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リュウ

11.リュウ


エン


 俺は農村地の出身だ。やせた耕作地で麦を育てる両親、数だけは多い兄弟、典型的な農村の最下層民だった。ただ、俺には恵まれた体、大きさと頑強さを兼ね備えた肉体があった。食べる物もろくに無く、いつも飢えたガキだったが、何故か10歳で村の大人を上回る体に成長していた。


 はじめて戦場に出たのは11歳だった。村に逃れてきた落人を殺して奪った槍と皮の胸当てを着け、召集された村の大人に混じって戦った。それが何の戦で、何の意味があったのかは知らない、ただ命令されるがまま働き、多くの命を奪った。

 この最初の戦で分かったのは、人の命を奪うこと、人に命を奪われるかもしれないこと、このことについて俺は恐怖を全く感じなかった、だからこそ冷静に動くことができ、自慢の力で相手の命を簡単に奪うことができた。そう、俺は兵士が天職だった。


 それからいくつもの戦いを潜り抜け、いくつも武功を上げた。人を殺せば殺すほど名声が高まった。名誉を受ける度に思いだしたのが、村に住んでいた幼き日、すぐ上の兄貴が腹を空かせた俺の為に盗みを働き、人を傷つけた。その罪を問われ、足を切られ、その後まともに仕事に就くことも出来ず、貧困から抜け出すことが叶わなくなった。

 飢えから人を傷つけた兄貴が罪人で、何の感情もなく敵兵の、場合によっては兵士ではない無抵抗な人々の命を淡々と奪う俺が名声を得る。知識もなく、知恵もない俺でも何かがおかしいことはわかる。兄貴が盗みを働いたのは飢えからで、その飢えを生み出すのは戦であり、罪は戦を起こした欲深く、生まれながらに力を持っている王や豪族にあるのではないか、決して盗みを肯定するわけではないが、兄貴に厳罰を科すのは違うと思う。

 そんな漠然とした疑問を持ったまま、戦場に立ち続けた俺はやがては親衛隊に入り、職業兵士としての最上位に上り、貧困から遠ざかっていった。この先も、命じられるままに人を殺し続け、そのたびに栄誉と富を得ることが続いて行くのだろうと思っていた。


 28歳になった年のあの日、いつものように出仕し、詰所で暇を持て余していると、文官から天に仕える者の長にお仕えするように通達を受けた。すぐに挨拶に出向くようにと。

親衛隊の主な任務は要人の護衛だ。今まで王の護衛を務めてきたが、今の王は自ら戦場に出向くことがないため、王からの命を受け、謀反を企んでいると思われる有力な豪族、本音で言えば王が嫌いな豪族を討伐することが主な仕事だった。

 あまり好きな仕事ではなかったので、異動は正直嬉しかった。文官にはそんな顔も見せず、わざと仏頂面をして了解したことを伝えた。

 早速、長に挨拶をする為、祭祀場に向かうことにした。長がどんな人物かは知らないが、天に仕えているわけだから、それほど危険な所に出向くわけはない、ほとんどが、城壁の中での護衛だろうと漠然と考えながら歩いていた。

 祭祀場には、柱が何本もある大きく立派な建物があり、天に仕える人たちはここで暮らし、普段の祭祀は建物の中で行っている。建物に入り、長にお仕えするよう言われた旨を伝えると、大きな広間に通された。広間には何に使うのかよくわからない祭祀の道具や不思議な絵が飾られており、それらを眺めているだけで、待っている間、退屈することはなかった。

 しばらくすると一人の女性が現れ、長のエンだと名乗った。真っ白な衣、腰まである長い黒髪が印象的な美人であった、姿かたちも美しいが、凛とした佇まいが俺には何よりも美しく感じた。貧しい出の、兵士である俺でも、その存在は高貴な生まれであることを確信させ、ほんの一瞬だが見惚れてしまっていた。

そんなことを悟られぬよう、仏頂面をして名乗った。

「初めてお目にかかります、親衛隊所属のリュウと申します。王の命により、本日からエン様にお仕えいたします。先ずはご挨拶に参上いたしました。」

「女でびっくりしましたか、リュウ。」

静かな、しかし、しっかりとした声で尋ねられた。

「いえ、決して驚いてはいません、ただ、とてもお美しいと思っただけです。」

自分でも驚くほど素直に答えてしまった。答えた後赤面していくのがわかる、なんとも今まで味わったことのない不思議な感情だった。そんな俺の変化に興味もなく、ひょっとしたら男がこんな反応することに慣れているのも知れないが、エンは淡々した口調で、俺に質問をし始めた。

「あなたは今、この国がおかれている状況をどの程度理解していますか。」

「はい、残念ながら、国内外に多くの敵を抱え、国民の不満も高まっており、危険な状態だと認識しています。」

「そうですか、では、理解をしていると考えて話しを進めます。あなたが言うように、この国は危険な状態にあります。あと数日も、もたないでしょう。

 そこで王に進言し、王家の血を絶やさぬよう、王家の血筋を一人国外へ脱出させることにしました。王からはその護衛として、リュウ、あなたを指名されました。

 あなたには、王家の血筋一名ともう一名を連れ、誰にも気が付かれず、国外へ逃げ、しかるべき時が来たらこの国へ戻り、王家の血筋とともにこの国を再興して欲しいのです。

 あまり時間が残されてはいません、全てを急いで、準備を進めてください。この袋に宝石や装飾品など価値があるものを入れてあります。資金はこれを換金して使って下さい。」

 エンは、宝石がたっぷり入った袋を手渡し、下がって良いと言った。話の内容は理解出来たが、質問したいこともある。だが、それは許されないことである。危険な任務ではあるが、やりがいはありそうだ。人の暗殺より、人を守れるなら、その方が良いと単純に思った。


 エン、名前を聞いて理解したが、かつて、あれが王を魅了した女性か。噂では聞いていたが、本当に美人であった。あの王が夢中になるのもうなずける。確か、王との間に二人の子がいたはずだ。名前は、カイとリンシン。

 となれば、連れて行くのはカイだな。この国始まって以来の天才、神童と言われた子だ。確か年はもう二十歳だろうか。王には正室との間に男子が幾人かいるが、どれも特出した才能はない。そうであれば、再興を実現してくれる可能性が一番高い、その天才にこの国の運命を委ねようと思ったのだろうか。

 いいや、違う。王はこの国がどうなろうとも興味が無い。であれば、エンがカイを、自分の息子を生かしたい、国は滅んでも自分の息子だけは生かしたい、そんな母としての願いを王に訴え、了承させたと考えるのが妥当か。

 いずれにしても、俺はカイを無事に国外へ脱出させ、数年、場合によってはもっと長い間守り、機会があればこの地に戻ってくればいい。ただその任務を全うするだけだ。

 準備をしろと言われたが、王子を脱出させるぐらいであれば、準備も何も必要はない。王宮や街から誰の目にも触れず外に出るのは簡単だ。衛兵たちの士気も低い、金さえ積めばいくらでも見逃してくれる。

 荷物は数日分の保存食と武器だけだ。とりあえず自宅に戻り準備をした。


 翌日もエンのもとに出仕した。今日はカイとの対面があるようだ。エンは自分が必要だと思ったことしか口にしない。相手に何かを伝えようとすることに興味がないのか、配慮が欠けているのか、とにかく、良く分からない。召喚人がどうのこうと言っていた。

 だが、理解はしなくても良いのだ、はっきりとした命令だけ聞いていればいい。何も深く考えなければいい、兵士とはそういうものだ。

 エンの要請に従い、カイが現れた。とても線の細い、それでいて目に知的な光を宿した、母親に似た整った顔をした青年だった。エンから概要の説明を受けていたが、とても不満な様子だった。口答えする表情、呆れたような顔がとても幼く、頼りない印象を受けた。

 確かに頭は切れるのだろう。知識も多いのだろう。でも王宮の外、街の外にはほとんど出たことのないお坊ちゃまなのだ。国外逃亡の旅は決して甘いものではない、この青年に耐えられるだろうか。まぁ、耐えられないならそれまでだ、俺の責任ではない。

 やがて、不満を抱えたままカイは退出した。確かにカイが疑問に思った通り、召喚人とは何なのだろう。ただ、カイと違うのは、エンは嘘を言ってはいないし、彼女が現れるというのならば、必ず召喚人は現れる、と信じられるところだ。

 その後、エンは娘のリンシンも部屋に呼び、紹介した。リンシンは兄とは違い、陽の気が全身から溢れ、人を明るくさせる力を持っているように見えた。容姿も母親に似て、成長すれば、相当な美人になるであろうと思われた。

 こう言っては何だが、兄を生かすよりも妹を生かした方が、民のためになるのではないかと思う。あの兄からは、どこか王と同じ狂気が見える気がするからだ。その狂気は妹からは感じ取れない。

 リンシンは、明日召喚される人物の人柄、それから能力を見極めるように、エンから命を受けていた。エンの態度から、兄よりもリンシンの方を信頼していることが見て取れた。リンシンは兄に負けず、頭が切れるのだろう。

 その日は退出し、脱出予定日の衛兵を調べ、一番都合の良さそうな男に、金を用意して会いに行った。衛兵は顔なじみで、適当に下世話な女たちを連れ込むから、一時の間、門を無人にして見逃してくれと言い、金を渡すと、いやらしい笑みを浮かべ、他の当番もうまいこと誤魔化しときますので、ご安心を、と言った。

 これで、もう準備はない。街を出た後の逃走経路だが、暗殺の仕事で、この地の地形は全て頭に叩き込んである。俺以上の兵士はこの地にはいない、その自信からも、捕まる心配は全くしていなかった。


 召喚人


 次の日もエンのもとに出仕した。今日は召喚人が現れると言う日だ。得体が知れないものと思うと、多少は不安になるが、昨日の話しでは、今日現れた人物も連れて脱出しなければならない。まぁ足手まといにならなければ何でもいいが。

 夕方になるとエンがそろそろですと言い、カイを呼びに使いをやった。カイは昨日と同じく、呆れ顔をして、入り口近くでエンを見ている。

 現れる者が危険である可能性を考え、エンを守る体勢を取る。やがて、それは現れた。想像していたよりも不気味な形で。何もない空間に、黒い物が漂い、人を吐き出すと消えていった。カイはその様子を確認すると、血相を変えて、部屋から出て行った。

 その人、召喚人は気を失い、呼吸をしていない様だった。慌ててかけより状態を確かめる。やはり息をしていない。慌てて蘇生を試みようとしたが、エンに心配ありません、そのまま呼びかけて、意識を覚醒させてくださいと言われた。

 その指示通り、声をかけているとやがて男は目を覚ました。確かにエンのいう通り、大丈夫そうだ。そういえば、食べる事も、寝ることも必要のない存在と聞いていたが、呼吸さえ必要がないとは。召喚人とエンは呼ぶが、これは人ではない存在だと思った。

 意識を取り戻した男は混乱した様子で、何かを口走っているが、何を言っているのかが分からない、こちらの言葉も理解していないようだ。話が出来ないと分かると、エンは用意している部屋にお連れするようにと言った。


 部屋に連れて行き、椅子に腰かけるように促す。リンシンを呼びに、部屋を出た。リンシンは興奮した状態で待っていた。リンシンを連れ、召喚人がいる部屋に戻る。

 リンシンは必死に召喚人に呼びかける。しかし言葉は通じない。やがて身振りや手振りで会話を試み、そしてあっという間に召喚人の心に入っていったようだ。

 その明るさ、笑顔、時と場合によるが、それはとても強い武器だ。人は一人では何もできない、誰かの助は必ず必要だ。誰かの手を借りるためには、その武器が一番有効で、決して恐怖や物理的な力では、得られない効果がある。俺はそれを知っている。

 しばらく、身振り手振りを続けたが、さすがに細かいことが全く分からない。時間も遅くなったので、リンシン様、続きは明日ということで、と促し、部屋に戻らせた。エンの部屋に戻り、簡単な報告を済ませ、退出した。

 

 翌朝もエンのもとに出仕すると、リンシンはすでに召喚人のもとに訪れ、情報収集を試みているので、リンシンから要望があれば手伝うように指示を受けた。それから脱出の計画について、カイと打ち合わせをするようにとも指示を受けた。

 リンシンからは手伝いの要請がきていないので、カイとの打ち合わせを済ますことにした。カイには、4日、せめて5日以内には、国の勢力圏外へ出たいと言った。それから、その後の旅の工程に関しては、地理に詳しいカイ様にお願いしますとも言った。

 カイからは、この国を出てから身分を知られるのは得策ではない、今後カイと呼び捨てするようにと命を受けた。であれば、私のことはリュウさんと呼んでくださいと言った。

 この世間を知らないお坊ちゃまに、どこまで想像できるのか不安ではあったが、注意事項を伝える。逃亡は厳しいものになるし、少しの油断が命取りになることを忘れないで欲しいこと。それから、出来ることは自分でやること。そして、召喚人と三人で助け合って旅をすること。この三つを守って欲しいことを伝えた。

 カイとの打ち合わせが終わり、リンシンの手伝いをしようと探すと、王宮の庭で召喚人と話をしている姿が見えた。どうやらさらに意思疎通が出来るようになっているらしい。人ではない存在なのだ、言語の習得ぐらい簡単だろう。

 リンシンが会話を終えるまで待ち、召喚人の様子を聞いてみる。今日で、簡単な会話は問題ないところまで進んだことが確認できた。であればエンのもとに連れて行かねばならない。リンシン様ありがとうございました、と礼を伝え、召喚人を迎えに行き、エンのもとに連れて行った。

 リンシンのいう通り、たどたどしく、間は空くが、会話は問題なさそうだ。エンから自分の置かれている立場を説明され、混乱し怒っている様だが、こちらとしても知ったことではない。それに良く聞いてみると、自ら世界の平和をしたいと願って、この世界に飛ばされてきたらしい。これを正に自業自得という。

 しかし、世界の平和を望むだけあって、召喚人からは、邪悪さや狂気は微塵も感じられなかった。単に人が良いだけの普通の人間に見える。だが、実態は違う、この召喚人は人ではない、人の能力を圧倒的に凌駕する力を持っている。

 会話を続けても、らちが明かないので今日は終了だ。明日一日リンシンがさらに調査を進めるだろう。そして、明日の夜には、カイとこの男、召喚人を連れて出発だ。

 エンに明日は夕方に出仕する旨を伝え、退出した。


 今日で、しばらくはこの街ともおさらばだ。特に思い出がある訳でもないが、長年暮らした街でもある。多少なりとも縁が出来た知り合いもいる。彼らの顔を見て心の中で別れを告げる。彼らの中には、今夜起こる騒動で、命を落とす者もいるだろう。残念だが、俺にはどうすることも出来ない。

 かつての部下たちにも会いに行く。生き残っている者はわずかで、戦場で負った怪我がもとで兵士を引退した者も多い。怪我のおかげで、まともに働ける者も少ない。わずかだが、私財で金を忍ばせた土産を用意し、渡して歩く。

 中には、感が鋭い者もいる。今日、何かが起こり、俺が死ぬか行方をくらますか、どちらかであろうと見抜かれていた。ただ、あからさまに口にする者もいない。俺の立場を理解してくれる、優秀な部下たちだった。

 思ったよりも時間を使ってしまい、慌てて身支度をして、家を出る。エンのもとに出仕すると、早速、召喚人をここに呼び、そのままカイを連れて出発するように、とのことだった。リンシンから召喚人の能力について聞いておきたかったのだが、時間がないようだ。

 召喚人の部屋へ行くと、まだ戻ってきていなかった。探しに行くか迷っていたところに戻ってきたので、そのまま、エンのもとに連れて行く。嫌そうな顔をあからさまにされたが、仕方がない、時間はあまりない。

 召喚人をエンのもとに送り届けたら、次にカイを迎えに行く。カイはリンシンと別れの挨拶をしている最中であった。兄妹、今生の別れだが、ゆっくりとした時間は取ってやれない、短く、そして、有無を言わせぬ強さで時間です、と告げる。カイは名残惜しそうではあったが、黙ってエンの待つ部屋に向かってくれた。

 召喚人とカイを引き合わせた。召喚人にすぐに発つと言うと、またしても不満そうな顔で、理由を聞いている。時間が無いとは説明していないが、文句を言わず従って欲しいものだ。しぶしぶ出発を了承したので、3人で出発した。



 最初の5日間はさすがに緊張したが、眠ることのない、召喚人に見張りをお願いすることで、十分な休息を取りながら移動することが出来た。カイは慣れない移動で、疲れている様だが、この程度で音を上げるようでは、この先の旅は続けられない。今、まだ体力が十分に残っているうちに、体を慣らしておかなければならない。

 そんな時、召喚人がカイを背負うだの、荷物を持つだの、甘やかすことを言うので、きっぱりと甘やかすなと伝えた。その言い方がきつかったのか、距離を置かれたようだ。気にはならなかったが、旅に支障をきたすのは困る。この先、距離を縮めることを考えなければならない。


 カの国の勢力圏外に出た後、休息を兼ねて一つの集落で世話になることにした。どこにでもある、働き手をどこかの豪族に労働力か、兵力で徴収されてしまい、今にも滅んでしまいそうな集落だった。

 ここで食料の調達をしたかったが、集落は自分たちが食べる物も満足に用意出来ない状態だった。致し方なく、弓矢を拝借し、狩りに出ることにした。狩りに召喚人が着いて来ると言うので、それを許可した。

 狩りは驚くほど順調に進み、大きな鹿を獲ることが出来、召喚人の能力で、重たい鹿を難なく集落まで運ぶことも出来た。これでしばらくの間の食料は心配はいらない。本来ならば、余すことなく、肉を持って行きたかったが、集落の状況に、自分が育った村が重なり、鹿の肉を半分ほど置いてきた。気休め程度だが、少しの間でも子供らが飢えを感じないで欲しいと思った。

 集落を出た際に、カイが涙を流し、それを見た召喚人が、現実を知り、集落へ戻ろうとした。それをカイが止めた。召喚人が元いた世界では考えられないことなのかも知れないが、この世界では普通のことだ。

 涙を流したカイも、集落に戻ろうとした召喚人も、甘いのだ。生きて行くのは厳しい世界なのだ。でも決してその甘さは嫌いではない。この集落で過ごした三日間で、三人の距離はとても近くなったような気がした。


密林地帯


 密林地帯では巨人の集落に行った。始めの目的は、魔獣狩りだが、それは主に召喚人が対応していた。俺は集落の若者たちと武術の訓練に勤しんだ。この集落の者達は、運動能力がとても高い、基本的な能力に加え、覚えも早く、あっという間に真剣に相手をしないと、負かされてしまうようになった。

 カの国では、ここ何年も相手になる奴がおらず、つまらない思いをしていたが、ここでは退屈をすることがなかった。カイがひと月滞在したいと言った時には、こっちまで嬉しくなった。良い訓練になり、自分の技術を確実上げることが出来た。

 魔獣狩りで、またも召喚人の甘い一面を見せられたが、それは彼の良いところだ。彼からその甘さを取ってしまえば何も残らないだろう。単に甘いだけの男なのだ。


 この巨人の集落でカイは色々な技術を教わり、すぐに自分の考えを形にしていた。ことあるごとに、国の再興を約束させた甲斐があり、いつか自分があの地に帰り、国を再興することを真面目に考えだしたようだ。あの地に戻ったとしても、味方は少ない、その戦力差を埋めるための、新しい兵器を考えている。

 カの国始まって以来の天才的な頭脳は、より多くの人間を、効率的に殺戮する兵器を開発するために、力を最大限に発揮し始めていた。これは召喚人に知られてはまずい、全てを隠せるつもりはないが、隠せる部分は隠し通すしかないと思った。


港湾都市


 港湾都市では、この都市の実力者、いやこの地域一帯の実力者と言っても良い、チャンドラ氏との繋がりをつけるのが目的だ。カイの作戦で、チャンドラ氏に恩を売る。チャンドラ氏の弟と甥を殺したことで、召喚人にはチャンドラ氏との繋がりをつける目的に、気付かれたようだが、全てを知られた訳ではない。

 この程度のことを、あえて、分かるように見せることで、その先にある物を隠そうと考えた。どこまで通用したかは分からないが、召喚人は、カイは純粋な青年だと信じている。その信じる心は簡単に揺らがないはずだ。このまま何があっても、隠し通すのだ。

 犯罪組織壊滅作戦で見た召喚人の能力には感心した。人ではないのだから、当然なのだが、人間の動きではない。この能力は戦場で役に立つ、カイが王として立つ時には必要な能力だ。時間を掛け、召喚人を制御する方法を考えるのだ。そして。カの国再興の為、兵器として働いてもらう。


 その後立ち寄った山麓の村でも、召喚人はいつもの様にから回っていたが、とぼけているようで、たまに見せる鋭さに驚かされることがあった。こちらの思惑にどれだけ気が付いているのか確かめようもないが、3人の信頼関係は、より強固なものになっていると、感じられる。

 実際、召喚人には嘘をつき、利用しようと考えてはいる。が、信頼も信用もしているし、その人間味も好きだ。親友と言っても間違いではない。それでも俺には目的がある、エンから受けた命がある。それを果たさなければならない。

 村の孤児に、カイが名前をつけた。よりによって、自分が置いてきた親友と妹の名前と同じような名前だった。カイには感傷的になるなと、日頃から伝えているが、まだ幼さが消えない。その幼さが、命取りにならない様に、監視しなければならない。


城塞都市


 チャンドラ商会の伝手で、マハーナ氏が訪ねてきた。チャンドラ商会とともに、味方につけておかなければならない、実力者の一人だ。マハーナ氏からの無茶な依頼を断るかと思ったが、カイは何故か了承した。後から聞くと、兵を都合してくれるとの約束だ。これでは受けるしかない。

 かねてより構想のあった、石弓と捕獲網の試験を兼ねて、城塞都市の盗賊団を捕獲することにした。召喚人の能力で、盗賊団の実態が正確に把握出来れば問題ないだろう。万が一窮地になれば、盗賊団員など皆殺しにしてしまえばいいだけだ。

 作戦は思いのほか、うまく行った。あの雨は本当に助かった。後は、石弓と網を知ってしまった、弓兵隊の処分だ。カイが手を下すのは不味い、かと言って、情を掛けるのは反対だ。

 俺が独断で、弓兵隊を処分するように見せ、召喚人に止めてもらい、カイはそんなことを考える男ではないことを召喚人に印象付ける。弓兵隊は山麓の村へ押し込め、しかるべき時が来たら、村人ごと、処分するか。

 案の定、召喚人は止めに現れた。カイも俺の独断に焦り、何か手を考えただだろう。予定通り、あの技術は山麓の村へ閉じ込めることが出来た。カイからチャンドラ氏に、時が来たら村人全員を始末できる手配の依頼をさせた。これで、当面は安心できる。


ザラス


 砂漠でザラスという青年にあった。カイと同じような臭いがする青年だった。この青年の存在が、この後の旅に大きな影響を与えるのではないか、そんな予感があった。それが良い方向に変わるのか、悪い方向に変わるのか、判断がつかない。

 ザラスと話しをすればするほどに、カイは自分の目的から遠ざかっているようだ。これは良くない傾向だと言える。早めにこの青年と別れなければならない。

 そんな時、ザラスが闘技会の話しを持ってきた。この闘技会に出て、アルムからきたハルタミの都市の管理官に渡りが着けられれば、ザラスの目的に近づくだろう。そうすれば、ザラスをここに置いて、旅が続けられる。

 もう少し、あともう少しなのだ。チャンドラ商会とマハーナ商会の後ろ盾は得た。他国にはない新兵器の実験も順調に進んでいる。その武器の量産体制を確立するためには、後1年が必要だとチャンドラ商会から言ってきている。

 この残り一年の旅で、召喚人を雁字搦めに縛り付け、言うことを聞かせられる関係性に成熟させるのだ。そうすれば、あの地に帰れる。故郷に帰れるのだ。それまでは、カイにも頑張ってもらわなければならない。ザラスの存在で夢を見られては困るのだ。


 闘技会には俺が出ることにした。召喚人はカの国にとって、最大で最強の武器だ。こんなところでその能力を披露する訳にはいかない。

 闘技会での準決勝、何とか見せ場を作りギリギリの勝利を演出した。ところが次のハルタミの英雄とアルムの騎士団長との試合は大誤算だった。アルムはこの試合を見せるために、この闘技会を開催したのだ。

 次のアルムの騎士団長との試合は負けなければならない、出来れば早々に。だが、そんな調整が出来るほど余裕を持った試合が出来る相手ではない。下手をすれば命はない。難しい選択を迫られた。

 何とか死なない様に試合を進めたが、騎士団長の強さには参った。もう、命を取られる覚悟をしたとき、試合が中断された。命拾いをしたが、それは、先送りにされただけで、命は危険にさらされたままだった。


 怪我の治療が終わり、アルムから来た管理官、シンに面談した。そして現実を突きつけられた。シンとの面談で、カイは生きる気力を失ってしまった。何度も話しをしたが、もう無理だった。やっとの思いでここまできたが、主役がやる気を失ってしまえば、舞台の幕はあがるまい。

 やはり、カイではなくリンシンだったのだ。国の再興を託すに値する人材はリンシンだったのだ。何故、エンはカイを選んだのだ、男子だからか、それとも他に何か理由があったのか。今となっては確かめようもない。すべては今更だ、後悔しても始まらないが、全ての選択に後悔し始めた。

 カイは残りの人生を楽しもうとしてか、ザラスと語り合う日々が続いていた。やがて、死出の旅路への使者が訪れ、我々をアルムまで運んで行った。もう俺にはどうすることも出来ない。だが、カイと一緒に死ぬか、それとも生き残るか、判断出来ないでいた。

 アルムの都市では騎士団長がわざわざ忠告しに来てくれた。このまま逃げろと言っている。それをカイに伝えても、カイは逃げなかった。

 やがて王宮に呼び出され、王の間に入った。この厳重な警備体制では逃げることは出来まい。やはりカイと共に死ぬ運命のようだ。諦めて死を待ったが、長年戦場で磨いた危機管理能力は体に染みついていた。自分の意思とは関係なく、相手の一撃を避け、反撃をしていた。

 カイを見ると、望み通り死んでいた。召喚人は放心状態だ、いくら攻撃が効かないと言っても捕まってしまえばお終いだ。とにかく逃げろと叫んだが、届いていないようだ。こちらもアルムの衛兵と組み合っている状態では何も出来ない。

 次に召喚人を見た時には、何故か襲っていた兵が転がされ、腕を折られている。気が付いた時には、俺が相手をしていた衛兵も同じように転がされていた。そして次々に敵を転がし、あっという間にアルムの王をおさえた。

 それは人の速さではなかった、獣のような速さだ、あぁ、やはり人ではないのだ。しかしなぜ、この能力を今まで隠していたのだ。これほどまでに圧倒的な能力であれば、闘技会に出場させ、その力で、アルムもハルタミも屈服させられたはずだ。カイが生きることを諦める必要はなかったのだ。

 だが全てがもう遅い、もうどうでも良くなった。この7年間の努力は無に帰した。俺自身もカイと同じように生きる気力を失っていた。


 王宮を出てから、騎士団長の屋敷に世話になった。カイを奇麗に拭き、弔う準備をする。結局この青年を俺はどうしたかったのだ。命令されるまま、俺は行動してきた。カの国を再興させ、カイをその王にするべく、努力をしてきた。

 カイもそれは分かっていたはずだ。でも、頭では理解しても心では理解してくれなかった。非情になれ、利用できる者は利用しろ、他人を信じるな、甘えるな、何度もカイに伝えてきた。だが、それが最後にはカイを壊してしまったように思える。

 俺の人生は無駄に終わったのだろうか、そう思うと自然に涙がこぼれていた。


 カイを無事に火葬することが出来た。遺骨を持ってカの国に戻り、弔ってやろうと思う。せめてそれぐらいはしてやらねばならないだろう。召喚人にも付き合ってもらう。この人ではない者の、利用価値はいくらでもある。

 疲れることを知らず、眠ることもない。食べ物も飲み物も必要とせず、おまけに獣のような速さで移動する化け物だ。さらに助かるのは、人に甘いところだ。こちらから頼めば何でもやってくれる。こんな便利なことはない。

 それに、俺はこの人ではない者が好きだ。


 最後


 砂漠に入ったあたりから、腰に違和感を覚えるようになった。最初は歳のせいで疲労でも溜まったかと思ったが、どうやら違う様だ。交易都市に入る頃には、痛みで歩くことが苦になっていた。

 だが、それを召喚人に言うのは躊躇われた。無駄に心配もするだろうし、情けをかけられるかもしれない。それは何となく嫌だった。散々利用してきた癖に、今更言えないのもおかしな話だが。

 山麓の村に帰った頃には、腰の痛みと、ひどい倦怠感に襲われる毎日だった。もう、自分の体はもたないことが、何となく理解出来た。あとどのくらい残された時間はあるのだろう。痛みとの戦いを人に見られたくなく、なるべく人目に付かず過ごした。

 やがて、港湾都市に向かうことになり、召喚人と旅に出た。歩くことが苦痛であったが、このまま旅先で召喚人に見送られながら逝けばいい、村で皆に見送られるのは柄じゃない。そう思って、必死に歩いた。

 港湾都市についた頃には、意識を保つのがやっとだった。宿で一度横になったら、もう立ち上がることは出来なかった。やがて召喚人に気付かれ、医者を呼ばれた。医者はもって半年と言っていたが、そこまでもちはしまい。


 召喚人はチャンドラ氏に面会したはずだ。チャンドラ氏には、カイの技術は自由にしていいと伝えてある。その代わり、カイが秘密を守るために、山麓の村の人々を抹殺しようとしていたことや、その他計画していた、大量殺りく兵器については、召喚人に知られないようにして欲しいと約束してある。

 うまいこと召喚人を追い払い、二度とチャンドラ商会との接点を持たせないことで、カイの面目は守れるだろう。


 次に気が付いた時には召喚人がそばにいた。薬を飲ませてくれたおかげで、痛みは随分と楽になった。召喚人は、苦しそうにカの国には行けない、山麓の村に戻ることを説明してきた。この体では、少しの旅も耐えられそうにない。その案を了承した。

 山麓の村までは、召喚人が背負ってくれた、食事の世話や、薬も飲ませてくれる。安心して眠りながら移動でき、あっという間に村へ到着した。村へ到着してからは、子供たちが代わる代わる面倒を見てくれ、とても楽しく過ごすことが出来た。

 カイは、望んだとは言え、あんな最後であったのに、俺は尊敬をしてくれる子供達に囲まれて、寝床で死ねるのだ。こんな幸せなことはない。ただ命令されたことを遂行するためだけに、カイや召喚人を利用するだけ利用した、こんな男の最後がこんなに幸せで良いのだろうか。


 自分の死期が近づいたと思った時、召喚人を外に誘い、お願いと謝罪をした。カイ王子をカの国に帰してあげて欲しいこと、それから今までの旅の御礼だ。3人それぞれの思惑があっての旅であったが、楽しく旅が出来たのは間違いなく召喚人のおかげだった。感謝しかない。

 この、人ではない存在が、人が支配するこの世界でうまく生きて行けるだろうか。人ではないが、普通の人間以上に人間らしさを持ち、どこまでも優しく、どこまでも甘い、この存在が、俺のような自分のことしか考えられない奴に利用され、裏切られ、差別を受けないだろうか。それが心配になる。

 そう思うと涙がとまらなかった。せめて、病気にならず、老衰で死ぬまでは一緒に過ごしてやりたかった。ほんの一時でも、笑って過ごせる時間を、俺がつくってやりたかった。


 部屋に戻り横になる。もう時間はなさそうだ。天に還ったらカイ王子に会えるだろうか。いや、カイ王子は俺に会いたいとは思わないだろう。いつか天から地上に戻ってくることがあるならば、召喚人には会えるだろうか。いつか、また3人で旅をしたい、そう願って目を閉じた。

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