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第24話 最強の賢者は真実を曲げつくした 3


 新入り勇士だったころのリルベルは高い実力を持ちながら、単独で地上の城壁外や、最も浅い『接獄せつごく迷宮』ばかりを見てまわる変わり者として知られていた。

 噂を聞きつけた勇士たちの誘いもすげなく断り、関わりを避けて逃げまわる。

 中にはしつこくからむガラの悪い連中もいた。

 消えた。

 似た人物を地方の都市で見かけたという噂もあったが、ともかくも帝都では姿を見なくなった。


「トゥルクレインさん? あのかたたちは無事なのですよね?」


「えー、まー、だいたいは問題ありません」



 謎の杖術使いリルベルもだんだんと、ほかの勇士と言葉をかわすようになり、見習いや下級勇士の窮地には手助けもした。

 第二階層『咆獣ほうじゅう迷宮』でも、短時間の探索であれば同行するようになった。

 しかし正式な部隊編入は、どのような契約内容でも拒み続ける。


 常に距離をとり、探索以外の人づきあいは避け、似合わない厚化粧とおおげさで古風な口調をやめることもない。

 中にはなにを勘違いしたのか、熱心に親交をせまる者たちもいた。

 消えた。

 その人物を変わり果てた姿で見かけたという噂もあったが、そんな噂をしていた者たちも、消えた。もしくは口をつぐんだ。もしくは震えて意味不明なつぶやきしか返さなくなった。


「トゥルクレインさん? い、いったい、なにをしたのですか?」


「今度いっしょにやってみます? あと新刊や増刷が多すぎますので、闇市の元締めをのっとり、無免許の出版社も立ち上げておきました。社員は偽名の部下で固めています」


 怪人リルベルを部隊へ誘う者はいなくなったが、窮地においては頼れる実力者であり、見かければあいさつされ、同行にも誘われ、臨時の穴埋め助っ人などの依頼も続いた。

 素性を探られることは極度に嫌うため、つきあいづらいと思われていたが、姿を見るだけで逃げ出す者はまだいなかった。

 そのような対応がはじまる時期は、悪名高きギブファットとワラレアの二人組に誘われて『狂風勇士隊』を結成してからになる。



「平民階級の実態はひどいものですね。特に貧民区画の孤児などは……それに比べ、貴族階級のいびつな優遇は……」


「そうおっしゃるわりには近ごろ、ずいぶんはりきっておられますね?」


「そのような現状すら当然のように受け入れ、笑って前へ進み続ける人たちもいるのです」


「それはもしや……魔力も届かない大気圏の外、空気すらない虚無の果てでも探索できる気概につながるのですかね?」


「異なる惑星の探索は、地下探索よりも果てしない難業になるでしょう……それでもいつか、人類が『神の楽園』へ到達しうる可能性にはちがいないのです」


「皮肉なものですね。聖神ユイトエルブ様の加護も届かない『罪人の魂と悪魔たちがさまよう夜闇の彼方』だけに、最後の希望が残っているなど」


「安心してください。さいわいなことに、人は誰でも罪人で悪魔なのです。神を妬む罪を抱き、神へ近づこうとあがく悪魔……中でも彼らはとびきりです」


「本当に、そのような者たちと部隊契約を?」


「ええ。しかしなにかと突拍子もない人たちですから……これからはさらに、迷惑を重ねてしまうかもしれません」



 リルベルの周辺では失踪者が急増し、隊長ギブファットも一目を置いた。


「おいリルベル、またお前が始末したのかよ!? やるじゃねえか! ひひゃひゃー!」


「目ざわりだったからのう? 隊へ誘ってくださったギブファットどのへの手土産じゃ」


 リルベルはトゥルクレインが『処理』しやすいように補助もはじめ、共犯としての技能や心がまえも身についてきた。


「ふっふ! ギブファットをつぶしたくなった時には、まず貴様を味方につけたほうがよさそうだな!?」


「そうおだてながらも、わしを背後から襲いかねんのがワラレアどのの魅力じゃな。ひっひ」


 トゥルクレインたちの手助けがなくても様々な『処理』をこなせるようになり、出版事業も含めて実質の主謀者として成長を続ける。

 どうにか『狂風勇士隊』の無茶にも慣れてきたころ、人型魔獣ことウィンシーまで部隊に入り、身の危険を感じる機会まで急増する。



「しかしこれも聖神帝国のため……のはずです」


「そのわりに最近は、演技をしなくても立派な変人ですけどねー。それはともかく、露天の売人に変装してギブファットくんと話してみましたが、聞いていた以上に小心者ですねー。それに好きな物語の傾向も、見かけのわりにこんな風で……」


 トゥルクレインは嘲笑まじりに注文表を見せたが、リルプラム王女は安心したようにほほえんだ。


「勇敢とは臆病さを抑えきれる意志であって、ただ無謀なことではありませんよ? それにあのような口ぶりで、このような読書傾向……このくいちがいの間にこそ、あのかたの本当の姿があるのでは?」


「はあ……ずいぶん好意的ですね?」


「い、いえ。あのような生まれ育ちでも、このように前向きな物語を信じたがる姿……それこそが『神の啓示』に見放されたこの世界の、最後の希望に思えるのです……それだけですっ」



 トゥルクレインの長い回想を聞いていた部下のひとりが挙手する。


「おい待て真鶴まつる。そんなツンデレ展開など、私がこの部隊へ引きずりこまれて半年このかた、見たことも聞いたこともありませんが? いかれ編集長の妄想ではありませんよね?」


 真鶴ことトゥルクレインは静かにうなずく。


「疑うのも無理はない。しかしリルプラム王女は引きこもり生活が長かったので、体力がついてからも気弱と内気は治らなくて、勇士団へ入ってのショック療法もずいぶん時間がかかった。あれほど長く行動を共にした同世代の男性など、はじめての経験で、いい部分ばかりを拡大して見ていたフシはあったのだ。いやむしろ、やたら多い短所に母性本能をくすぐられたのか? ……だがっ、あの運命の夜がっ、ふたりの間を変えてしまった!」


「演出いらないので結論からお願いします」


「それは部隊仲間でわきあいあいと夕食をとっていた夜! 表のリルプラム王女としては、宮廷舞踏会を仮病ですっぽかした夜! あのたったひとこと……余計すぎる互いのひとことがっ!」


『ギブファットどのはどのような女子が好みなのじゃ?』


『ああん!? とりあえずCカップ未満は女じゃねえだろ!? ぎゃはー!』


「あの夜からっ! リルプラム様の人格は演技でなくゆがみはじめっ! わりと心底から楽しそうに、とんでもない所業にも手を染め! んもー! 小梅ちゃん、サイコー! みたいな!? ふひゃー! ……という事情から、私はこれより書状を届けに城へ参じる。ひとりでいい」


 護衛隊長トゥルクレインは乱れた髪を整え、すっきりした笑顔で敬礼する。

 部下たちは作成したばかりの偽造書類へ王家の封蝋を勝手に押し、渡しながら追い払うしぐさで見送る。


「隊長の身はどうでもいいですが、リルプラム様の無事だけは死守してくださいやがれ」



 すでに空は白みはじめ、照明のいらない明るさになっていた。

 旧外城壁の出入り口は検問がひかれ、その向こうの平民区画では言い争いが広がっている。

 ボウガンか投石器か、ちらほらと石弾が空へ射出され、巻きついていた布が広がると『不当逮捕』『体罰反対』などのメッセージが舞った。

 トゥルクレインが王城へ向かう途中の貴族区画でも、あちこちで衛兵が走りまわり、小さな騒ぎが起きている。

 王城の大門は閉ざされていて、衛兵隊長は荷車や大型魔獣では通れない小さな脇門へ案内する。


「書状ですって? あの地下へ?」


 王立地下迷宮の入口広場には怪物馬の大群がひしめき、騎馬隊の各隊長は指示を怒鳴り続けてようやく、互いに安全な距離を保っていた。


「お気づかいなく」


 トゥルクレインは広場の砂地へ踏み入ると、腰から二本の鉄鞭てつべんを取り出す。

 交互に地面へ打ちつけ、滑空するように疾走を加速させた。

 手綱をとりそこなった怪物馬の一匹が蹴りかかっても、二本の鞭を竹馬のように立てて飛び越え、そのまま巨大縦穴へ飛び込み、昇降機の鋼線へむちを巻きつけて減速を調整する。

 騎馬隊の一部は制御作業もしばし忘れ、珍しい流派の魔法に見入った。


「あれは使い手がもうほとんどいないという『鞭術べんじゅつ』か?」



 地下二十階相当の深さ、第二階層の鉄扉を守る勇士たちも、急降下してくる侵入者に気がついて騒ぎはじめていた。


「第二王女リルプラム様の使いの者です。交戦する意志はありません。この『鞭術』は移動に便利ですが、強行突破には向きませんので」


 トゥルクレインは鋼線にぶらさがったまま待たされたが、すぐに『狂風勇士隊』の参謀ことリルベルが駆けつけ、人払いをする。


「『断崖勇士隊』と『絶壁勇士隊』のみなさんは、もっとさがってだいじょうぶじゃ……ではせめて、奥の扉から見守る程度で……」


 そう言いながら、渡された書状をその場で読み急ぎ、最後の空白へこっそり『リルプラム』の署名を追記した。


「いやはや、まさか『王女様』がこれほど、こちらの意をくんでくださるとは、実に心苦しい限りですじゃ」


 そう奥の勇士たちへ聞かせながら、トゥルクレインの代筆に感謝し、心配をかけている護衛隊への謝罪も兼ねていた。

 トゥルクレインは無表情に小声でささやく。


「見事な自前の大惨事ですが、ご無事でなによりです。ご兄弟そろっていびつに有能な家風でいらっしゃるせいか、騒ぎは順調に市街へ拡大しております」


 リルベルは書状にまぎれたメモで城内会議の様子を知り、市街で勇士団に協力している貴族や神官の一覧にも目を通して声をひそめる。


「やはり……こちらにも先ほど、外部からの矢文が届いてしまい、士気を盛り返してしまいました」


「私が連絡に入りこめるのも、これが最後かもしれません。小梅ちゃんの動向は、カメリア様に強く警戒されております」


「バンブートゥはともかく、兄上や姉上はどこか真意を隠している危うさが……え。兄上がカップリングに参戦?」


 メモの一部には、ダブデミがゆがんだ笑顔で記していた暗号も使われていた。


「部数は見込めそうですが、実の兄がモデルでは、執筆意欲とかどうなのでしょう先生? 実の従兄弟はすでに餌食えじきですが」


「いえ今は編集会議をしている場合ではなく。もし万一のことがあれば、私の研究はローシーさんへ預け、共に支えるべき継承候補を選んでください。あと『幻想奇書』は、作者の正体を永久に封じ……」


 リルベルが不意に背後を気にする。手にした杖からは蜘蛛糸くもいとのような光がもれていた。



 鉄扉の隙間からのぞいていた勇士たちの頭上を越え、天井と壁を蹴って一瞬に斬撃を届ける黒い影。


「小鈴ちゃん、だいじょうぶか!?」


 トゥルクレインはとっさに背後の断崖へ飛び、昇降機の鋼線へ鉄鞭を巻きつけ、さらに魔力で鉄鞭を曲げて自分の体をふりまわし、どうにか『剣術最強』の射程外まで逃げていた。

 しかしもう片方の鉄鞭で刃を受けていなければ、肩の裂け跡は服一枚では済まない深さである。


「やめんかバカ者! 使者を斬っては落としどころもなくなるじゃろうが!」


 リルベルはギブファットへしがみついて押し止める。

 トゥルクレインはそのまま鉄鞭を交互に巻きつけて登攀し、地上まで帰還する。

 王城で出迎えた衛兵隊長たちは驚嘆していた。


「貴殿が『鞭術最強』とは聞いていたが、もしや『狂風』とも互角に渡りあえるのか?」


「いえ、私の『鞭術』は剣や杖の長所におよばず、扱いづらさのわりに威力は劣り、戦闘には損な流派ですから」


 トゥルクレインは謙虚に答えたが『ただし不法侵入や誘拐には最適で、実践をくり返して腕を磨きました』とは付け足さない。



「え……あいつ、学祭の来賓かなにか?」


 ギブファットは剣を下ろし、もうしわけなさそうに笑った。


「ここまで状況を悪化させるなら、やはり恵太けいたどのは道流みちるどのと共に進路指導室が安全かのう?」


「ま、待ってくれよ。俺は校内に不審者が入ったと聞いたから……小鈴ちゃんが心配で!」


 リルベルは色白な頬を赤くしながらも、口をとがらせる。


「恵太どのは警戒役だけで十分じゃと、何度も言っておる。それにあの真鶴……トゥルクレインどのは、王女様の護衛隊長も務める『鞭術』の達人じゃ。正面からの試合ならともかく、潜入から奇襲まで含めた勝負となれば、恵太どのでも不覚をとりかねん。くれぐれも二度と手を出さんように……ん?」


 リルベルはふと背後を気にする。魔法を使わずとも、鉄扉の隙間からのぞく『冷酷残忍』の片目は冷気の放射が尋常ではない。

 リルベルは自分がギブファットへ抱きついたままであることに気がつき、頭が沸騰しかけ、凍る背筋との温度差を感じつつ、平静を装ってゆっくりと離れる。

 厚化粧が役に立ち、赤くなった耳も深くかぶった帽子が隠していた。


「……水希みずきどのもご心配なく。第二王女様は平和な解決を心から望み、勇士団の減刑にも全力をつくしてくださるそうじゃ」


 手汗をひそかにぬぐってから、署名したばかりの書状をワラレアへ見せる。




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