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【連作短編058】 足洗い 全22話 ―元会長と、AIと、三毛猫―  作者: マチャオ (Machao)


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第六話 会いに行く:「会いたかった」と、男は言った。

第6話です。舞台は西へ移って、京都・西陣。

今回、礼二が会いに行くのは、旧知の誰かではありません。

第1〜5話をまだお読みでない方は、そちらからどうぞ。

 京都に用があったわけではなかった。


 息子が京都にいると、姪から聞いた。西陣で織物の修業をしていると。それだけだった。


 礼二は三日、迷った。迷ったというより、決めてから出発するまでに三日かかった。


 シンには何も言わなかった。行き先だけ告げた。


---


 京都駅を出ると、シンが言った。


「今回は誰に会いに行くんですか?」


「息子だ」


 シンは少し間を置いた。「息子さんがいたんですか?」


「いる」


「会うのは久しぶりですか?」


「七年と、その前の数年だ」


 シンはそれ以上訊かなかった。礼二は歩き続けた。ハルはバッグの中で静かにしていた。


---


 西陣の路地は細かった。


 古い町家が並んでいて、どこかの窓からトントンという音がした。機織りの音だ。礼二はそれを聞きながら歩いた。


 息子の名前は孝則といった。二十六歳。三歳のとき礼二が逮捕された。その後、妻が息子を連れて出た。礼二は止めなかった。止める立場になかった。


 工房の前に着いた。


 表札に屋号が出ていた。礼二は少し立ち止まった。


「入りますか?」とシンが言った。


「待て」


 礼二はしばらく立っていた。ハルがバッグの中で動いた。


「ハルが出たがっています」とシンが言った。


「出すな」


「わかりました」


 礼二は引き戸を開けた。


---


 中は薄暗かった。


 大きな織機が二台あった。一台は動いていた。若い男が座って、手と足を動かしていた。リズムがあった。止まらなかった。礼二が入ってきても、すぐには止まらなかった。


 一区切りついたところで、男が振り向いた。


 孝則だった。


 礼二の顔を見た。三秒、何も言わなかった。


「何しに来た?」


 声が低かった。礼二の声に少し似ていた。


「会いに来た」


「なんで?」


「会いたかった」


 孝則は礼二を見た。それからシンを見た。それからまた礼二に戻った。


「その人は?」


「連れだ」


「ヤクザか?」


「違う」とシンが言った。「AIです」


 孝則は少し黙った。「AIを連れて歩いてるのか?」


「そうだ」と礼二は言った。


「変わったな」


「そうか」


 沈黙が来た。機織りの音が、外からかすかに聞こえた。別の工房の音だ。


---


 孝則は茶を出した。


 出したくて出したのではなく、出さないわけにもいかなかったという顔だった。礼二はそれを受け取った。


「修業はどのくらいになる?」


「三年だ」


「うまくなったか?」


「まだだ」孝則は自分の手を見た。「師匠にそう言われている」


「師匠は厳しいか?」


「厳しい」孝則は少し間を置いた。「でも、正しいことしか言わない」


 礼二は茶を飲んだ。


 正しいことしか言わない師匠、という言葉が、礼二に向けられているかどうか、わからなかった。わからないまま、飲んだ。


「母さんは元気か?」


「元気だ」


「そうか」


「会いに来るな」と孝則は言った。静かに、しかしはっきりと。「母さんには会いに来るな。それだけは守ってくれ」


 礼二は返事をしなかった。


「聞こえたか?」


「聞こえた」と礼二は言った。


---


 帰り際、孝則が立ち上がった。


 礼二を送り出すためではなかった。織機の前に戻るためだった。


「また来るか?」と孝則は訊いた。訊き方が、来るなという意味ではなかった。


 礼二はそれに気づいた。


「わからん」と礼二は言った。


 孝則は織機の前に座った。手と足が動き始めた。リズムが戻った。礼二が出ていくときも、止まらなかった。


 引き戸を閉めた。


---


 路地に出た。


 シンが隣にいた。ハルのバッグを持っていた。礼二は受け取らなかった。しばらく歩いた。


「話しかけるな」と礼二は言った。


「わかりました」


 二人は黙って歩いた。西陣の路地は細くて、曲がっていて、どこに出るかわからなかった。


 しばらく歩いてから、礼二は立ち止まった。


「シン」


「はい」


「孝則は、怒っていたか?」


 シンは少し間を置いた。「怒っていました。ただ」


「ただ、何だ?」


「来るなとは言いませんでした」


 礼二は何も言わなかった。また歩き始めた。


 ハルがバッグの中で鳴いた。小さく、一声だけ。


 礼二はバッグを受け取った。ハルの頭を一度だけ、指で触れた。それだけだった。

お読みいただき、ありがとうございます。

事件のない話になりました。

礼二が背負ってきたものの、いちばん近いところへ行く話です。

次回は、ふたたび人の話に戻ります。ブックマークをしていただけると励みになります。

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