5対1
ウェインたちの訓練場は完全に一休みモードになり、全員が腰を下ろしていた。輪になって座り込んで休憩する。
そこでディアが赤茶色のポニーテールを揺らした。
「で、残りはアヤナの今後なんだけど。これがまだ決めかねているわねー」
「ん?」
「白兵戦はまあまあできるし逃げ足もまあまああるから、完全な後衛よりも高い位置にポジショニングできる。そうすると魔法でウェインとも組めるし、近い位置から前衛の援護もできる。でも、ちょっとまだ魔法がねぇ……」
「うぅぅ……」
アヤナの魔法はまだ中途半端なレベルだ。彼女は上級魔法は使えない。中級魔法は頑張ればなんとかできるけれど、使うには結界を張ってからとか、拡張型の詠唱法を使う必要がある。要するに時間がかかる。初級魔法とて素早くはできないし、火力も精度も低い。彼女は駆け出しか、それをなんとか脱した程度。
そもそも彼女は魔法学院への入学がギリギリ(あるいはソレ以下)のレベルしかなかった。
成績は『貴族用』に少々盛られてたし。
アヤナは暑いからと、胸元をバサバサさせた……彼女はいいトコのお嬢様だろうに、気が抜けている時はわりと庶民的である(普通の学校で学んだようだし)。
「ねえウェイン。私はこれからどういう方向で努力すればいいかな?」
「そう言われても」
ウェインにとってこういう質問はかなり困る。そもそも人を育てたことがないのだ。アヤナが弟子の第一号だし。
「うーん。リスクは高まるけど他の魔法使いより高い位置が取れるのは強みなんだから、そこを活かせるようにしたらいいんじゃ? 後ろと連携する形とか」
「ウェインがやってるように高速詠唱法の完成は必須? 私、あまり力を入れてないんだけど」
ウェインは考える。
「んー。でもアレ難しいからなぁ。レーンとディアも高速詠唱法を学びたがってるけど、習得まで少し時間はかかる。慣れるまで威力もショボいし。使えるようになれば初級魔法の火力でも、剣とのコンビネーションで高速戦闘の幅が広がるんだが」
「高速詠唱法かぁ……」
「体内魔力の調律とかでコツらしきものがあるにはあるから、今度皆に教えるよ。ほら俺たちなら『瞬活データリンク』があるだろ? アレで飲み込みが早くなるかもしれない」
エルのようにとまでは言わないが、アレがうまくハマれば格段に効果的だ。
「それよりさ、俺も他の誰かと模擬戦をしたい。フェンシングじゃなくてショートソードの戦闘に慣れておきたいんだ。ディアの戦闘イメージはこの前にもらったから、今ならショートソードでの戦いも少しは効果的かもしれないし。」
ディアは肯いた。
「ウェイン。私ならいーよ。そのために私、少し休ませてもらってたしねー。いーよね、レーン?」
「もちろん。互いに、色々と分かることもあるだろうし。ディアはウェインとやったことないだろ?」
「……ボクシングジムのリングの上で、ウェインに散々魔法を浴びせられたことがある」
「お、おう……」
レーンは事情を飲み込めなかったようだが、模擬戦は問題はないようだ。
「じゃあ……やりますか」
ウェインとディア、ついでにレーンが立ち上がった。モニカが(訓練で疲れているだろうに)元気そうな声をかけてくる。
「ウェインさーん、頑張ってくださーい!」
ウェインとディアは互いにヘルメットを被り竹刀を手に構える。ディアの竹刀も実戦のショートソードを想定しての短めで、ウェインと同じ長さだった。
……ウェインはもともとフェンシングをやってきた。レオン王国で護身用に流行っていたし、それなら競技人口が多いほうが色々と便利だと思ったのだ。
それは間違っていなかったのだけれども。
「じゃ、ディア。行くぞ」
「おっけー」
二人は軽く構えた。ウェインは構えから、少し前進。ディアも同じように距離を詰めてくる。
この戦闘訓練は、互いに『瞬活』 (しゅんかつ) 技術を使いながらの訓練のためでもあった。
ウェインは息を吸い込み、更に前へ出る。
『瞬活』技術の一つ。『行動予測』技術。
ディアの腰が回りながら、その足が地面を押し出す形なのがハッキリわかった。彼女の竹刀は構えのままで、振りかぶってはいない。なので上段攻撃はない。中段か下段で、攻撃してくる。
ウェインはそう予測した。
その予測はほぼ的中。ディアが前へ出ながら、中段に回して振ってきた。
……が予測通りにいかなかったものがある。彼女は竹刀を途中で止めていた。フェイントだ。
ウェインはそのフェイントに引っかかり、慌てて距離を取ろうとして……。
ディアにそのまま踏み込まれ、打ち込まれた。
「あたっ!」
ディアはやはり腕が立つ。こんな顔(失礼)で、普段は陽気にふにゃふにゃしてるクセに。
ふうっと、呼吸を整えた。
ウェインはフェンシング仕込みの『突き』とその対応は、そこそこ強い。
一方で斬りつける攻撃やその対応力には課題が残る。
……興奮して突進してくる相手を確実に止めるためには、その喉や頸動脈に突きを入れるか、目に突きこんで脳まで到達させるかが必要だ。しかしそこは腕の立つ人間なら最も防御が硬い。
『マンストッピングパワー』……相手をその場で止める能力。それはフェンシングでは難しかった。
だが振り回すショートソードなら、一瞬時間を稼げれば高速詠唱法がある。
そのための転向だ。
慣れるためだ。ウェインは軽く叫んだ。
「ディア、もういっちょ!」
「にゃはは。来なさい、来なさい」
踏み込んで斬りかかるところを……あっさりカウンターを受けて倒れ込んだ。
「くっそ、この、ふにゃふにゃ女……」
「えー。それ悪口じゃないのー?」
指をちょいちょいとされ、ウェインは立ち上がる。するとディアがそのポニーテールをぴょこぴょこさせた。
「こっちへの攻撃もいいけどさ。実戦でのウェインは『高速詠唱法』あるっしょ?」
「うん」
「だったらガードや、その流れで間合い取る訓練しなきゃ。ほら!」
「とっ!」
竹刀でバチバチと打ち合う。全てディアが優勢だ。いや彼女は手を抜いているはずなのに。
あまりの『圧』に、斜め後ろに飛び退いて体勢をすると。意外なことにディアもスライドするように距離を取っていた。
「……ディア。どしたの?」
「いえ。今のはウェインが、実戦で『高速詠唱法』を使うのに有利な距離。剣だけならともかく。もし複合されたらと思うと、ちょい怖かった」
やはりコイツは陽気な女の子……だけのはずがない。彼女はウェインの『高速詠唱法』を知っている。そう、あのリング上の模擬戦で。
ウェインはヘルメットを脱いで、ディアに言う。呼吸がぜえぜえと苦しい。普段、こんなに動いたことはない。一方でディアはまだあまり呼吸が上がっていない。
「しっかし、ディアって強いのな。女でこれだけ動けるのは珍しい」
「まーね。わりと頑張ったから」
「凄いよ。まだハタチになってないんだよな?」
「ハイティーンよ、ハイティーン」
「そこを強調されても」
レーンが呟くように言う。
「ウチの国の劇、ロミオとジュリエットも確かティーンエイジャーだったはず。13歳とか」
何故かビクッとモニカが反応した。
「13歳!? ローティーンですよ!? その物語にティーンの性衝動とか書いてあります!?」
「いや、見たことないから知らないけど……多分ないと思う。昔の作品だし」
何だか目を輝かせているモニカのことは置いておいて。ウェインとディアは模擬戦を続けることにした。消去法でアヤナが審判を務める。
「では、始めっ!」
ディアは無造作に歩いてきた。ウェインは、剣に置いては自分が格下だという自覚はある。少し横に回った。それでもディアはゆっくりと間合いを詰めて来たので、ウェインは一気に飛び込んだ。
「はっ!」
瞬活で足の力を増強させた。飛び込む速度が跳ね上がる。
そしてウェイン得意の『突き』を、ディアに突き入れる。
「甘い!」
ディアはそれを受け流し、カウンターでウェインの頭を薙いでくる。
「っ!」
回避行動に入り、かつ竹刀でなんとか受け流す。だがウェインのガードが上に上がったところを、ディアのスネ切り、そして胴体への突き。二発、普通に入ってしまった。
「あだっ!」
防具を着けてはいても、痛いは痛い。ウェインはその場に倒れ込んだ。と言うかスネのレガースはそもそも着けてない。スネと胴体への連撃だったのは、ウェインの回避行動を見てからのものではなく、流れで出したようだった。
ディアは手をぱちぱちする仕草を見せている。
「おー、ウェイン、今の突きは瞬活使った? 前に出てくるスピードが前より速かったけど」
ウェインの呼吸はかなり上がって、苦しい。
「ああ。色々試してはいるところなんだけど、まだ巧く扱えないな。ってか、ディアも強い……」
「そらそうよ。レーンに随伴できる人間が弱くちゃ、お話にならないっしょ?」
彼女も剣は専門外だろうに。なのに……やっぱりこの人は、まだあまり呼吸に影響がない。
「普段の言動との差が凄い……!」
「そう? だったらギャップ萌えよ、ギャップ萌え」
その後5回、ディアと模擬戦を行った。ウェインは全敗。しかたのないことだろう。
そう……レーンに随伴して走れる人間だ。弱いはずがないのだ。
と言うか。これだけ強い『女』は、生きてきて初めて見た。今までの剣の指導者は男だったためだ。
5戦後ウェインはヘルメットを脱いだ。周囲では皆が集まっていたが、魔法学院組はまだ肩で息をしている。
そろそろ今日の訓練は限界かもしれない。そう思って、ウェインはレーンに声をかけた。
「レーン、どうかな? 最後にお前も訓練していったら」
「ん? 俺の?」
「ここには今、陽気なポニーテール一人、フェンシング使い二人、そして数秒は力が出せるヤツ一人。あと未成年一人。計5人がいる。一斉に同時にお前に襲いかかったら……どうだい? ちょっとはいい勝負になるんじゃないかな?」
ディア、アヤナ、エル、モニカがきょろきょろしている感じである。
一方のレーンは少し笑った。
「そうだな。やってみよう。じゃあもう一つハンデ。今回、俺は後ろに下がらないよ」
レーンはヘルメットを被る。竹刀を持って、ゆっくりと向こうへと歩いていく。ウェインは女性陣を激励した。
「みんな、レーンを慌てさせるチャンスだぞ。一矢報いよう!」
「んー。無理っぽいけどねぇ……」
ディアはため息を付いてから、ヘルメットを被り直した。それから言う。
「一度に5人全員じゃ身動きがとれないわ。かと言って包囲しようとしたら各個撃破される。だから中央だけでなく左右からも攻めよう。レーンは下がらないって言ってるし」
ウェインは頷いた。
「よし。ディアが左から攻めてくれ。お前の剣が頼りだ。モニカを貸すんで上手く使ってくれ。右からはアヤナ。中央に俺とエルだ。行くぞ! 本日最後!」
ウェインの声に、よろよろと疲労困憊のアヤナ、エル、モニカが立ち上がる。ヘルメットを被り、各々が竹刀などの武器を手にした。
「せめて一太刀、浴びせたいわね」
アヤナの言葉に、エルが返す。
「私は誰かが連撃を受けないようにフォローに入るわ」
モニカがこくこく肯く。
「私のフェンシングだってサマになってきたって言われました!」
各自、バラけて所定の位置についた。
レーンはやや下段気味に、竹刀を構えながら言った。
「準備いいか? じゃあ……ファイト!」
レーンの声に、5人全員が一歩踏み込んでいった。誰かの剣がレーンに届けばそれでいい。そんなゲームだからだ。だが一瞬後、ウェインは青ざめた。
「きゃあっ!」
「あたっ!」
ほぼ同時に、向こうにいたモニカとアヤナが一撃を受けて吹っ飛んでいた。
特にアヤナ。疲れているとは言え、もし彼女が防御に徹すればウェインだって倒すのに手こずるのに。
力の差がありすぎた。
「怯むなっ!」
ウェインは叫びつつ『瞬活』を使った。それは実戦(模擬戦)では初めて使うことになる『ホワイトフィールド』。
体感時間がゆっくりに感じ、そして色覚情報から欠落していく。見える周囲の世界の色が白くなる。
これは脳を戦闘用にフル稼働させている状態を作り出す、『瞬活』技術。落馬とかの事故の時に時間がゆっくりに思える体験をした人も少なくないらしいが……それを意図的に生み出す技術。
ディアが左(レーンの右)からポジションを取ろうとして、うまくできていない。
そこに、レーンがこちらへ足を踏み出すのが見えたが。
瞬間。
物凄い速さの突き。
レーンは普段あんなに重いバスタードソードを使っているのだ。武器が軽くなれば、そりゃもっと速くなる。
しかしウェインは『ホワイトフィールド』の恩恵でそれを見切れていた。初動が早くなる。レーンとの間合いがまだ遠かったのが幸いした。彼の剣に対し、それを竹刀で叩き落とすのは愚策だろう。こちらは引き付けて、ディアとで挟む……つもりだったのだが。
レーンの剣の軌道がカクッと動いて、竹刀が素早く引き戻され。
今度はぐにゃぐにゃしながら鋭利……としか言いようがない、よくわからない軌道で飛んできた。
「ぉあっ!?」
身体が硬直してしまったその時。エルが想像以上の速さでウェインの横の高さまで上がってきていた。彼女は特殊警棒(訓練用のソフト警棒)装備でリーチが短いが……
「あぅ」
武器の差ではなく腕の差であろう。レーンは軽くエルの頭に一本入れていた。彼女は動けなくなって地面に転がる。
ウェインは、レーンがエルに打撃を入れた瞬間を狙って飛びかかった。地面に倒れかかるエルが丁度良い目隠しになってくれて、それは見えない位置からの奇襲になる……はずだったが。
「ちょっ!?」
レーンはウェインの首に当てて無造作に叩き落とす。彼は打撃の威力をかなりコントロールしているらしく、あまり痛くはなかったが。地面に転がるという結果には変わりはない。
ウェインの息切れとともに『ホワイトフィールド』が効果を失っていく。ゆっくり流れていた時間の感覚が正常に戻り、世界に色合いが戻っていく。
この、相手の動きがゆっくりに見える『ホワイトフィールド』は有用だが、数秒から十数秒しか持続できないようだ。これは使い所を考える必要性がある。
顔を上げた時。ディアが頑張って切り結んでいたが。
まもなく、レーンの連撃を受けて倒れ込んでいた。
「つっ、強すぎない?」
ウェインは青ざめる。なんとか立ち上がり、ヘルメットを外した。周囲には4人が倒れている。死屍累々。
まずディアが立ち上がった。
「あー。やっぱ無理なのよー」
「っつーかコレ、次元が違うんじゃねーの?」
「そうねウェイン。私のような一般ピープルには想像すらできない世界」
とは言うものの、ディアとてレーンに随伴して行動できる凄腕である。剣も魔法も索敵術も使えるし。彼女と初めてあったボクシングジムでは打撃の完成度に驚かされたし。
先程はウェインをあしらっていたし、そもそも今も最後まで立ってたのは彼女だ。
レーンはディアに向かって言う。
「んっと。ディアも剣士の端くれなんだから、もっと頑張るよーに」
「えー? 私、頑張ったじゃーん? 流石にアナタ相手は無理だって」
「そうじゃない、『瞬活』だ」
「へ?」
「今の模擬戦。ウェインとエルが瞬活の『ホワイトフィールド』を使っていた。肌感覚でわかる」
ディアは驚いてウェインを見る。ウェインは肯いた。
彼女は続いてエルを見た。こちらはまだ膝立ちのままだが、やはり肯いた。
「えー。二人共マジなん!? アレ難しいじゃん!? 私、なかなか合わなくて。せいぜい5秒ちょいくらいしか持続できないよ。どうせだからって他にリソースを振り向けてるんだけど」
レーンは少し笑顔だ。
「精進しないとな、師範代」
「はーい……」
そこでようやく皆が立ち上がった。ヘルメットを外している。アヤナ、エル、モニカは肩で息をしていた。
アヤナは言う。
「っつーか私のレベルで瞬殺なの? 一撃を防ぐことすらできないなんて……」
モニカも肩を落とす。
「フェンシングがサマになってきたって矢先の、絶望の一撃ッスね」
レーンはそれぞれに言った。
「ウェイン、お前とはあの夜やりあったが……やっぱりいいね。これだけ動けて高速詠唱法の連打があれば、確かに敵無しだ」
「そう言ってもらえると」
「あと、ごめんな」
「ん?」
「咄嗟に、横から首を薙いだ」
「いや大丈夫。エルと2人がかりだったけど、少しでも驚かせることができたなら」
「悪かった」
レーンはアヤナに向き直る。
「アヤナは顔と首を守る気がありすぎるんだ。あの構えじゃ、フェイント入れなくても簡単に胴体に入る。もうちょっと気を分配して守れ」
「はーい」
「モニカは修行中って言ってたな。さっきは俺も『突き』で行ったけど、あの突きを超える一撃は少ないだろう。アレを覚えておけば、今後確実に対応力が強くなるはずだ」
「ほんとッスか? ありがとうございます!」
「エルには驚かされてばかりだな。あそこまで前に出てこれた。『ホワイトフィールド』まで使ってくるとは思ってなかったし」
エルはヘトヘトになっていたが、なんとか表情を緩めた。
「えへへ。試してみたらできちゃったからやってみたの。とっておきだったんだけどね」
「敢えて厳しいことを言うなら。接続時間、そしてその分配だろう。『ホワイトフィールド』は瞬活の中でも酸素を激しく使うほうだし」
「はい!」
エルが褒められることは、なんだか自分が褒められているようで嬉しかった。




