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銀の谷のけむり猫  作者: 矢野葉


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9/10

月の精霊は仮面を外す

「・・・ディア」

今夜もミーアは静かに愛しい月の精霊の名を呼びます


ディアは答えてくれることもあれば、答えてくれない日もあって

ミーアはただ、私はここにいるよと言うように彼の名前を呼びました。


「ねぇ、ミーア。もし良ければなんだけれど」

「なあに?」

「今夜、銀の谷の南にある丘に行ってみない?」

「いいわよ」


ミーアはふわりと空気をふくんで膨らんだ体を

ペロペロと毛づくろいして落ち着かせながらなんでもないことのように答えました。


銀の谷の南にある丘には、月の光にあたると水色や桃色に輝く

それは美しい花の群生地があります。


きっと、ディアはどこかでその話を聞いたのだろうと冷静に考えました。

そしてその美しさから、その丘が「恋人たちの丘」と呼ばれていることは知らないだろうとも。


丘の手前で待ち合わせた二人は、そろって歩き始めました。

新しい流行りの歌を口ずさみ、互いの歌に耳を傾けたり、時にはハモりながら

丘をのぼっていくうちに二人の間の空気はやわらぎ、甘い花の香りに包まれました

「ねぇ、ディア」

「なんだい?」

「私があなたに話しかけるのは、迷惑でない?」

このところ、毎晩のように水鏡に向かっている気がするものとミーアは尋ねます


ディアは美しい花を一輪つみとってくるくると手元でまわしながらミーアを見つめました

「それは難しい質問だよ、ミーア」

「どうして?」

「迷惑じゃない、それ以外の答えなんて無い質問だろう?」


ミーアはディアの手元で回る花をじっと見つめながら考えました。


「ディア、あなたの世界には0か100しかないの?」


やがて、考えがまとまると丘の上に寝そべったミーアはディアに答えます


「迷惑だと言われたら、私はあなたの迷惑にならない方法を探すわ」

「・・・そう来るのか」

「そうよ、それに、週に1度ならいいとか、月に1度ならいいとか、あるでしょう?」

「でもその度に確実に応えられるわけじゃない」

「それはそうだけど・・・」

「話せる時は話す、それじゃダメかい?」

「私を無視するのが面倒じゃないかと思っただけよ。あなたがそれでいいなら、いいの」


「ミーア」


ディアはミーアの名前を呼ぶと、そっと顔を隠していた仮面を外して見せました


「僕が君の誠意に応えられる方法は、これだけだ」


私が真名を知ったことを彼は知っているのだ、とミーアは確信しました。

ミーアの心には、喜びと悲しさが同じだけあって、

けれどやはりミーアを動かすのは、喜びなのです。

幻想的な花園にミーアが喉をごろごろと鳴らす音が響いていました


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