第25話 最大の危機は最大の好機と思いこむしかない 1
ワラレアは書状を読み終えると、鉄扉を出て巨大縦穴を見上げる。
遠く数十メートル上方の狭い空はすでに夜が明け、青い晴天が見えていた。
出口の周りには即席のバリケードが立てられ、巨大な怪物馬の影がいくつもちらついている。
「第二王女は話し合いなどと言っているが、騎士団はこちらの呼びかけも無視して、包囲を強めるばかりではないか」
百メートルほど下方にある穴の底は、魔法の暗視がなければ見づらいが、静まり返っていた。
リルベルは杖から光の糸を真下へ泳がせる。
「掘削の作業員も全員退避したきりじゃ……今朝からの作業は全面中止になったようじゃのう……む? 妙な震動が……竜の群れが近いだけならよいのじゃが」
「よくないだろう? 鉄扉の強度はあくまで時間稼ぎだ」
「いやいや、竜より危険な魔物が『新しい階層』から出てくる可能性もあってのう? こんな時だからこそ心配じゃ」
「笑えない冗談だな。しかし教典どおりなら、神が最初に埋めた失敗作は竜だ。それが『餓竜迷宮』にいる合成魔獣ならば、あとは亜種か神本人くらいしか掘り起こせないはずだろう?」
上から発射の号令がかかり、ワラレアとリルベルは鉄扉の中へもどる。
十数本の矢が、威嚇とは言いがたい近さで突き立った。
「昨夜からはもはや、わしらが新種の魔物みたいなあつかいじゃがのう?」
「厩舎方面はもっとひどい。見張りには動かないように言ってあるが、それでも負傷者が増えている」
「騎士団長どのの負傷は、家庭の事情だと知られておるはずじゃがのう?」
「まさか不倫の口封じに始末するため、内乱罪にまで仕立てあげる気か?」
「いやいや、将軍閣下はそのようなかたではない。しかし周囲はどこまで深読みしてしまうか……それに書状によれば、市街どころか地方にも飛び火をはじめたようじゃ」
「昨日の今日で……いい大人がなぜ『幻想奇書』などに踊らされる? 『ひとり一票』や『命は平等』など、魔物がいない、魔力も必要ない、狂ったように甘えた世界設定を前提にした妄言ではないか!」
「それだけ強く、潜在的な願望に響くようじゃのう? 『幻想奇書』の発行部数は、すでに表のベストセラーを抜いておる」
「そんなものに巻きこまれて、我々は反逆の首謀者か。地上へ出たら、まずは闇出版を焼きつくして目をさまさせなければ……」
「待て待て。それでは解決にならんし、ここの状況もまだわからん。今は悪化させないように……ん? 恵太どのがまた消えたのう?」
「こまめに見張りを手伝っているようだが、そのたびになぜか、包囲の連中が険悪になっている」
「ちょこまかとちょっかいを出すくせも残っておるなら、やはり道流どのといっしょに仲良くご休憩へ入ってもらわねば」
しかし補給所の広場へもどると、縛って監禁していたはずのウェイストリームまで解放され、多くの勇士たちに囲まれていた。
「まさか法見と鳩亜が、私の誘拐を考えていたなんて……」
ひどく落ちこんでいた。
「……姉上が防いでくださったようですね。なにごとかと驚きましたが、急なことだったようですし」
誘拐される前に誘拐されていた事実には気がついていない。
ウィンシーもぞんざいにうなずいていた。
ギブファットはワラレアたちに気がつくと、斬りほどいたロープをふって笑う。
「助けた道流をそのまま忘れるなんて、委員長もけっこうドジっ子だなあ!」
リルベルは小声でワラレアにささやく。
「道流どのを拘束したまま世話をせんでもよくなったと考えよう。どちらも勇士の皆様をまとめる役には立つ」
「あのバカふたりが対立をあおっているというのに……ともかく、次の交渉までの辛抱か」
ワラレアとリルベルがため息まじりに食堂へ入ると、デューリーフが気まずそうにこそこそと追ってくる。
「わりい姉御。あのボンボン、やっぱ野放しにしちゃまずかったのか? オレは姉御に確認したほうがいいって、兄貴を止めたんだけど……」
ワラレアは疲れ気味に苦笑する。
「意外に察しがいいな。まあ、気にするな……とはいえ『抑えのきかない味方』がこれほどやっかいなものとは……」
「地下探索なら、邪魔者とか役立たずは片っぱしから見捨てられるのになあ?」
「そう。まさにその通りだ」
ワラレアは力強くうなずき、思わずメニューを渡して好きに注文させようとする。
しかしデューリーフは補給も危うい今、苦笑いで遠慮した。
実際、その後は交渉もないまま包囲が長引く。
ワラレアは頭を抱え、石壁へめりめりと拳の跡をつけることが増えた。
「もう何日も……なぜだ? 話を聞かない平助を前面の指揮官に、絞めあげてくるだけなんて……王子たちだって、長引かせて我々を追いつめ、なんの得がある? こちらからはしかけていない……一方的に攻撃してくるから、しかたなしに追い払っているだけで……」
「どうも恵太どのと道流どのが、いまだに余計なことをやらかしとるようじゃのう?」
「また、あいつらか」
「そしてあのふたりの強硬な姿勢に、みんなが感化されて盛り上がっておる。掘削現場の妙な震動も増えておるし……逃げるなら今の内じゃぞ?」
リルベルも少し疲れた苦笑でからかうが、ワラレアは興味を示さない。
ただ、少し困ったように遠くを見つめる。
「貴様は行きたければ行け。私は……どうせだからもう少し、やり合ってみるさ。いつかは踏みつけようと思っていた連中が相手だ」
「わしもまあ、退屈はせんし……しかし、魔物討伐を放置すれば、防衛設備の傷みも早いのじゃが?」
「ふん、もはや我々には、そんなことを心配する義理も残っているかどうか……ん? そういえば、厩舎から来る騎士団の連中は『吠獣迷宮』の地下森林からわきでる魔獣どもの対処も必要だから、消耗しているのではないか?」
「どうじゃろう? 法見ちゃんの入れ知恵で、平助どのが作ったという新部隊も間に合っておれば……」
騎馬牧場には弩砲なども多く設置されているが、地上と違って地形の見通しが悪く、さらに暗視能力が劣る者では、まばらなランプに頼るしかない。
魔獣の中でも速い個体や大型の個体は、目視してからでは弩砲の発射準備が間に合わないことも多い。
しかしフラットエイドは燃料照明と連射弩弓を搭載したオフロード自転車を開発し、少ない魔力を補える部隊を編成していた。
「くっ、時間があればさらに軽量化を進め、弾数も増やせるのだが……補給を急げ! 削れたタイヤは早めに交換しろ!」
最新鋭の弩砲自転車は数が少ない。
しかし既存の軍用自転車と射出武器を合わせる改造が急がれ、すでに数十台が魔獣狩りに投入されていた。
「恐れるな! 矢の補給がきく範囲であれば、もはや諸君らは下級勇士をもしのぐ戦力となったのだ!」
強い暗視を使える者は要所からの援護に残し、射程と威力を重視した大型弩弓を任せている。
暗視の能力がやや劣る者は開けた道を進ませ、連装式弩弓の連続発射で視界の悪さを補わせた。
照明に頼るしかない者もふくめ、甲術を使えるなら見通しの悪い場所を探索させ、散弾式弩弓の一斉発射で近接からの一撃必殺を狙わせる。
「魔力の低い我々でも、素質に合わせた運用と配置なら、地下でもここまで戦えるとは……これが『狂風』の主張する『個性の活用』でしたか」
兵士がぼそりとつぶやき、フラットエイドはぎょっとしてふりむく。
「な、なにを言っている貴様!? この部隊は、高い魔力におごって暴威をふるう者どもを制するために、手段を選ばず個性を活用し……ではない! と、とにかくさっさとトンネルへもどれ! やつらを休ませるな!」
フラットエイドは補給所へつながる長いトンネルにも頻繁に立ち寄り、威嚇ではない射撃を強制した。
「人影が見えたなら狙って撃て! 見えないならもっと接近しろ! 下賎な下級勇士どもの魔力など、不意打ちや遠距離射撃の前にはなすすべもない! 中級勇士であろうと一斉射撃にはかなわん!」
「し、しかし魔物ではなく人間を狙うなんて……彼らも命がけで国を守ってきた勇士でしょう?」
「やつらは報酬に釣られて集まっただけのケダモノだ! 『毒を制する毒』でしかない分際もわきまえないなら、魔物となんの変わりがある!? 撃て! すべての責任は私が喜んで引き受ける! 殺しつくせ!」
多くの部下は、フラットエイドの怨霊じみた気迫こそ恐れていた。
トンネルの見張りを任されていた『渦潮勇士隊』と『濁流勇士隊』は盾とテーブルに身を隠していたが、増え続ける矢の嵐に身動きがとれなくなっていた。
「やべえよこいつら、早く治療しねえと……」
腕や脚を射られてうずくまっている仲間たちがいた。頭や肩から血を流している者もいる。
背後に見える補給所の鉄扉は走れば一分もかからないが、テーブルとケガ人を引きずりながらでは、なかなか近づかない。
テーブルの角が突然に爆散する。その後ろに身を隠していた男の鉄鎧も、肩当てが破裂していた。
同時に背後の壁へ、槍のように大きな弩砲の矢が突き刺さり、あまりの摩擦熱で煙を噴き出す。
「おいおい。俺らは竜や大魔獣じゃねえぞ……?」
補給所の扉が開き、ワラレアが普段なら使わない大盾に隠れて駆け出す。
すでに盾へ魔力の光を充満させ、支える腕にも闘術の光をこめ、枕もクッションにさしこんでいた。
その盾に砲弾が命中してはじかれ、槍のような矢は石積みの壁を削って火花をまき散らし、天井を大きくえぐる。
鋼鉄の大盾は指一本ほどもへこみ、ワラレアの腕はしびれ、一歩半も押しもどされた。
顔をしかめながらも、気迫はゆるめずにふたたび駆ける。
「貴様らはもう後退しろ! 弩砲は甲術のない盾や鎧など、まとめて突き通す!」
ウィンシーも駆けつけ、ケガをしている数人をまとめてひったくり、引き返して駆ける。その背にはもぎとった鉄扉をくくりつけていた。
魔力の光がない鉄扉にも砲弾が命中し、上部が一瞬にへしまがって、ウィンシーの後頭部へ直撃する。
「いったー」
不機嫌そうにつぶやくだけで、走行速度は一瞬しか落ちなかったが、出血がだらだらと顔へ落ちていた。
補給所へもどると、すでに扉の前へベッドなどのバリケードが立てられていた。
「距離と角度によっては鉄扉も貫通しかねん。壁にも近づくな」
ワラレアは盾をかまえた勇士たちも、太い柱の後ろまでさがらせる。
「貴様だけはそこにいろ。そしてなるべく相手へ顔を見せろ」
ウェイストリームは単独で見張りを任され、力強くうなずいた。
「女子を……姉上を先に傷つけてしまうとは不覚! ここは僕の命に代えても守りきる!」
ウィンシーは血まみれの顔をぬぐい、頭の傷はデューリーフに包帯を巻かせるが、無言の無表情だった。
放りだされた『渦潮』と『濁流』の勇士たちはとまどう。
通りかかったリルベルはその様子に気がつき、ちょいちょいと手招きしてささやいた。
「勝海どのはつくづく気まぐれな困り者じゃが、人助けも考えなしにやる性格じゃから、変に気づかわんでもうらまれたりせんよ……わしも一年以上かかって気がついた長所じゃが」
中級勇士たちは小声で感嘆し、中には「生まれながらに王族の気風というわけか」と過大評価へ突っ走る者もいた。
「いやいや、考えなしに人を殴りまわる短所のほうが大きすぎるじゃろ。下手に礼などを言いに近づくほうが危険じゃからな?」
中級勇士たちはリルベルが去ったあとで「小鈴ちゃんもなんだかんだで親切だよな?」「新人時代を知る者は、昔からそうだったとも言う」とささやき合う。
そして視線をワラレアへ集めた。
「すまない勝海、動けるならいっしょに来てくれ。次はまた内部通路だ。殺さないように追い払うには、どうしても杖では相性が悪い……いや、露葉は残れ」
「でも水希の姉御ばかり働きすぎで、やべえって。オレじゃたいして役にたたねえとは思うけど……」
「いざとなれば使いたおすから休めと言っている。ここにいて、もどってきた部隊へ状況を伝えろ」
デューリーフはしぶしぶうなずくが、ウィンシーにそでを引かれていた。
「給食」
「……その前になにか食事を頼む。一分以内に済む量でいい」
デューリーフは厨房へ駆けこみ、作り置きしてある肉野菜の煮物をワラレアへ一皿よそい、残りを鍋ごとウィンシーへ渡す。
その様子を見ていた中級勇士たちは小声で「やっぱり委員長は頼もしいよな」「というか恵太さんや道流さんが意外とあまり……」「いや、あの人たちはムードメーカーだから。部活を仕切るとなれば……」「俺は獲物を横取りされたこともあるけど、今はなんだか同じ人間には思えないな」などと話していると、休憩にもどってきた『波濤勇士隊』のおごそかな中年貴族たちまでおもむろに加わってくる。
「水希どのの立ち居ふるまいは、どうも貴族のそれに思えるが?」
「うむ。以前に私も気にかかって、彼女と同年代の我が娘へそれとなく聞けば、子供のころに『灰色髪に切れ長の目をした少女』であれば、式典などで見たおぼえがあるという。あの美貌であれば印象も強く、しかし近づけば身内らしき者が『平民の娘』と蔑んで遠ざけ、長居はしなかったそうだ」
「ふむ。なにか後ろ暗さのある出自が『冷酷残忍』とも呼ばれる態度に?」
「しかし当時から居ずまいは堂々としていたと言うし、私自身が最初に見かけたころをよくよく思い出せば、貴族の娘が気を張って『荒くれらしく』努めていたようにも思える……恵太どのは常に生粋の平民らしさに満ちていたが」
「わしにはどうもあの灰色髪と気風が『香霊迷宮』を制した名将、先代の騎士団長どのの若き姿に重なって見えるが?」
「言われてみれば……『香霊』の戦場で功績の大きかった平民医者へ、ご息女を嫁がせたとも聞く。まさか……」
「いや、あの神々しき姿を見れば、もはや必然とも言うべき再来。あのお方こそ旧来の因習を越え、楽園へ導いてくださる新時代の救世主であろう」
疲労と緊張のあまり、怪しい新興宗教まで形成されつつあった。




