第16話 僕らの部屋へ
トントンッ。
部屋の扉を叩く音がして、オリフタンの手が止まった。
その隙に、ベッドから逃げようとしたが、足首を掴まれ引き戻される。
「部屋に帰らせてください」
「お前の純潔の証を見たら帰してやる。すぐ終わる」
どうしたって、力では敵わない。
アリアンディが感じる恐怖心、愛花の込み上げる悔しさ。
2人の感情から涙が溢れてくる。
私の涙を見て、オリフタンがニヤリと笑う。
興奮が高まったのか、さっきより鼻息が荒い。
そういえば、政人も愛花が泣くと興奮した様子が見えた。
そう知ってからは、何をされても、決して彼の前では涙を流さなかった。
ああ、今は何もかも不快な記憶しか出てこない。
ドンドンッ!
さっきより強く叩く音。扉を破らんばかりの勢いだ。
「おい、下がれ!人を呼んだ覚えはないぞ!」
オリフタンの苛立つ声が響く。
「兄上、ドア開けてくれ」
カシスタンの声だ。
助けて!と、声を出そうとしたが、オリフタンの手が私の口を塞ぐ。
「邪魔をするな!」
「母上がお呼びだが、それでもいいか?」
私の涙が、オリフタンの手を濡らす。
「取り込み中だ!後で行くと伝えろ」
「自分で言うのも癪だが、母上は僕の帰省で随分と機嫌が悪い」
オリフタンの手から、わずかに力が抜ける。
「母上より大事な用がある――そう伝えてこようか」
オリフタンの顔色が変わった。
悔しげに舌打ちをし、私を睨みつける。
「すぐ行く」
ベッドから降りると、もう私になど関心ないと言わんばかりに、手早くガウンを羽織り扉を開けた。
「どけよ、カシスタン!いつになっても、おまえは邪魔者だな!」
廊下からの怒鳴り声が聞こえた後、品の無い足音が遠ざかって行った。
ホッとしたとと同時、身体の力が抜けた。
――ああ、可哀想なアリアンディ。
初めての相手が、愛しい恋人なら良かったのに。
いいえ。
例え望まない相手でも、あんな横暴な男でなければ、もっと優しく紳士なら、こんな恐怖心は無かったのに。
早く部屋に戻りたい。
でも、震える身体がうまく言うことをきかない。身体が恐怖で硬直する。
すると、黒い影が差し込む。
「アリアンディ」
優しい声に振り返ると、そこにはカシスタンが立っていた。
闇夜に溶け込むような、深淵な漆黒の長髪が、廊下の光を吸い込んで鈍く輝く。
「大丈夫ですよ。オリフタンはしばらくは戻りません」
ふわりと、心が落ち着く香りがした。
「カシスタン様……」
「怖がらせるつもりはありません。でも、怯えて泣いてる君を放っておけません」
彼は静かにベッドに腰を落とすと、私の頬を伝う涙を拭う。
そして、指先でそっと髪を撫でてくれた。
――この優しい指先を、私は知っている。
どこで?
それは、アリアンディの記憶なのか、前世の出来事なのか。
いつだって、肝心なことは思い出せない。
──愛花
──アリアンディ
優しく呼ぶ声は、幻聴か現実か。またポロポロと涙が溢れる。
「参ったな」
カシスタンが困ったように微笑む。
「愛おしくてたまらない」
そう言うと同時に――、
「きゃあ!」
私を抱き上げると、お姫様抱っこをされてしまった。
「ここは、不愉快な空気で息が詰まりそうだ」
黒耀石のような瞳には、一切の迷いも躊躇いもない。
「カシスタン様、何をなさるのですか」
「さぁ、僕らの部屋に行こう」
僕らの部屋?
尋ねるよりも早く、身体は宙を舞っていた。




