第14話 ルートベア辺境伯
混乱したまま夕食の席に着く。
私の前の席には、平然とした顔のカシスタンが先に座っていた。
重苦しい食卓。
カシスタンが気遣い、色々と話をしてくれた。
本当は、さっき私を『愛花』と呼んだ真相を聞きたかった。
だけど、そんな話ができるわけもない。
「カシスタン様が噂に名高い『黒耀の騎士』だったなんて、驚きましたわ」
「噂や通り名なんて、おおげさなものですよ」
カシスタンの話を、オリフタンとマルゼンダ伯爵夫人が苦々しい表情で聞いていた。
「ルートベア家は、僕の生みの母の実家なんだよ」
「生みの……?」
「おやめなさい、カシスタン」
マルゼンダ伯爵夫人の制止も意に介さず、カシスタンは言葉を続ける。
「僕は先妻の子供だから、母上と血の繋がりはないのです」
なるほど。
顔だちも性格も、なにもかもがマルゼンダ伯爵夫人と似ていない理由が分かった。
「ルートベア家には跡継ぎがいなかったので、10歳になる前に、僕は養子に出されたのです」
その後、隣国との戦争が活発化した。
国境に近いルートベア伯爵。カシスタンは軍人として義父と共に最前線に立った。
戦の中で、ルートベア伯爵は戦死。
その後、カシスタンの猛攻はすさまじかったという。
魔力を持つ石として重宝される、黒曜石のような瞳から、『黒耀の騎士』と噂が広まった。
ほどなくして終戦となった。
カシスタンの活躍は認められ、国境を守る辺境伯の地位を授爵された。
「おまえの活躍などなくても、戦はわが国の勝利だったはずだ」
オリフタンがワインを飲み干した。
――なるほど。
オリフタン親子が、カシスタンを快く思わない理由は単純明快。
厄介者の前妻の息子を養子に出したはずが、自分達より地位が上になってしまった。しかも、子民的ヒーローとして有名人になった。
それが、面白くない。
「アホらし」
私の小さな呟き。
「ん、なんだ?」
「いえ、別に」
オリフタンに睨まれる。地獄耳かしら。
「兄上が羨ましいよ。こんなにかわいいお嬢様と結婚できるなんてさ」
「じゃじゃ馬の間違いだろ」
「昨夜のことは、私のせいではございません」
「なんだと!」
私とオリフタンの間に火花が散る。
「いっそ、僕と結婚しませんか?」
ガシャンッ。
思わずナイフを落としてしまった。
メイドがすぐに新しいものを持ってやって来る。
「カシスタン様、ご冗談を」
「冗談で言ったつもりはありません」
カシスタンは楽しげに言うが、対照的にオリフタンは見るからに不機嫌そうに顔をゆがめている。
「――ところで、父上のご病気ですが」
カシスタンはにこやかに、しかし意図的にその話題を口にしたのだろう。
「思ったよりお元気そうで、安心しました」
ガシャンッ。
今度は、マルゼンダ伯爵夫人がナイフを落とした。
「会ったの?」
「ええ」
「どうやって?伯爵の部屋には外から鍵をかけていたはずよ」
「まるで監禁ですね」
「ち、違うわ!安静にするようお医者様に言われているからよ!人聞きの悪いことを言わないで」
伯爵夫人のヒステリックな声が響く。
「今度は、冗談ですよ」
カシスタンはほほ笑んだ。
「ただ、父上に挨拶をしただけです。養子に出たとしても息子ですから。何か不都合でもありますか?」
「い、いいえ」
カシスタンの言動全てが癇に障る、とでも言いたげだった。
やがて、重たい雰囲気のまま夕食は終わった。
部屋へ戻ろうと食堂を出ると、オリフタンがすぐに後ろから付いて来た。
「おい」
「オリフタン様、何かご用ですか?」
マルゼンダ伯爵夫人とカシスタンは、まだ話があるのか食堂に残っている。
機嫌が悪いことはひと目で分かった。
苛立つ雰囲気は政人にそっくりだ。
思わず、助けを呼ぼうかと食堂を見る。
「ついて来い」
「え、ちょっと!」
声を発する間もなく、オリフタンに腕を引かれた――。




