第10話 朝食
「おはようございます」
食卓には、マルゼンダ伯爵夫人、オリフタン、そして、カシスタンが着席していた。
「よく眠れましたか?」
伯爵夫人が笑顔で問いかける。
昨夜の騒動はなかったことにしろという、無言の圧を感じた。
「ええ、おかげ様でとてもよく眠れましたわ」
「よかったわ」
オリフタンは私を一瞬だけ見ると、すぐに視線を皿の上の料理へ戻した。
怒りを抑え込むように口元を引き結び、不機嫌そのものの表情だ。
そして、カシスタン。
彼は、私たち3人の間に流れる重苦しい空気を意に介せず、ただ穏やかにスープを口に運んでいる。
「マルゼンダ伯爵夫人。私はこのあと、どのように過ごせばよろしいでしょうか?」
「そうねぇ」
伯爵夫人はスープを飲む手を止める。
「屋敷のことを覚えないとね。まずは、メイド長と執事に色々と……」
「母上」
マルゼンダ伯爵夫人の言葉を遮るように、カシスタンが静かに発言した。
「領地の視察をされてはいかがでしょうか?」
オリフタンと伯爵夫人が同時にカシスタンの方を見た。睨んだという方がいいいだろうか。
「勝手なことを!」
オリフタンが声を荒げるが、カシスタンは平然としている。
「侯爵家のご令嬢が、嫁ぎ先の領地へ関心を持っていると知れば、領民も喜ぶのではないでしょうか」
「領民を喜ばせてなんになる」
「兄上、領民を軽んじる発言はお控えください」
正論にマルゼンダ伯爵夫人も反論せず、じっと話を聞いている。
「それに、アリアンディ嬢はポーラディア領の経営にも精通されていたと聞いております。この領地への理解を深めたい。そうお考えではないですか?」
「はい、ぜひ!」
私は思わず身を乗り出して答えてしまった。
「女が領地を知って何になる?必要ないだろう」
「あら、伯爵様に代わってこの領地を治めているのは、女性のマルゼンダ伯爵夫人ですよね?」
「っな!」
オリフタンの反論に、私は冷ややかに返した。
「伯爵家のことに口出しするつもりはありません。ただ、領地に関心があるのです。それは、不要なことでしょうか?」
「噂通り、聡明なお嬢様でいらっしゃる。母上もそう思いますよね」
カシスタンの視線には、侯爵令嬢を伯爵家が無下に扱うことを許さない、そう言っているようだった。
「わかりました。オリフタン、お前が街へ案内なさい」
「……はい」
伯爵夫人に命じられ、苦々しい表情でオリフタンがうなずいた。
「僕も同行させていただきます」
「なんだと?」
オリフタンは顔を真っ青にしたが、カシスタンは意に介さないという表情だ。
「久しぶりに生まれ故郷を見たいので。母上、いかがでしょうか」
「はぁ。もう、好きにして頂戴」
「ありがとうございます。それでは、またのちほど」
優雅に一礼すると、カシスタンは食堂を後にした。
――不思議な人ね。
その疑問を抱えたまま、私は領地視察の準備へ向かった。




