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銀の谷のけむり猫  作者: 矢野葉


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8/10

新月の夜、けむり猫は涙を流す

次の晩は、月のない夜でした。

よろよろと谷の奥にある泉に姿を現したのはミーアです。


昨晩、突然谷を覆ったミーアの絶叫や、黒く変化した煙、

そして消えた悪い風のことを誰も彼もが知りたがりました。


ミーアはその誰にも、起きた出来事を話しません。

けれど、ミーアの後を谷に住む風の精霊たちが追ってきては花を降り注がせたり

ぎゅっと抱きついてきたり、キスを贈ってくるもの、光りの粉を浴びせる者

ありとあらゆる祝福をミーアに贈ろうとする様子を見て、

谷の者はみんな、何かミーアが良いことをしたのだろうと勝手に納得するのでした


途中までは花冠の山が動いているといった有様でしたが、

今夜、泉のそばに現れたミーアはほとんど透明に近い色をしていました。


泉の中で眠る精霊を見つめ、そしてその泉の中にそっと足を浸します。

泉の中は、こんこんと湧き出す水でいつでも清らかでした。


全ての足をいれてしまうと、ミーアはくるりと向きを変えて

ぷるぷるっと前足から水気を丁寧に払ってから、岸辺に体をあずけて寝そべります。

尻尾の先から、後ろ足、お腹のあたりまで、

泉の水につかったミーアの体はぼんやりと溶けていくように見えました。


今夜は、月の光のない夜です。

彼の名前を呼んでもきっと返事は返ってこないでしょう。

ミーアは心の中だけで、ディアの名前を呼びました。

ぽろぽろ、ぽろぽろと、涙がミーアの前足を転がって地面に吸い込まれていきます


「そのままでは溶けてしまうよ、可愛い猫さん」

泉から、ひんやりとした声が聞こえてミーアはそっと顔をあげました。


「溶けてしまうのもいいかと思っていたところよ、寝ぼすけの精霊さん」

ミーアの応えに、泉の中で眠っていたはずの精霊は苦笑いをこぼします


「私は、自分の時を止めただけさ」

「・・・そう聞いたわ」

「君の絶叫はさすがに聞こえたけれどね」

「あら、それは失礼」


ぷいっと精霊から顔を背けたミーアにするすると精霊が近寄ってきて

じぃっとミーアの顔を覗き込みました


「私の名は、せせらぎ」

「ミーアよ。あなた、水の精霊だったの」

「そう、私たち精霊は長く生きるだろう?だからね、自分の時を止めてしまえば忘れずにいられると思ったんだ」

「・・・まだ、なぜあなたが愚か者と呼ばれるのって聞いてないわ」

「これは失礼」

ふふっと二人は笑い合いました。


「ミーア、君が私と同じように時を止めることを選ぶなら、私の魔法の中にいれてあげよう」

「あら、ご親切ね」

「君を抱いておくぐらいの余裕はあるからね。今夜は月の彼も邪魔をしないだろうし」


せせらぎの提案は悪くない、とミーアは思いました。

抱えた秘密はその大きさの分だけ、誘惑も大きいものだったからです。


「ご遠慮するわ。私、私に許された時間の間はずっと、彼を見つめていたいの」


ミーアが瞳をふせると、そこからまたぽろりと涙が流れ落ちます。

いつのまにかせせらぎは消え、ミーアだけがその流れを見つめていました。


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