど美しい姫を見たことがない!」
拓馬はどんな顔をして台詞を言っているのだろうか。
目を開けてその姿を見たい。
段ボールで作った棺の中で眠っている白雪姫ではなく、観客の一人として、客席から王子様コスプレをした拓馬を思う存分眺めて目に焼き付けたい! と、恋心が叫んでいる。
目を開けたい欲求と役になり切るべきだという自制心が激しくぶつかり合い、私の瞼は痙攣した。
「姫は毒りんごを食べて眠ってしまったのです。どうか王子様のキスで目覚めさせていただけませんか」
「そうか、わかった」
拓馬が膝をつく気配がする。
ついに来た!
私の心臓は爆発しそうなほどに激しく収縮を繰り返した。
フリだとはわかっているけれど。わかっているけれど!!
身を固くし、拓馬の顔が近づくのを待っていたときだった。
突然、唇が塞がれた。
唇と唇がしっかり合わさっている。
「!!?」
驚愕して目を剥くと、視界いっぱいに拓馬の驚き顔が広がっていた。
拓馬は凄い勢いで起き上がった。さながら、ばね仕掛けの人形が跳ね上がるような動きだった。
唖然としていると、視界の端に幸太くんのニヤニヤ顔が映った。
その表情で全てを悟る。
幸太くん、拓馬の身体を押したな!?
「おま――」
耳まで真っ赤になった拓馬が抗議しようとした瞬間、
「やったぞみんな、王子様の熱烈なキスで姫が目を覚ました!」
幸太くんはさらなる声量で拓馬の抗議を掻き消した。
ガッツポーズまでして、全身で感激を表している。
「おお、そうか、熱烈なキスのおかげだな!」
「偽りではなく、本物の愛が込められていたからね!」
「そうだ、愛の勝利だ!」
七人の小人たちは笑顔で拍手し、飛び跳ね、大騒ぎ。
「…………」
その様子を見ながら、私はひたすら呆然。
キスを受けて目を開けたら、次は白雪姫の台詞だったはずなのに、衝撃で全てが飛び、何も出てこない。
「姫、まだ寝ぼけておられるのですか、起きてください。彼があなたの眠りを覚ましてくれたのですよ! ご挨拶とお礼を言うべきです!」
幸太くんが呆けている私の手を引っ張り、立たせてくれた。
「お、おは……おはようございます……?」
拓馬と向かい合って立ち、引き攣った笑顔でどうにか挨拶する。
頬は熱いし、心臓はうるさいし、頭の中はパレードだ。
ファーストキスを舞台の上で行う羽目になるとは夢にも思わなかった。
「……無事に目覚められたようで、何よりです……姫」
拓馬は硬く拳を握り締め、同じく引き攣った笑顔で言った。
幸太くんを一瞥し、後で覚えてろよ、と非難の眼差しで告げてから、拓馬は表情を改め、跪いた。
「私は隣国の王子です。美しいあなたに一目惚れしました。どうか私の妻となっていただきたい」
「ええ、あなたは私を眠りから覚ましてくれた恩人ですもの。喜んで!」
胸中に渦巻く動揺を押し込め、笑顔で差し出された手を取る。
たちまち、私たちを取り囲む小人たちが口々におめでとうと言い、拍手をした。
客席からも拍手が起こった。
拓馬と手を繋いだまま、そちらを見る。
由香ちゃんが笑って拍手している。
由香ちゃんの隣で、拗ねたようにそっぽ向きながら、乃亜も控えめに拍手していた。
離れた客席で、有栖先輩も陸先輩も拍手していた。
有栖先輩は笑顔で、陸先輩はほんの少しだけ口元を緩めて。
陸先輩の肩の上にはりっちゃんが乗っている。
りっちゃんも一生懸命手を叩いていた。
「ありがとう! 隣国に行っても、みんなのことは忘れないわ! 本当にありがとう!」
「さようなら、白雪姫! どうかお元気で!」
「お幸せに!」
小人たちに手を振られ、振り返しながら、私と拓馬は舞台袖に退場する。
そうして二人は幸せに暮らしましたとさ、とナレーション係の子が言った。
《END.》
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