第25話 思い出された宝物
天蓋付きの寝台のカーテンの隙間から、柔らかな光が差し込んでいた。
昨夜の激しさを微かに残した体は、温かく逞しいカシスタンの腕の中に、すっぽりと包まれている。
「おはよう、アリアンディ。よく眠れたかい?」
「はい……」
私は彼の胸に頬を寄せ、昨夜の愛の余韻に浸っていた。
こんなに、満たされた朝は初めてだ。
「朝食のあとは、父上に話をしに行こう」
カシスタンの言葉に、現実に引き戻される。
「オリフタン様は……、どうなるでしょうか?」
思わず口に出してしまった。
「オリフタンが父上を尊敬しているのは、間違いありません」
「私もそう思います」
「罪に問われることはなくても、自らの弱さと向き合う必要はあります。彼自身が母親の呪縛から解放され、自らの意思で人生を歩むことを、父上も願っていますから」
カシスタンは、私の髪を優しく梳きながら言った。
「オリフタンが心配?」
「えっと、まぁ、少しは」
「どうして?君を――愛花を苦しめた男のことを、なぜ気にかけるんだ?」
私は驚き、彼の顔を見上げる。
「オリフタン様も、前世の政人も、母親の呪縛に囚われた犠牲者だと感じます。救われるべき人間だと、私は思っています」
「彼らを許せると?」
「いいえ、許せません。でも、憎めません」
「なぜ?」
「一度は、愛そうとした人だからです」
愛花は政人を愛していた。いや、愛して欲しかった。
「妬けるな。過去も前世も、他の男に想いを寄せるなんて」
「そんな、でも、今は……」
「今も、昔も、ずっと真っ直ぐだな」
黒曜石のように深く、愛に燃えるその瞳に、私は全身を射抜かれた。
「僕の隣で永遠に生きてくれたら、それでいい」
「カシスタン様」
彼の言葉は、まるで熱い誓いのように、私の心の奥底に響いた。
彼は私の手を握りしめ、そのまま熱いキスを手の甲に落とす。
「アリアンディ。僕と、結婚してくれませんか?」
突然のプロポーズに、私の心が大きく揺れた。
昨夜、彼の口から告げられた真実に、まだ心が追いついていないのに。
彼の言葉はあまりにも自然に、私の心に深く染み渡った。
「僕の唯一の光。あなたがいない世界ではもう生きられない。やっと。この手で触れられたのに、離れることなんてできないよ」
切なさを滲ませた彼の声が、私の心を震わせた。
彼がどれほどの孤独を抱え、どれほどの歳月をかけて私を追い求めてきたのか、その想いが痛いほど伝わってきた。
「共に帰ろう、ルートベアへ」
「はい……」
涙が頬を伝う。それは、幸福の証だった。
彼の胸に顔を埋めると、温かく、安心できる香りが私を包み込んだ。
その瞬間、私の脳裏に、一つの光景が浮かんだ。
愛しい、小さな女の子の顔。
「あ、あの子は……」
「アリアンディ?」
幸福の中で、私の口から、娘の名前が漏れた。
「愛美」
――そうだ、なぜ忘れていたのだろう!
「愛花には娘がいたんです。可愛くて、本当に、大切で……」
私の腕は、無意識に空虚な空間を抱きしめる。
カシスタンの、私を抱く手に力が入る。
「うん、そうだね」
「愛美がどんな人生を過ごしたのか、カシスタン様は分かりますか?」
希望と、絶望が入り混じった声で、私はカシスタンに尋ねた。
「愛花……あの子に、もう一度会いたい……」
震える声で懇願する私を、彼はしっかりと抱きしめてくれた。
「大丈夫だよ」
彼の声は、まるで魔法のようだった。
「きっと会えるよ。そう、たぶんそう遠くない……」
「本当に?」
「約束するよ。でも、今はもう少し、僕だけのものでいて」
私の頬を優しく撫でると、すぐに彼の唇が降りてくる。
朝の光の中で交わす口づけは、夜の闇の中で交わした情熱とは異なり、限りなく優しく、そして深かった。
窓から差し込む光は、私たちの永遠の愛を祝福しているようだった。




