「『あいつをバラバラにする』」
「『あいつをバラバラにする』」
ウェインの言葉に、その場の全員が少し怯えた。
速記で記録を残していたソフィアも訝しげに顔を上げ、そのチャーミングなメガネを向けてくる。
ウェインは慌てて手を振った。
「あっ。ヘンな意味ではなく」
アヤナが小声で言う。
「人体へのバラバラって表現、どう考えてもヘンだけど」
「いや、違うって!」
書記官ソフィアが速記で記録を取っている……。ウェインは慌てた。
「ソフィアさん、いえソフィア特務伍長! これは罪の告白ではないですからね!?」
そのソフィアは、ウェインの反応に割と楽しそうである。フェイがのんびりした声を出した。
「先輩。ソフィーは割と融通利くんで大丈夫です。意外とチョロいんで」
「……アリス隊って、わりと揉み消すよね」
ウェインの呟きにディアが反応した。
「権力こええ」
そしてソフィアは少し不思議そうだ。
「それよりお姉様。さっきの『先輩』呼びって、なんですか?」
「いえソフィア。チームの中では、私は一番の後輩なので……。いえいえ、ウェイン先輩、続けてください」
ウェインは肯く。
「アッシュは『不老不死』の研究をしていたとか、死後も死体が見つかっていないんで、まだ生きてるなんて主張する人もいるけど。それはちょっと個人的に信じにくいかな」
そう呟くように言ってから、続ける。
「これは仮説の一つだけど。もともとファントムがアッシュを『模した』……って時点で、少し気になってた。わざわざ『模せる』意味があるのか、って。アッシュって100年以上も前の人だけど、記録だの証言を見る限り、魔法力単体に限ればそこまで強大なと言うわけじゃなさそうだ。でもラクスで愛され、多芸で、発想が柔軟で先見性があった」
発想が柔軟……と言うのは相当な才能だ。師匠のアスリーなど、地面を伝わる音から相手の体格を掴むという離れ業を思いついている(目的とか実用性はともかくとして)。
ウェインは続ける。
「そんな人なら、思いついたかもしれない。技術や周囲の環境が追いつけば、医療として色々できることを。昔は無理だっただろう。でも今は、もちろん100年前よりも魔法の開発や効率化が進んでる。だからアイデアを後世に残すと言うのは面白いし、人体実験をやるにしても、自分で自分を実験するなら誰からも文句は出ない……と思ったのだろう」
アスリーが呟く。
「ウェイン。何が言いたいんだ?」
「師匠。エル。もし内臓が傷ついた時、ある程度は白魔法で修復はできると思う。でも病気で何度も何度も修復していったら、段々と戻りきらず、そう言う臓器はそのまま壊れる」
エルはコクコク肯いた。ウェインは続ける。
「俺は専門外だけど……確立された外科手術で、多少は臓器を移植できる。死んだ人から患者へとか、豚から患者へとか、親類から患者へとか。色んな臓器を切り取って出しては、患者へ入れる」
エルの碧い瞳が少し開いた。
「『生体移植』……!」
「今現在、あれって万能なのか?」
「いえ。腎臓とか肝臓くらい……だったかな? でもリスクは高いし相性もあるし、できるだけ、やらないほうが良いとされるわ。ギリギリまで白魔法で粘って」
「それだ。『相性』って言うなら……もし『完全に自分を模倣して造られた存在』がいたならば。自分の体に自分の予備パーツを突っ込むんだ。最もフィットするし、最も拒絶反応はないだろう。理論上では完全な予備パーツ交換」
「そんな。そんな……」
「予め自分の予備として、生きている自分のスペアパーツを用意しておけば、可能だ」
ウェインが言いたいことは、当初エルくらいしか理解できていなかった。だがアスリーやアルテナ、ミュールあたりが気づいて少し顔を伏せた。
アヤナが少し不思議そうに聞いてくる。
「ウェイン。何を言ってるの?」
「アヤナ。これは考え方の一つだけど。例えば『もしもアッシュが内臓をやられた場合、そこの臓器を取って、ファントムの内臓を入れれば、元通り』という発想。だって生物的には同一なのだから」
「えっ……」
ウェインは続ける。
「自分で自分への人体実験なら倫理的にも問題ない……と、向こうは判断したのかもしれない。そこは分からない。でも『ファントム』って存在を生み出して。確かアイツは生殖能力がない一代限りと言っていたし、『何をしていいかわからない』と俺に人生相談をしてきたほどだ。その体が全部アッシュのスペア『パーツ』だったら、それで問題ないと思う。倫理とか、周囲の環境が許せば、だが」
エルが怯える瞳をしていた。少し間を取ってウェインは続ける。
「自分の予備パーツがあれば内臓は全部交換できるのかな? 後は内臓に限らず。例えば怪我や病気で腐り落ちた手首。そこに義手としてフックとか針みたいなのを着けなくても。自分のスペアの『予備パーツ』さえあれば、義手ではなくそれをくっつけるだけでいい。体の欠損も元通りだ」
「そんな! くっつける、って……!? そんなこと無理よ……!」
「『悪魔の皮膚』がある。接合部は多少は不自然になるだろうが……うまくいくと思う」
ファルだけがあまりピンとせず、ポツンと取り残されていた。義手だの何だのの領域は、ディアやタニアの方が詳しいだろう。
アヤナが少し抑えた言葉を出す。
「ウェイン。それは仮説でしょう? 補強できるものとかは?」
「アヤナ。ファントムは『スポンサー』がどうのと言っていた。割と大きな組織的な感じだと思う。あと、この前の悪魔騒ぎではブレーナーとアイカは当然向こうについてたし。そもそもレオナール家の王様がファントム絡みでカネを出している。『ファントムの水晶球』だってあそこが持ってた」
「でもレオナール家は『不老不死』をアテにしてた、って」
「そこらへんはよくわからない。でも」
「でも……?」
「スペアの『予備パーツ』があるなら。左腕を交換してから右腕を交換してから胸を交換してから腹を交換してから左足を交換してから右足を交換……と順番にやっていけば。ある意味『不老不死』だろう。内臓も同じように、壊れる前にどんどん交換していけばいい」
「じ、人体を……?」
「人体を」
ディアが「マジかよ」とか呟いた。
「これで体は新品なままと言える。唯一、頭だけはどうにもならない……はず。と思うんだけど。ここは分からない。ファントムに『頭』がついていたのはアッシュにとって予定外だったかもしれないし、やっぱり生命維持に必要だって、後付けしたのかもしれないし」
アスリーは言った。
「後付け、って。システマチックだな……」
「システムチックだと思いますよ。……究極的には全部をシステムにするつもりだったかもしれない。いや、もし俺がアッシュなら、そうする」
アヤナが恐る恐る言う。
「ウェイン。その、『究極的なシステム』って……?」
「ああ。今のままじゃ、アッシュ本人しか『不老不死』とか、『生体移植』の恩恵は受けられない。そんな個人的でコストがかかることをするかね? 結局は第三者の手が必要なんだし。だからできるだけ多くの人間を『生体移植』する」
モニカも恐る恐る言う。
「ウェインさん、それって、どうやったら……」
「例えば腕なら、義手として『生きてる義手』を予め造っておけば良い。交換か、欠損部へ接合する」
「そんな、色んな人間がいるのに! だいたい体格差だってありますし」
「ユニバーサル規格がある」
「!?」
「サイズは男女ともにS・M・L。いやSSとLLもあったほうがいいか。5種類くらい、腕とか足とか。あと眼球は便利そうだから必須だな。他は色んな内臓とか、そう言うのを予め造っておいて倉庫とかで培養しておけば良い。ユニバーサル規格は指針になる」
ディアがまたも「マジかよ」とか呟いた。
「前、言ったと思うけど。そもそも原始的な生命体に『寿命』はないんだ。環境が許す限り増え続け、また老いもしない。一部の生命体が『寿命を獲得』したんだ。だから『不老不死』という概念は進化どころか退化、だと思うけどね。……子供を残して自分は死ぬというサイクルのほうが『種族』としては長生きできるわけだから」
ウェインは付け加えた。
「だからこれは、きっと他に何かを組み合わせたりする技術なのかもしれない。『悪魔の皮膚』自体が、止血とか縫合である程度は良い感じになるらしいし」
アスリーが言う。
「何かいろいろ補完できそう」
「ストックしますよ」
続けてウェインは頬を掻いた。
「一般人みんなに適用するとなると、相性とか拒絶反応はどうしても避けられないけど。豚とかでやるよりはマシなはずだし、価値を認める人はいるはず。少なくとも、ないよりは希望が持てる。一部の人間だけに適用させたかったのかもしれない。例えば女だけに限定していっぱい使えば、男は死んでも種族としては割と代替できる。少子高齢化には少し抗えるかも」
エルは恐る恐る言う。
「でも。人体の『パーツ』結合そのものが上手く言ったとしても。それを操る神経とか、そういう箇所で上手く行くかな? ハードウェアだけではなくソフトウェアの問題で」
「んー。例えば指を失っても、脳は時々、指先の感覚を感じることもあるって聞いたけど……でもそれよりも、やっぱりユニバーサル規格がある。武器やら道具で多少なりとも魔法の力が入っているモノには、ほぼ必ずOSが入ってる。そこの上で色々と動かすことになるけど、やっぱり既に、ある程度は体系化されてるのは便利」
「なにか、できる……?」
「偶然だと思うけど。俺たちは。もう。脳からの神経伝達で身体を制御する技術を持っている」
「な、なんなの……?」
「『瞬活データリンク』」
「!?」
「アレなら行ける。白兵戦がド素人のエルでも、数秒間は、脳からの指令で感覚が切り替えられるほどなんだ。あれを参考にさせれば」
エルは否定するように言う。
「でも神経伝達そのものに問題が出るわ。多分ロスも出る。脳が命令を出しても、接合部で行き詰まると思う」
「恐らく。『気流』の技術で……いける」
エルが口を閉じ、少し場が静かになって。そこからディアが言った。
「ウェインって……マッドサイエンス的?」
ウェインは慌てて手を振って否定した。
「違う違う違う! 俺はあくまで、思いついただけで!」
「わりと感情もなく喋ってたし」
「いや感情あった! ホントに感情あったってば!」
ウェイン、必死に否定。




