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第23話 最強の賢者は真実を曲げつくした 2


 王立地下迷宮を囲んでそびえる内城壁は政務を執り行う宮廷でもあり、王族の居城にもなっている。

 しかし第二王女リルプラムは幼いころから療養のために別邸で暮らしていた。

 平民区画との境界である旧外城壁の近くで、敷地こそ広いが、通り沿いには下流貴族の屋敷が多い。


「まあ、ここのほうが情報は広く仕入れやすいわけだが」


 リルプラム王女つきの護衛隊長トゥルクレインは堂々とした風貌の長身女性で、王城以外では特に目立つ。

 リルプラム王女の別邸は六階建てで、二階から上に広い中庭がある贅沢な間取りだった。

 屋上中庭は彫像に囲まれ、中央に三階建ての屋敷が建っている。

 トゥルクレインが四人の部下と共にもどってきた時には深夜になっていた。


 屋敷の客間へ入ると、もう数人の護衛隊兵士が礼帽を整えて敬礼する。

 トゥルクレインは奥の寝室へ部下を集合させると、家主不在のベッドへダイブした。


「うーあー。もうどうにもならぬー。小梅こうめちゃん無茶しすぎー。むひーい」


「隊長。お気をたしかに。まずは状況くらい教えてくださいボケナス」


 トゥルクレインはじたばたと暴れ、部下のひとりは無表情に上司の首をしめながら引きずりおろし、ほかの部下も尻を蹴るなどして手伝う。

 すっくと立ち上がったトゥルクレインは真顔で、なにごともなかったかのように乱れた髪を整えた。


「私がリルプラム様の書状を直接に、地下の者たちへ渡しに行く段取りは承諾していただけた。しかしカメリア様もこちらへの警戒を強めている。疑われるような動きは厳に慎むように」


「しかしリルプラム様の病弱だけを口実に見舞いまで追い返し続けるのも、そろそろ苦しいのですが?」


 部下たちも無表情にぐしゃぐしゃのベッドシーツを整えていた。

 一部の部下は書斎を勝手にあさり、リルプラム王女が書いた文章をかき集めて並べる。

 トゥルクレインはそれらを参考に、偽造文書の作成を急いた。


「いないものは出せない以上、しかたあるまい。以前は本当に病弱だったのだよ。以前は……」



 幼いころのリルプラム王女は病弱な上に気弱だった。

 地下迷宮から魔物の吠え声が王城まで届くことは少ないものの、負傷した勇士が運ばれながらわめきちらす悲鳴はしばしば響き、そのたびにしゃがみこんで泣いていた。

 王城から離れて暮らせば継承から遠ざかる印象を貴族たちへ与えてしまうが、生前の母は王位に向かない性格と認め、別邸を手配させた。


 しかしリルプラム王女は父や叔父が魔物討伐の指揮に奔走し続け、幼い兄や姉でさえ軍事視察に同行する姿を見て育ち、それが国を治める王族として、先祖代々の責務であるとも言い聞かされてきた。

 静かな別邸で暮らしながらも、大叔母の賢者サラダウォークに師事して勉学に励み、身体と魔法の鍛錬も重ねていた。

 軍隊行事への参加を避ける臆病の代わりに、可能な努力へしがみつき、ほかのすべてを忘れて打ちこんだ。

 やりすぎた。

 そのころにトゥルクレインが護衛につき、中庭へ数匹の怪物ハトが侵入した際、幼い第二王女がおはじき遊びのように一瞬で全滅させる姿を目撃していた。


 トゥルクレインは第二王女をこっそり連れ出し、中級勇士の採用……通称『飛び級』の審査を見学させた。

 審査会場へ集まる志願者たちは、貴族でもまれな『実力者』とされている。

 しかしたった数匹の怪物ハトにも苦戦し、とりわけ杖術の威力や連射速度は、リルプラムの半分もあれば良いほうだった。


「審査では、なにか制限があるのでしょうか?」


「いえまったく。今、目にしておられる姿がそのまま、才能の差です」


「…………あの…………私の魔力については、どうか内密に……」


 ただでさえ兄のフェアパイン王子は魔力が見習い勇士なみで、姉のカメリア王女も下級勇士なみ。

 そして叔父は帝都最強とされる実力で、その息子のウェイストリームまで同等以上の素質が噂されている。

 すでに四人の継承候補が横並びに近いめんどうな状況であり、リルプラムは叔父のウェイブライトや従兄弟のウェイストリームと同じく、できる限り継承争いに関わらないことを望んだ。

 政治的な社交の場をひたすら避ける代わりに、学術研究へ心血を注いだ。

 やりすぎた。

『神の啓示』に関する研究を進めすぎ、王族の存在意義に関わる真相まで到達していた。


「あ、あの、このことは、どうか……」


「そうですねー。弱りましたねー。私などでは、なにをどうしたものやらー」


 トゥルクレインは中流貴族で、珍しく上級勇士なみの魔力に育ったが、人脈は狭い。

 性格的な適性からリルプラムの護衛に配属された身である。


「まさか大叔母上がお亡くなりになった今、こんな技法を発見してしまうとは……」


「サラダウォーク様は余命も気にせず全力で教えておられましたからねー。しかしさいわい、リルプラム様でなくては悪用も難しいはず……で、どうしますー?」


「え……あの、なぜそんな、うれしそうに……?」


 なおトゥルクレインの『性格的な適性』とは『重要な場所には配置するな』である。



杖術じょうじゅつ』は古い時代には『紡術ぼうじゅつ』とも呼ばれていた。

 射撃魔法に使う杖の形状は、糸をつむぐ糸巻き棒が発祥である。

 魔力の技法の中でも『距離の延長』に特化した『鞭術べんじゅつ』さらには『縄術じょうじゅつ』が発達すると、糸を媒体にした射撃としての運用が洗練されていった。

 現在だと基礎鍛錬を終えた者の杖は、集中を補助する短いひもだけ飾られている。


 見た目は『弾丸の射出』である杖術も、光の糸が杖につながっており、それを維持できる距離が射程範囲にもなっていた。

 魔力の光で『延長』された刃や糸は魔物を破壊し、手ごたえも伝える。

 とはいえ、魔獣を倒せるほど威力の大きい射撃では、撃った反動や着弾の爆風が大きく、糸へ伝わる微細な震動などは感じにくい。

 ただし、糸だけをそっと伸ばせば話は別である。


『延長』の技術を得意とする者は索敵にも応用し、とりわけ『剣術』の技量で抜きん出ているギブファットは、斬る用途でなければ釣竿のような広範囲で敵を探れた。

 ただし、ギブファットがそこまでの延長をできるのは一瞬である。

 その斥候能力の高さは、一瞬の感触から情報を捉える鋭い神経と、そこから迅速な分析もできる経験量が大きい。

 杖術の適性も無いではないが、威力に欠ける上、さほどの有効射程は出せない体質である。


 リルプラム王女の杖術は破壊用途でない場合、驚異的な距離と範囲を探れた。

 しかし延長した光からつかめる感覚は、個々の適性で多様に分れる。

 リルプラム王女は距離だけなら伸ばせるが、触れた対象が石か、植物か、止まっている魔物かを判別できる範囲は狭く、瞬時に判別できる範囲はさらに狭い。

 ただし判別を大雑把にするほど、距離は格段に伸ばせる。

 それは聖神帝国の『王族』に多い魔力の特徴でもあった。



『神の啓示』の起源は『魔法の延長性能』の研究である。

 成果としては地下水や地下空洞を探り当て、気象観測などにも応用された。

 天体観測に期待された時代もあったが、大気の薄れる高度では記録が伸びなくなる。

 そして地下方向への調査は、ある時期を境に最優先の国家事業となった。


 かつての地下探索は魔物を封じるための事業であり、魔物が市街へ到達するまでの経路を埋め、あるいはおびきよせて殲滅するための罠や弓矢などを設置していた。

 斥候のために『杖術』の糸を利用することもあったが、最優先というほどの技術ではなかった。

 しかしある研究者が『地面をすりぬける』ほど糸を細くして深度をのばした結果、特異な現象を察知する。

 それはユイトエルブ大陸の人類が最初に受けた『神の啓示』であり、地下深くに『神の楽園』が存在する論拠にもなった。


『神の啓示』を探し集め、多くの技術革新をもたらした研究者はやがて、聖神帝国の初代国王となり、国教となる聖神教団の教典を記し、ユイトエルブ大陸における文明発展の主導者となった。

 いっぽう、地下の掘削事業へ膨大な国費を注ぎはじめる。

『神の楽園』へ近づくことが、最優先の国家事業となっていた。



「啓示が示す世界は『神の楽園』ではないと?」


「私たちにとっては神秘的で、楽園のごとく高度な文明です。しかし発展の差が大きいだけで、おそらくはどこかに実在する異国なのです」


 リルプラム王女の説明は簡潔ながらも常識から飛躍しすぎ、護衛隊長トゥルクレインも最初は実感を持てなかった。


「大賢者サラダウォーク様も『神の楽園』は未知の古代文明と仮定しながら、大気組成や重力、磁力線や魔力量が異なる可能性についてはお手上げだったようですが……まさか、この星と同じように水を保てる惑星がほかにも存在し、流用できるほど似かよった文明が育つ可能性など、ありうるのでしょうか?」


「仮に異なる惑星の文明だとしても、私たちの文明との共通点が多すぎるため、なんらかの関連があると考えて研究していましたが……目下の問題は、そのついでに発見してしまった『電子情報』の取得技術です。まさか、これほどの文字量を一瞬で得られてしまうとは~」


「しかもなぜか物語形式……『目次』『あとがき』なんてありますし……この『マイページ』『ダウンロード』という記述は謎ですが……作品の傾向もかたよっていますね?」


「それは恥ずかしながら、私の願望が影響した範囲と思われます」


「たしかに、魔法の発動に必要な集中力は生命の危機など、より強い意志で高まりますからね」


「探索においても、肉体が直接に求める水や、危険物の探知のほうが範囲も広がるようです」


「そしてリルプラム様は、恥ずかしい青春ドラマをそれほど切実に求め……いえまあ、しかしこうも大量の、それも飛躍した情報はどれほどの混乱を招くやら」


「『異世界』との違いが、いずれ技術の流用に限界をもたらすならば、その実態は早く広めるべきだと思いますが……」


「大賢者様をのけものにした教団の連中は、そこまで頭が柔らかくないでしょうねー。どれだけ時間がかかるやら」


「啓示に頼らない政策へ移る過程でも、この『魔法のない異世界』の制度や思想は、必ずや参考になるはずです。どうにかして、世に問えたらと思うのですが……」


「それでしたら、せっかく物語形式になっていることですし…………あ。ここからは私めが、単独で暴走したことにしましょー」


 トゥルクレインは啓示の記録を束ね、リルプラム王女が止める前に持ち逃げした。



「意外とばれないものですねー。それに『幻想奇書』の売り上げは予想以上に順調ですよー」


「ああうあ……最新の国家機密が路地裏で投げ売りに……こうなれば私が率先して、議論を適切に導かねば……」


「注釈の増補改訂はリクエストが殺到していますからねー。いっそ物語世界をこちらの常識へ合わせたオリジナル作品に整えなおすほうが、理解しやすくなるのでは?」


「しかし広いかたがたに理解していただける作品を推敲するには、私自身が聖神帝国について、もっと広く知らなければ……特に、異世界の社会制度をどれほど適用できるものか、机上の空論で終らせないためには、貴族社会だけではなく…………」


 リルプラム王女は思いつめた顔で、勇士団の一般募集広告を見つめていた。


「それは思い切りのよすぎる考えですねー。さっそく準備します」


 こうして『杖術使いリルベル』は、帝都に忽然と姿を現す。




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