第12話 夕暮れの訪問者
領地の視察を終え屋敷へ戻ると、モズリンが笑顔で出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ」
手際よく手荷物を受け取り、近くに控えていたメイドへ渡すと、部屋へ運ぶよう指示をする。
「アリアンディ様がお出掛けの間に、お部屋を整理いたしました」
「ありがとう」
「それから――」
モズリンは声を潜めて、
「趣味の悪いベッドカバーは、ポーラディア領から持参した物に変えました」
私は思わず笑ってしまった。
馬車から降りたオリフタンが、怪訝そうに見ている。
「オリフタン様、奥様が戻られたら部屋に来るようにと」
メイドがオリフタンに声をかける。
「わかった。俺は母上に視察の報告をしてくる。おまえも――」
「有意義な視察でした。そう、お伝えくださいませ」
マザコン夫と、口うるさい姑の会話なんてごめんだわ。
オリフタンが、「チッ」と、舌打ちする音が漏れ聞こえた。
「カシスタン様、オリフタン様。今日はありがとうございました」
「いえ、こちらこそ、楽しい時間を過ごせました」
馬の頬を静かに撫でていたカシスタンが優しく微笑む。
「それでは、失礼いたします」
私はモズリンと屋敷へ入った。
「ねぇ、モズリン。お義母様の侍女や、他の使用人とはうまく付き合えそう?」
「心配ご無用です」
ふふっと、余裕の笑みを浮かべるモズリン。
「屋敷の使用人から色々と話を聞けました。ベテランのメイド長は、なかなか信頼できそうでしたよ」
女には女の戦い方があると、モズリンはよく口にする。
「心強いわ。でも自分も大切にしてね。モズリンが居なくなったら困るわ。私を孤立無援にしないでちょうだい」
「もちろんです。子爵家に帰れだなんて、2度と言わせませんよ」
会話をしている内に西棟の部屋に着いた。
「まぁ、ありがとう、モズリン!とても落ち着くわぁ」
部屋の扉を開けて、思わず声を上げた。
棚には愛用のティーセット、机には夜の日課である日記帳が置かれている。
カーテンもベッドカバーも、ポーラディア家から持参した物に変わっていた。
嬉しくて、ベッドに飛び込んだ。
「お嬢様!はしたないですよ!」
モズリンの声が響く。
普段は『アリアンディ様』と呼ぶのに、幼い頃の教育係だったから、怒るときにはつい『お嬢様』に戻るのだ。
「あーん、ごめんなさい、でも、少しだけ……」
「仕方ないお嬢様ですね。少しお休みくださいませ。お夕飯の頃にお迎えに上がりますから」
「うん、ありがとう」
モズリンが出ていく。
横たわったまま窓の方を見る。
バルコニーへ続く大きな掃き出し窓。
昨夜は満月が見えたけど、今はオレンジとブルーが混ざった夕焼け空が美しい。
「キレイな空ね」
この国には『太陽とすべての神は東から生まれる』という教えがある。
東の方角を重んじるから、当主や跡継ぎのオリフタンは東側の部屋。嫁の私は、西の端の部屋というわけだ。
愛花が住んでいた小さなアパートには、確か西向きのベランダがあった。
でも、隣の家の壁が近くて、日当たりが悪かった。
『子供を育てるなら、日差しの差し込む明るい部屋がいい』
愛花はそう伝えたのに、夫の政人は駅から近い利便性を重視した。
「西側の部屋も、悪くはないわね」
その言葉が口からこぼれた瞬間。
「同感ですね」
静寂を破るかのように、穏やかな、しかし芯のある低い男性の声。
ハッとして、弾かれたように起き上がる。
「誰……?」
「この部屋から見える、とても夕焼けは美しい」
バルコニーの大きな掃き出し窓の向こう、夕焼けを背に人影が現れた。
つい先ほどまで視察を共にしたカシスタンだった。




