第六話 会いに行く:「会いたかった」と、男は言った。
第6話です。舞台は西へ移って、京都・西陣。
今回、礼二が会いに行くのは、旧知の誰かではありません。
第1〜5話をまだお読みでない方は、そちらからどうぞ。
京都に用があったわけではなかった。
息子が京都にいると、姪から聞いた。西陣で織物の修業をしていると。それだけだった。
礼二は三日、迷った。迷ったというより、決めてから出発するまでに三日かかった。
シンには何も言わなかった。行き先だけ告げた。
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京都駅を出ると、シンが言った。
「今回は誰に会いに行くんですか?」
「息子だ」
シンは少し間を置いた。「息子さんがいたんですか?」
「いる」
「会うのは久しぶりですか?」
「七年と、その前の数年だ」
シンはそれ以上訊かなかった。礼二は歩き続けた。ハルはバッグの中で静かにしていた。
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西陣の路地は細かった。
古い町家が並んでいて、どこかの窓からトントンという音がした。機織りの音だ。礼二はそれを聞きながら歩いた。
息子の名前は孝則といった。二十六歳。三歳のとき礼二が逮捕された。その後、妻が息子を連れて出た。礼二は止めなかった。止める立場になかった。
工房の前に着いた。
表札に屋号が出ていた。礼二は少し立ち止まった。
「入りますか?」とシンが言った。
「待て」
礼二はしばらく立っていた。ハルがバッグの中で動いた。
「ハルが出たがっています」とシンが言った。
「出すな」
「わかりました」
礼二は引き戸を開けた。
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中は薄暗かった。
大きな織機が二台あった。一台は動いていた。若い男が座って、手と足を動かしていた。リズムがあった。止まらなかった。礼二が入ってきても、すぐには止まらなかった。
一区切りついたところで、男が振り向いた。
孝則だった。
礼二の顔を見た。三秒、何も言わなかった。
「何しに来た?」
声が低かった。礼二の声に少し似ていた。
「会いに来た」
「なんで?」
「会いたかった」
孝則は礼二を見た。それからシンを見た。それからまた礼二に戻った。
「その人は?」
「連れだ」
「ヤクザか?」
「違う」とシンが言った。「AIです」
孝則は少し黙った。「AIを連れて歩いてるのか?」
「そうだ」と礼二は言った。
「変わったな」
「そうか」
沈黙が来た。機織りの音が、外からかすかに聞こえた。別の工房の音だ。
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孝則は茶を出した。
出したくて出したのではなく、出さないわけにもいかなかったという顔だった。礼二はそれを受け取った。
「修業はどのくらいになる?」
「三年だ」
「うまくなったか?」
「まだだ」孝則は自分の手を見た。「師匠にそう言われている」
「師匠は厳しいか?」
「厳しい」孝則は少し間を置いた。「でも、正しいことしか言わない」
礼二は茶を飲んだ。
正しいことしか言わない師匠、という言葉が、礼二に向けられているかどうか、わからなかった。わからないまま、飲んだ。
「母さんは元気か?」
「元気だ」
「そうか」
「会いに来るな」と孝則は言った。静かに、しかしはっきりと。「母さんには会いに来るな。それだけは守ってくれ」
礼二は返事をしなかった。
「聞こえたか?」
「聞こえた」と礼二は言った。
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帰り際、孝則が立ち上がった。
礼二を送り出すためではなかった。織機の前に戻るためだった。
「また来るか?」と孝則は訊いた。訊き方が、来るなという意味ではなかった。
礼二はそれに気づいた。
「わからん」と礼二は言った。
孝則は織機の前に座った。手と足が動き始めた。リズムが戻った。礼二が出ていくときも、止まらなかった。
引き戸を閉めた。
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路地に出た。
シンが隣にいた。ハルのバッグを持っていた。礼二は受け取らなかった。しばらく歩いた。
「話しかけるな」と礼二は言った。
「わかりました」
二人は黙って歩いた。西陣の路地は細くて、曲がっていて、どこに出るかわからなかった。
しばらく歩いてから、礼二は立ち止まった。
「シン」
「はい」
「孝則は、怒っていたか?」
シンは少し間を置いた。「怒っていました。ただ」
「ただ、何だ?」
「来るなとは言いませんでした」
礼二は何も言わなかった。また歩き始めた。
ハルがバッグの中で鳴いた。小さく、一声だけ。
礼二はバッグを受け取った。ハルの頭を一度だけ、指で触れた。それだけだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
事件のない話になりました。
礼二が背負ってきたものの、いちばん近いところへ行く話です。
次回は、ふたたび人の話に戻ります。ブックマークをしていただけると励みになります。




