決着
「聞こえる?」
わずかに義則がうなずいた。
よく見ると、義則の耳にも小さなイヤホンがついていた。
そうか。義則の耳をつかんだときにつけたのか。
「必ず相手は油断するわ。合図をしたら例のやつをやるのよ」
義則は頷くが、今にも倒れそうだ。
「お姉さま……」
いくらなんでもここから逆転なんて無理だ。何を考えているんだ。
お姉さまをじっと見つめる。
「信じなさい」
お姉さまの瞳は揺るぎがない。
それならわたくしも信じるだけだ。
再び二人に視線を戻した。
「なかなか粘るじゃない」
「へ、日常的に女子からご褒美もらってるんでね。この程度、由紀子ちゃんの本気パンチに比べたら!」
強がってはいるが義則はボロボロだ。
怪我していない場所を探すほうが難しい。
「なかなかハードなものもらってるのねぇ。でもね」
雰囲気が変わった。
本気モードということか。
「もう飽きたわ」
右腕を弓のように引く。
「今よ」
お姉さまがにやりと笑った。
すると、義則の瞳に輝きが戻った。
「よいっさっさ!」
義則が身をかがめてどじょうすくいのような動きをした。
拳が義則の頭上を通り過ぎた。
マラドンナが驚愕に動きを止めた。
「あれを……避けるなんて。わたくしでも難しいのに」
本気で仕留めにかかるとき攻撃に力みが生まれた。
その一瞬を見逃さなかった。
義則……というよりもそれを指示したお姉さまに感嘆すべきだろう。
「頭を上げなさい」
「はい!」
義則が頭を上げた。
そこにはちょうどマラドンナの顎があった。
義則の後頭部とマラドンナの顎が衝突した。
「あが――!」
二人の悲鳴が重なった。
「ぐぅぅ」
義則は後頭部を押さえてうずくまる。
一方――。
「え、うそ」
思わず声を上げてしまった。
なぜならマラドンナはあの一撃で気絶してしまったからだ。
「ボクサーはタフなことが重要ですよね。いくらなんでも」
そうだった。
翼のときも苦労して顎を攻撃して倒した。
顎に欠陥を抱えてるから引退した。
試合の後にそう説明された。
なぜ忘れていたのだろう。
「お姉さまはわかっていたんですか」
「あの男、ボクサーとしては完成していた。それならどうしてこんなところにいるんだと思う?」
こんなところに来る人は理由がある。
単純に腕試ししたい喧嘩屋、表舞台でやりすぎた空手家、怪我を負って引退するしかなかったボクサー。
「さすがに不意の一撃だけでやられるなんて思わなかったけどね」
今、わかった。
お姉さまの強さのひとつはその観察眼だ。
「いてて、たんこぶできた。美少女になでなでしてもらわないとわりにあわない」
義則が後頭部を押さえて蹲っている。
「なかなかの耐久力ね」
お姉さまが手を差し伸べた。
「あ、ショタ総合取締役のお姉さん! たんこぶができたんだけど!」
「結構、大きいのね。切り取ってカレーの具にすればちょっと面白いかも。それにどちらかといえばもうちょっと年上のほうが好みね」
「突っ込むところそこですか?」
「発想が悪魔的! と、とにかく、あんたのおかげで勝てた! ありがとう!」
「こっちにも思惑があったからいいわ。それよりもあなたに話したい人たちがいるみたいよ」




