第11話 マルゼンダ領の街
マルゼンダ領で一番大きなその街は、人々の活気に満ちていた。
乾燥した土地ゆえの土ぼこりはひどいが、石畳には行き交う人々の足音が軽やかに響き、工房からは金属を打つ規則的な音が絶え間なく聞こえてきた。
オリフタンの案内で、街の中心にある宝石店に入った。
ディスプレイに並ぶ品々はどれも格式高いデザインで、平民の手が届くものではなさそうだ。
「マルゼンダ卿、よくお越しくださいました」
店の奥から現れたのは、この街の管理を任されているカラシ子爵だった。
「店と工房を案内してくれ」
「かしこまりました」
すると、カラシ子爵はカシスタンの姿を見つけると、驚いたように目を細めた。
「もしやカシスタン様ではございませんか?
「ご無沙汰しております」
「お懐かしい!いつマルゼンダ領に戻られたのです?」
「昨日です。兄上の結婚式に参列するために」
カラシ子爵は目を細めた。
「こちらが、兄上のご結婚相手です」
「はじめまして。アリアンディ・ポーラディアです」
「ようこそ、マルゼンダの街へ」
本来であれば、オリフタンが紹介をするべきなのに!
私が小さく睨むと、オリフタンはフンッと鼻で返事をした。
「おふたりが小さな頃は、ここで遊んでいたんですよ」
カラシ子爵の昔話を聞くオリフタンとカシスタンの横顔が、どこか遠い目をしていたのが印象的だった。
兄弟として過ごした少ない時間なのだろうか。
◆◆◆
ひととおり視察を終えると、カラシ子爵が用意したお茶を飲むことにした。
少し疲れていた身体に温かさが染みる。
「いい街ですね」
私がそう言うと、オリフタンはわずかに顎を上げた。
褒められたことが嬉しいらしい。
カシスタンの視線を気にしながらも、どこか得意げな表情になる。
モラハラ気質の男って、こういうところがあるのよね。
承認欲求が強いから、褒められるとすぐ態度に出る。
「工房にいた宝石加工の職人は、ほかの領地から招いた方々なのですか?」
職人たちは聞き慣れない言語を話し、この辺りでは珍しい肌の色をしていた。
「南方の出身者だ。古来から石の加工に長けている」
カシスタンがお茶を飲みながら答えた。
「腕は確かだが、職人の誘致には金がかかる。そのため、今後は、より高値で宝石を取引できる相手を探しているところだ」
オリフタンが続ける。
「それは、つまり……?」
私と目が合う。
「たとえ没落していようと、公爵家と縁のあるポーラディア侯爵家の娘に目を付けたのは、そのためだ」
口の端を上げる。
そんな挑発、いちいち相手にしていられない。
「宝石を高値で売るだけではなく、この街そのものを発展させる方法は、考えていらっしゃらないのですか?」
言葉が自然と口をついて出た。
「また生意気なことを」
「兄上。至極当然の発言だと思いますよ」
オリフタンが眉をひそめる。
「商人だけではなく、一般の方が宝石を買いに来てほしいですね。宿屋や飲食店も繁盛するでしょう。人が人を呼び、やがて街全体が豊かになります」
前にも、こんな風に数字と睨み合っていた気がする。
利益率、投資回収、人材育成。
誰かの課題を解決するために、夜遅くまで資料と向き合っていた感覚。
景色は曖昧なのに、不思議と知識だけが残っていた。
これはきっと、愛花の記憶だろう。
「生産数を増やせませんか?」
「職人が足りん。工房も2つしかない」
私は頷いた。
「職人を育てましょう」
「育てる?」
「職人の訓練校を作るのはいかがでしょうか?」
オリフタンの眉間に深い皺が刻まれる。
「ここの領民に、技術を教える場を設けるのです。若者や孤児を優先すると良いでしょう。戦の影響で仕事を失った者も少なくありません」
「くだらん。そんなもの赤字になるだけだ」
オリフタンは鼻で笑った。
「領主が自ら教育へ投資するとなれば、社交界での評判も上がりますわ」
私はティーカップを置く。
カシスタンは面白い話を聞くように、じっと耳を傾けていた。
「母の叔父にあたる公爵家当主は、若者への教育支援に熱心なお方です。資金援助の交渉なら、お力になれるかもしれません」
そこまで言ってから、私は我に返った。
「……失礼しました」
頭を下げる。
「口を出す立場ではありませんでしたね」
「……」
「ただ、この街が好きになったからこそ、発展を願ってしまったのです」
「――いや」
だけど、オリフタンの反応は意外なものだった。
「職人が育つまでの間にも利益は必要だ」
すると、それまで静かに話を聞いていたカシスタンが口を開いた。
「見習いの作品を販売しらたどうでしょう」
私とオリフタンが同時に彼を見る。
「庶民でも手に取れる価格帯の宝飾品です」
黒曜石のような瞳が、静かに細められた。
「最初から最高級品を買える者ばかりではありません。ですが、美しい石を身につけたい人は多い」
「試作品やB級品、ということですね?」
思わず身を乗り出す。
「ええ」
カシスタンが微笑んだ。
「もし気に入れば、次は背伸びをしてでも、良い品を求めてくれる」
「素敵です!」
気づけば声が弾んでいた。
「見習いの作品も無駄になりませんし、売れれば励みにもなります」
オリフタンは腕を組み、考え込むような顔をしている。
「戦でも経営でも同じです。人を成長させるのは、叱責だけではありません。成功体験も必要ですから」
自然と会話が続く。
まるで昔から一緒に考えていたみたいに。
「職人が育てば、他国へ技術者を派遣することもできますわ。技術は目に見えませんけれど、大きな財産ですもの」
「その通りです」
カシスタンは楽しそうに頷いた。
オリフタンが不機嫌そうに私たちを見比べる。
「理想論ばかりだな」
そう言ったものの、先ほどのような嘲笑はなかった。
「兄上」
カシスタンが静かに笑う。
「なんだ」
「もしかすると、あなたはとても面白い花嫁を迎えたのかもしれませんね」
その言葉に、なぜか胸が熱くなった。
面白い。
そう言われたのは初めてだったからだ。
気づけば私は、カシスタンの笑顔を見つめていた。




