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ウェイン・アポカリプス  作者: 佐々木 英治
ウェイン・アポカリプス
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訓練序盤

 ラクスに戻って、レーンの宣言通り『特訓』が始まった。

 特訓は特訓なのだが、ディアは便宜上『合宿』にしたいらしい。せめて名前だけでも、と。

 みんな普段の住居から集合しているので普通に特訓なのだが、ディアいわく。

『ちょっとドキドキするから』と、よくわからない理由が帰ってきた。


 しかし特訓(合宿)初日と二日目はウェインは出席できなかった。魔法学院に戻って仕事があったのだ。

 三日目。仕事を終わらせて完全なフリーになると、ウェインも合宿に寄っていくことにした。

 合宿の目標はエルとアヤナの強化なため二人が出席していればいいのだが、ウェインだって鍛えていくべきだと自覚している。

 夕方、ラクス冒険者ギルドの訓練場。辺りでは多数の人間が防具に身を包み木刀や竹刀で打ち合っていた。

 ちなみに竹刀は数十年ほど前に開発された練習用武器だが、痛みが伝わりにくいので強くならないのではという議論がいまだにある。

 と、訓練場の中に背の高い男の姿が見えた。彼も防具に身を包み竹刀を持っている。これはもう身長と体格でわかる。

「レーン!」

 声を掛けると彼はヘルメットを脱いで手を振ってきた。

「やあウェイン、魔法学院のほうはどうだ?」

「仕事は片付けてきたよ。今日の訓練、まだやるの? だったら俺も参加するけど」

「あと一時間程度はする予定だ。ウェインもやるなら急いで準備してきてくれ」

「おっけ」

 と、そこに防具に身を包んだ中肉中背の人物がレーンの前に走り込んできた。ヘルメットを脱いでウェインに手を振ってくる。汗まみれのディアだった。赤茶けたポニーテールまで疲れている動き。

「やっほーウェイン。今、私とエルとアヤナは地獄の強化訓練だよ。あとね、モニカも座学が終わったあとで途中参加してる。モニカって今の時点で別に一緒に何かするわけでもないけど、まあ真面目よねぇ」

 レーンが宣言した特訓は皆で真面目にやられているらしい。

「大変?」

「そりゃもう。ここでレーンと手合わせして、負けたら外周ランニングを一周。剣の訓練というより体力づくりがメインの目的かな」

 レーン(こちらは涼しい顔)が声を上げた。

「ほらディア、いくぞ」

「わっ、待って待って。よーし……」

 レーンとディアが模擬戦を行う。互いの間で剣が何度か交錯したが、長くは続かずレーンの竹刀がディアの頭に綺麗に入った。

「はいディア、外周ランニングな」

「うへぇ……」

「その後は一休みしてていいぞ。呼吸を整えておいてくれ」

「え?」

「ウェインが訓練するっていうから、それはディア相手が丁度いい」

「おぉ。はーい」

 ディアが訓練場を出て、その外周を走っていった。……大変そう。ウェインは各種の『技術』を学ぶことは楽しかったのだが、走り込みや筋トレなどのフィジカルトレーニングはかなりキライだった。

 レーンとか良くやるよなぁ、と常日頃から思っていたが。ウェインが魔法の調律や基礎を延々とやっていて楽しいことと根は同じだろう。


 ディアが去った後に、続いてレーンの前に防具に身を包んだ人が走り寄ってくる。その場でしゃがみこみ、肩で息をしていた。どうやらアヤナのようだ。

「アヤナ。休憩時間は1分。そしたら剣で試合だぞ」

「は、はいぃぃい」

「アヤナはセンス自体はある。ただ基礎体力があまりない。……要するに頑張れ」

 ちょっと可哀想に思っていたウェインに、レーンが声をかけてくる。

「それとほら、ウェインは支度してこいよ。きっと面白いものを見せられると思う」

「へぇ?」


 ウェインは訓練場のロッカールームに向かった。

 手持ちの荷物はロッカーにしまう。魔法学院の制服を脱いで備え付けの訓練服に着替え、全身に防具を着けヘルメットを被り、短めの竹刀を持つ。

 ウェインはショートソードに転向中なのだ。長い竹刀ではあまり訓練にならない。

 そして先程のレーンたちのところへ向かった。

 小休止しているのだろう、レーンとディア、エルとアヤナ。そしてモニカはヘルメットを脱いでいる。エルとアヤナとモニカ、魔法学院の女子三人組は地面にへたりこんだままだ。

 ウェインは片手を上げて声をかけた。

「お疲れー。エル、アヤナ、モニカ、大丈夫か? だいぶ絞られているようだけど」

 モニカが笑顔を作って返してくる。

「あまりだいじょばないッスけど、いい訓練になります。私は二年後、チーム参加希望予定なんですから。差が開きすぎちゃ、また置いていかれます」

 ディアが言う。

「モニカはまだ成長期だし骨格もまだだから、あまりの筋トレはマズくてね。メニューを8掛けくらいでやらせてるわ」

 アヤナが顔を上げて答える。

「私達には筋力と体力、肺活量が少ないんだってさ。それを短期間で向上させるってんだから、もう地獄かも」


 ウェインはちょっと顔を伏せた。

「うっわ……厳しそう。エルも大丈夫か? あれ? エルの武器は何だ?」

 エルが地面に置いてあるものは、竹刀ではなかった。黒い、棒のようなもの。

「これ、特殊警棒なの。訓練用の柔らかい、ソフト警棒って言うらしいわ。警察でも採用されてるみたい」

「特殊警棒? なんでまた」

 その質問にはレーンが答えた。

「まず街歩きの護身用武器を考えた。その時にエルが白兵戦をした場合、一番悪いことはエルの持っている武器を奪われることだ。その点でナイフやショートソードの選択肢は捨てた。そこで持ち回りのしやすい特殊警棒が最適だと考えたんだ。短い得物で捌くのに慣れていれば、実戦で杖も使えるだろう。これ、どうせ白兵戦で勝とうとは思っていない。エルに求められているのは逃げることだ。そもそも白兵戦が長引くことがあれば、それはチームのミスだから」

「なるほど。それで特殊警棒か」

 警棒・特殊警棒を使った武術はわりと多い。護身用の技術だ。警察も大抵はその訓練を受けているし、装備自体も出回っている。訓練用のソフト警棒なら怪我の心配も少なく試合の回数をこなせる。

 そんな感じで思っていると、ディアが言った。

「それよりエルさ、ほらアレ、ウェインに見せてみない?」

「え?」

「きっと驚くわよウェインは。どのみち能力査定はいつかやるんだし。ね?」

「わ、わかったわ」

 ウェインは首をかしげる。

「ん? 何が始まるんだ?」

「ウェインはエルと模擬戦をするのよ」

「模擬戦? アヤナとかお前とかじゃなく、俺がエルと?」

「そ。でもきっとウェイン、驚くから。そんじゃあウェインもウォーミングアップしてよ」

「よくわからんが、アップはいらない。俺も俺で訓練してきたし『瞬活』 (しゅんかつ)技術を試したい」

 『瞬活』。それは脳を騙したり素早く動かす技。

 それでウェインは幾多の戦いを思い返し、『戦闘中』の『興奮』イメージを呼び起こして、それを脳にブチ込む。

 戦闘中のイメージに支配された脳は、ウェインの全身の体温を上げ、その身体はうっすらと汗が滲む程になっていた。

 ディアが目を丸くさせる。

「わ。ウェインって、もう瞬活で戦闘準備できるようになったの?」

「まだ訓練中だけど、軽く汗をかくくらいなら」

 実戦ではウォーミングアップなど言ってられない。戦闘開始、即、MAXだ。この瞬活はそれに対応したもので、一瞬で身体を温めて戦闘状態にまで持っていく。一瞬でベストのコンディションで戦うことができるのだ……完全に使いこなせれば。

 正直、好んで白兵戦はしたくないウェインだが、魔法を使う際に走り回ることはある。既にこの瞬活をマスターしていたレーンから教わっていたものを、ウェインは訓練してきていた。

 ちなみにコレにはまだ名前がついていないらしい。


 ウェインはヘルメットを被った。

「俺の準備はOKだ。じゃあエル、相手を」

 エルは大きく肯くと、彼女もまたヘルメットを被った。

 ウェインは右手に短めの竹刀。エルは右手に特殊警棒(ソフト警棒)だ。リーチではウェインのほうが遥かに長い。

 それにそもそも、エルは運動が苦手だし武器を持って戦ってきた経験がない。所詮は付け焼き刃だ。相手にはならないだろう。ウェインはそう思っていた。

「いーい? 二人共……じゃあ始めっ!」

 ディアの開始宣言と同時に、ウェインは身構えてエルの様子を伺った。

「!?」

 予想以上に、彼女には隙がなかった。良い構え。

 そこにエルのほうから間合いを詰めてきて、特殊警棒を振りかぶってくる。

 そのダッシュの速度も、ウェインの想定の遥か上を行っていた。

 ウェインはその一撃を下がって避ける。続く二撃目は竹刀で受け止めた。

「!」

 予想以上に重かった。重い一撃だった。エルにこんな腕力はないはずだ。体重もないのだから。なのに、重い一撃。

 ウェインは足は動かさず、エルの頭部に突きを入れる。それはフェンシング仕込みの鋭いものだったが……エルは特殊警棒で振り払っていた。

 避けられたことに驚きながらも、次の一撃を放とうとした時、ウェインの目はエルの特殊警棒がカウンターの形に変化しているのを見た。

 やりづらい。

 仕切り直す。

 竹刀の先と足とでフェイントを入れる。エルはその両方共に引っかかる。やはり経験の差は歴然だ。素人同然。

 素人同然のはずなのに、こうも食らいついてくる。

 様子見はしていたがウェインとて明確な手加減はしていない。少し本気を出そうとしたその時。


 エルがふにゃふにゃっと、その場に崩れ落ちた。うずくまって肩で呼吸をしている。


「終了、そこまでっ!」

 ディアの宣言で、ウェインは倒れているエルに近寄って手を差し出す。エルはその手を掴み、よろける足取りで立ち上がった。肩で息をしている。

「凄いなエル! 戦闘開始の時点では随分といい動きをしていたぞ。俺は脚を使うつもりはなかったんだが、お前の凄さに、つい足のフェイント入れちゃった」

 モニカがおおっと声を上げる。

「ってかウェインさん、そんなに白兵戦強かったんですね」

 ちょっとキラキラした瞳で見られる。モニカの場合は恋愛感情ではないだろう。敬愛とか、そんなやつ。

「でもホントにエルは凄かった。最後のはスタミナ切れか?」

 それにはレーンが答えた。

「最後のは呼吸がもたなくなったんだ。なあウェイン。素人同然で運動も苦手なエルが、当初はいい動きができたのはなんでだと思う?」

「え?」

「『瞬活』の技法だ。エルは瞬活を使っていたんだ」

 ディアが言う。

「途中でカウンターの形に変化する独特の構え、あれウェインの戦い方だよ。気づかなかった? 今、エルはウェインの戦闘イメージを真似して戦ってたの。ほら前に私とレーンとウェインでイメージ共有したから」

「へぇ……」

 エルはヘルメットを外すと頷いた。


「訓練初日、レーンから瞬活を習ったの。ある程度は使えるようになったの」

 聞いてみると。今回、最初はウェインの戦闘イメージで動きを再現して真似した。

 エルからの攻撃は、身体のリミッターを外して一時的に脚力と腕力を増やした。

 後はウェインの予備動作から『未来予測』をして、防御しやすくした。

 だがその予備動作に注意しすぎたので、フェイントには簡単に引っかかってしまったとのことだ。

 最後は呼吸が持たなくなって、瞬活イメージが維持できなくなり、要するに『素』の戦闘力になって呼吸が尽きたらしい。

 ウェインはとても感心していた。

「へぇ。瞬活が、こんな効果があるなんて……」

 模擬戦の最初の数秒間は拮抗していたのだ。運動も苦手なエルが、である。

 しかしそれを言うなら、ウェインとて『戦闘、即MAX』の技法を使ってある程度は効果があったのだ。とても有用な技術に思えた。

 レーンは竹刀をぽんぽんしている。

「それとウェイン。お前にも後々教えるつもりだったが、エルは瞬活を一度に複数走らせる『マルチドライブ』をしている。ウェインの戦闘イメージで殴りかかりながらも攻撃力を上げたりとな。酸素の消耗も激しいが効果が高い高等技術」

「ぅお。凄いな……」

「エルはちょっと例外だな。その証拠に、エルと同時に瞬活を教えたアヤナとモニカは、まだ巧く使い方を引き出せていない。単純にエルにはフィットしたんだと思う」

 ウェインはエルを見る。肩で息をしつつ汗を拭うその姿は、魔法学院の中では見たことがない姿だった。

 いつも可憐で、しかし酷く内向的で。何かに怯えているような、小動物のような感じ。

 最近ようやく、ウェインに慣れて色々話せるようになった……

 そんな女の子の、戦う姿。感動を覚えるほどの美しさだった。

 ……多少は贔屓目が入っていると思うけど。


 レーンは続ける。

「正直、ここまで瞬活がエルにハマるとは思っていなかった。だがウェインも体感した通り、エルは一時的……だいたい10秒程度なら、多少の白兵戦ができるようになった。アヤナはもともとフェンシングがある。これなら白兵戦もまあまあ及第点だろう。あとエルの課題は肺活量と、逃げるための体力、そして脚力だけど。走り方は教えるし体力と肺活量は上げていく。この調子なら合格を出せそう」

「そうか、エル、やったな!」

「はぁはぁ……ふふっ、ありがとう」

 エルはニッコリと微笑んだ。

 愛らしい。




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