旅の終わり
10.旅の終わり
ザラスとの別れ
アルムの都市を後にし、歩いてハルタミへ帰る。自然と口数も少なくなり、3人とも黙って歩き続けていた。行きは、馬車で2日の旅だったが、帰りは徒歩で3日の旅だった。
ハルタミの王都に入り、宿をとった。明日にでもシンに面会を申し入れようと思う。そしてザラスへの助力をお願いしよう。そしてザラスとは別れ、リュウと二人で、カの国に帰ろう、カイを故郷に帰してあげよう。
シンは忙しい身だろうに、翌日には面談に応じてくれた。3人でシンに面会し、団長からの手紙を渡す。シンは手紙を読むと、その手紙を大事にしまい、話しを始めた。
「まずは、我が国の貴殿らに対する非礼をお詫びさせていただきたい。私の名において、身の安全を保証すると言っておきながら、王の暴走を許してしまった。結果、貴殿らの大事な仲間を失うことになってしまい、お詫びのしようもないが、ただ謝罪はさせて欲しい。」
そう言うとシンは立って頭を下げた。過ぎたことですから、とでも言えば良かったのかも知れないが、何も言えなかった。リュウもザラスも黙ったままだった。シンは席に戻り、話を再開した。
「騎士団長からの依頼は承りました。今後、ザラスさんが行う、ハルタミにおける活動に対しては、アルムは干渉しないことをお約束いたします。ただ、協力は出来かねます。」
ザラスはそれで構いません、と言った。これで、あからさまな、嫌がらせにはあわないだろう。ただ、協力者はいない、また、一人で立ち向かわなければならない。一族からも見放され、ザラスは天涯孤独の身だ。
それでもザラスは決して諦めない、自分の信念を貫くだろう。カイの死によって、良くも悪くもザラスは大きく変わった。今までのような真っ直ぐな行動だけではなく、カイに約束した理想を叶えるためなら、悪事にも手を染めるだろう。自分が嫌悪してきた、権力者に取り入ることもするだろう。それを咎める、止めさせることは出来ない。ただ、人を傷つけるような真似だけは、しないで欲しいと願うだけだ。
シンとの面談を終え、王宮から宿に向かった。ザラスには、これでお別れだねと言った。ザラスは一瞬悲しい表情を見せたが、笑顔で、はい、そうですね、と答えた。今晩は3人で過ごす最後の夜だと言って、酒場に繰り出した。
カイの話は散々したし、今更語ることもないと思っていたが、話題を変えても結局はカイの話題に戻ってしまった。そんなことを何度も繰り返し、リュウもザラスも珍しく、悪い酔い方をしていた。酔いつぶれた二人を担ぎ、部屋に戻り、寝かせる。
皆が寝てしまえば、孤独になる。今夜も一人長い夜を過ごさなければならない。
翌朝は案の定、二人とも二日酔いで頭が痛いと言っていた。冷たい水で顔を洗わせ、身支度をさせる。三人で宿を出て、いよいよ最後の別れだ。
もうザラスに会うことはない、ザラスが生きている間に、この地には戻っては来られないだろう。悲しい表情をしているつもりはなかったのだが、ザラスがこちらを向いて、元気に言った。
「召喚人、そんなに悲しい顔をしないでください。私は自分の成すべきことを実現します。あなたが心配している人を傷つける事もしません、約束します。しっかりと教えに従い、カイさんが望んだように、身分や生まれによる差別がない世界を目指して、教えを広めます。だから、そんな、悲しい顔は、どうか、やめてください。」
ザラスは途中から大粒の涙を流し、それでも真っすぐにこちらを見て、泣きながら笑顔を見せた。そこには男の決意があった。その決意に応え、激励を送る。
「ザラスさん、あたしはあなたを信じています。あたしは、あなたがどんな困難にも負けずに、立ち向かう勇気を持っていることを知っています。きっと、あなたはやり遂げる、たとえ、何年かかったとしても。きっとカイさんの理想を実現するでしょう。」
そういって、手を握り合った。そして、手を放し歩き出す。リュウは黙って歩き出した後をついて来る。ここで後ろを振り返ってしまえば、ザラスが心配でこの都市を出られないような気がした。とにかく後ろを振り返らず、都市の出口、砂漠の入り口へ向かい、真っすぐに歩いた。
帰路
リュウと二人の旅は想像の通り、味気が無いものだった。もともとリュウは口数が少ない。こちらから話しかけても反応は薄い。それでも嫌なことはなく、余計な気を使わない分、楽な旅だった。
砂漠を越えるのも、3人で旅した時より順調にすすみ、想像していた工程を大幅に短縮することが出来た。そして交易都市に入った。
交易都市に入ると、すぐにマハーナ氏からの使いが現れ、マハーナ氏と会うことになった。マハーナ氏にはカイの凶報が届いていた。こちらの姿を見るなり、泣いて駈け寄り、手を握り、慰めの言葉をもらった。マハーナ氏は本当に人が良い、これで本当に商売が出来るのかと、こちらが心配させられる。
マハーナ氏からは、カイの意思を引き継ぎ、子供たちの教育機関を拡大、発展させた。是非、視察に訪れて欲しいと言われた。それを受け、マハーナ商会の案内人に連れられ、リュウと二人で教育機関の視察を行うことにした。
はじめは倉庫からスタートした学び舎だったが、今では専用の建物がある。建物には、読み書き計算を学べる部屋、職人の技術を学べる部屋、兵士になるための知識を学べる部屋など、それぞれの分野ごとに学べるように工夫されていて、孤児たちの適正や希望で、学ぶ内容を選択することが出来るようにしている。
また、学び舎の隣には宿舎があり、孤児たちは、自立できるまでここで暮らすことが出来る。食費は自ら稼がなければならないが、家賃は不要だ。
いずれ、この孤児たちの中から、この都市の政治や技術、そして安全を担う人材を育成するのがマハーナ会長の夢であり、口癖なのだと案内人が言っていた。そして、今は運営費をマハーナ氏の個人資産で賄っているが、今後は、都市として運営を行い。都市に暮らす皆で、貧しい子供達を救う活動にしたいとも言っていた。
カイの望んだものは、マハーナ氏にしっかりと受け継がれ、形になりつつある。これはカイの生きた証の一つだ。施設を見学して、リュウもとても満足気だった。
その夜はマハーナ氏に歓待を受け、楽しんだ。交易都市には滞在するつもりはなく、翌朝には、マハーナ氏に御礼を言い、都市を後にした。そして山麓の村へ向かった。
山麓の村では、皆が待っていてくれた。遠くから、誰かがこちらの姿を見つけると、次々に声を掛け、村の入り口に村人が集まって、出迎えてくれた。だが、3人ではなく、2人で帰ってきた姿をみて、気がついた者は、暗い表情を浮かべていた。
カイの訃報は村全体を悲しみで包んだ。この村を、豊かで安全な場所に変えてくれた英雄の死を、皆が悲しんだ。特に、ハオやリンをはじめとする子供達の悲しみぶりは、大変だった。皆、カイのことを心から尊敬していたのだ。
村には一月ほど滞在した。皆の悲しみが薄れるまで、何となく心配だったからだ。でもそんな心配は必要なかった。皆、カイに恥じぬよう生きて行かなければならないと、今まで以上に活気ある村にしようと、張り切って働くようになっていた。
リュウは変わらず無口だが、一人でいることが増えたように思う。一つ一つの場所が、カイとの思い出に溢れ、感傷的にさせているのだろうか。
ハオやリンにカイを故郷に送り届けたら、必ずここに帰ってくると約束をして、リュウと共に、先ずは港湾都市に向け出発することにした。
港湾都市では、チャンドラ氏に面会しなければならない。カイとチャンドラ氏との間に交わされたと思われる、密約や契約については、内容が分からない。カイのことだから、自分が死んだ後のことも踏まえて、チャンドラ氏と話しを詰めていたに違いないが、それでも、その内容を想定した上で、話しをする必要があると思っていた。
港湾都市に入ると、宿を取り、チャンドラ氏に面会を申し入れる。チャンドラ氏はなるべく早く面談しましょう、と返事をくれた。翌日の朝、早ければ今日にでもチャンドラ氏と話が出来るかと考えていたが、リュウが時間になっても起きてこなかった。
心配になり、リュウの部屋を訪ねると、リュウは苦悶の表情を浮かべ、苦しみながら、横になっていた。慌てて駆け寄り様子を見る。とても手に負える状況ではなく、チャンドラ商会へ連絡し、信用のおける医師を紹介してもらった。
程なくして医師が到着した。医師はリュウの体を丹念に調べ、そして、胃に問題があるようだ。残念ながら治す手立ては持っていない。命はあと半年程度だろうと宣告を受けた。臓器が、がん細胞に冒されているのかもしれない。でもこの世界の医療技術では、助けてやることは出来ない、治す薬も当然ない。
気休めにしかならないが、と医師から痛み止めを貰った。リュウに飲ませ、様子を見ていると、痛み止めが効いたのか、やがてリュウは目を覚ました。そして申し訳なさそうにこちらを見て、すみません、と言った。今更何を話ししても意味はないが、文句の一つでも言わないと気が済まなかった。
「リュウさん、何で黙っていた。痛みは前からあったはずだ、どうして相談してくれなかった。今思えば、砂漠を越えている時から、いつにも増して口数が少なかった。その時からですか痛みは。」
リュウは起き上がれず、寝たままの姿勢で返事をした。
「最初に違和感を覚えたのはその頃です。腰のあたりが痛くなりました。歳のせいだと思って、それほど心配はしていなかったのですが、村に着いた頃には、痛みが強くなっていました。
でも、カイ王子を連れて帰るまでは、弱音は吐けないと思い、黙っていました。結果的に迷惑をかけてしまい、申し訳ないと思っています。」
寝たままの姿で頭を下げるリュウに、この男らしいと思った。村に帰ってきた頃には激痛に襲われていただろうに、何にも言わず、黙って、村を出てここまで歩いてきたのだ。これ以上は何も言うまいと思ったが、せめて体の不調くらいは相談して欲しかった。
チャンドラ氏との面会が決まり、リュウを置いて一人でチャンドラ氏に会うことにした。チャンドラ氏は、本当に悲しいような、がっかりしたような顔で、カイのことはとても残念だと言った。早速チャンドラ氏に聞いてみる。
「チャンドラさん、私が知らない範囲で、カイがあなたと、どんな約束していたのか、教えていただけますか。もし、果たさなければならない約束があるなら、カイの代わりに私がその約束を果たしたいと思います。」
すると、チャンドラ氏は不思議そうな顔でこちらを見つめ、そして笑いながらこう言った。
「なるほど、カイ王子の言っていた通りの人だ。実にお人よしだ。これではカイ王子を守れなくても仕方がない。召喚人、私はカイ王子を守れなかったあなたと、リュウを許す訳にはいかないのですよ。本当に怒っているのです。
カイ王子は争いの絶えないこれより東の地を、平定してくれる可能性があった人だ。その才能は計り知れなかった、それが失われてしまった。この損失はとても大きい、あなた方は一人の人間を守れなかったことで、何千何万という人々を苦しめる結果を生み出した。これは紛れもない事実です。
それでいて、カイ王子が出来なかった約束を果たしたいと、言うのですか、あなたは。では、あなたに東の地を平定出来ると言うのですか、何という浅はかさ、なんとう無恥さ、とても話になりません。」
チャンドラ氏は怒っていた。本当はもっと怒鳴りたい気分だっただろう、話しをしながら握りしめた右の拳が震えていた。確かにチャンドラ氏の言う通りで、反論の余地はない。
何か言わなければと思ったが、何も出てこなかった。やがてチャンドラ氏がしびれを切らしたのか、会話を再開した。
「私も興奮して、率直に言い過ぎたようです、失礼しました。ですが、私の気持ちは先ほどの通りです。今後、あなたやリュウに協力する気も、話しをするつもりもありません。
ただ、あなたが心配していることは分かります。カイ王子が考えた、様々な技術、武器の製造法、運用方法については確かに私が預かっています。しかし、ご安心ください。それらの技術については、私が責任を持って廃棄します。
私は、カイ王子が平安をもたらしてくれると信じたからこそ、協力したのです。決して商売のために協力した訳ではありません。カイ王子亡き今、人を殺めるためだけの技術はもう必要ありません。その技術を使って商売をしよう等とは思ってもいません。」
チャンドラ氏はきっぱりと言い切った。これ以上、何も言えなかった。ただ、リュウのことはチャンドラ氏に相談するしか手立てがない。相談するしかない。
「チャンドラさん、お話は分かりました。あなたを信用しています。どうかそのお言葉通り、カイさんが開発した技術は廃棄をしてください。
恥をかいたついでに、図々しいようですが、もう一つお願いを聞いて欲しいのです。今、リュウは病気に苦しんでいます。手配をして頂いた医師には、あと半年の命だろうと言われました。
もう治すことは難しいと分かっています。ただ、何とかリュウが苦しまず、痛みから解放され、安らかに過ごせるような薬を、手配して頂けないでしょうか。どうかお願いします。」
頭を下げ、誠心誠意お願いをする。チャンドラ氏の表情は見えない、とにかく痛みを和らげる薬を半年分もらうまで、頭を上げる訳にはいかなかった。すると、静かな声で、良いでしょう、とチャンドラ氏の声が聞こえた。
顔を上げるとチャンドラ氏は、穏やかな表情で、続けてこう言った。
「半年分の鎮痛剤、と言っても麻薬になりますが、すでに医師に準備するよう指示を出しています。今日中には宿に届くでしょう。
その麻薬を持って、山麓の村へ帰り、残りの時間を一緒に過ごされるのが良いでしょう。」
チャンドラ氏はそう言って、席を立ち、部屋の扉を開けた。とにかく御礼を言って部屋を出て、リュウの待つ宿に帰った。
リュウは良く寝ていた、薬が効いたのだろう。久々に痛みを我慢せずに、寝られたに違いない。リュウが目を覚ますまで、待つとしよう。リュウが寝ている横で、椅子に座りながら、ぼんやり今までの旅を思い出す。
はじめはどうなるかと思っていたが、お互いを理解してからの旅は本当に楽しかった。カイもリュウも楽しそうにしていた。辛いこともあったと思う。それでも楽しい思い出の方が多い。ついこの間までは、このまま3人で西の果てまで、楽しく旅を続けるのだろうと、漠然と思っていた。それがこの短期間で、1人きりになってしまいそうだ。これほどの悲しみはない、心が折れそうだ。
リュウが寝ている間に鎮痛剤が届いた。医師からは半年分だが、使えば使うほど効果が薄れる。人の体質にもよるが、3カ月も使えないかも知れないと言われた。それでも、少しでもリュウの痛みを感じなくなるならありがたい。
また椅子に座り、思い出に浸っていた。気が付くといつの間にかリュウが目覚めていた。リュウは天井を見つめ、何も言わない。黙って見ていると、カの国へカイ王子を送り届けるまで、俺の命は持つでしょうか、と天井を見つめながら呟いた。
もうカの国へは行けないと、本当のことを伝えるべきか考えた。リュウを背負い、カの国まで走り続ければ、半年以内には十分たどり着ける。但し、天候を考えない場合だ。それに、そんな過酷な移動に、今のリュウの体が耐えられるとも思えない。やはり、チャンドラ氏の言う通り、山麓の村へ帰るしかないのだろうと思う。
リュウには、体のこと、カの国には行けないこと、山麓の村へ帰ることを説明して、納得して欲しいと伝えた。意地でもカの国へ行く、と言うのではないかと思っていたが、あっさりと、了承してくれた。
自分の体のことは自分では気が付かないものだ。ただ、リュウはすでに、体を動かす気力も残っていないのだろう。どんなに頑張ってもカの国には戻れないことを、本能的に理解している様だった。
翌日にはリュウを背負って、山麓の村へ帰るべく出発をした。なるべく急ぐが、リュウの負担にならないよう静かに歩いて行く。幸い天気が良く、月明かりも十分だったので、夜通し歩くことが出来た。
リュウが痛みを我慢している様であれば、食事と水分を取らせ、薬を飲ませた。それ以外はとにかく眠ってもらえるようにした。そして二日目の朝に、山麓の村へ到着することが出来た。
村へ着くと、ハオとリンに事情を説明し、リュウの部屋を用意してもらう。今後は子供たちが交代でリュウの世話をすることになった。ハオは、カイに続きリュウまでも失うことになるのかと泣いていた。リンは自分の悲しみをおさえ、泣いているハオを叱り飛ばしていた。
リュウは気分が良い日には外に出て、子供たちに武術を教えていたが、少し疲れが溜まると三日は起き上がれなかった。日に日に力を失っていくリュウの姿を見るのは本当に辛かった。
3カ月ほど経ったある日、リュウに誘われ、外で話をした。リュウはすっかり痩せてしまい、歩くのもやっとの状態だった。それでもその日は調子が良いのか、しっかりとした口調で話しを始めた。
「召喚人お願いがあります。私が天に還ったあと、カイ王子を故郷に連れて行ってあげて欲しいのです。本当であれば、それは私の役目なのですが、どうやら果たせそうにありません。どうかよろしくお願いします。」
もちろんです、お約束します、と力強く答えた。リュウは続けてこう言った。
「召喚人、あなたに会って、旅を始めてもうすぐ7年です。あっという間でした。一つ一つ、旅の思い出は鮮明に思い出せます。
カイ王子との3人旅は本当に楽しかった。戦いに明け暮れた私のそれまでの人生は虚しいものでしたが、この旅で私にも生きる喜びが芽生えました。そんな風に思える様になったのは、いつもあなたが私たちに優しく、旅を楽しいものにしようと努力してくれたからだと思います。
何だかあらたまって言うのは照れるのですが、もう伝える機会もないかもしれませんので、お伝えします。本当にありがとうございました。」
そう言うとリュウは深々と頭を下げた。御礼を言いたいのはこちらも同じで、慌てて、リュウに御礼を言った。
「いやいや、リュウさん、御礼を言うのはこちらですよ。何も分からないこの世界にきて、あなたに色々教わりました。それに、楽しかったのは私も同じです。だから、あらたまって、礼なんか言わないでください。」
そう返事した時に、リュウは泣いていた。リュウの涙はカイが殺されたあの日以来だ。何だか悲しい気持ちになる。するとリュウは泣きながら謝罪をしてきた。
「召喚人、すみません。もっとあなたと旅を続けて、あなたの目的を一緒に探したかった。カイ王子がいない分、あなたを助けるのは私でなければならないのに、こんな情けない姿になってしまった。本当にそれが申し訳ない。
異世界から来たあなたを、一人置いて、天に還らなければなりません。これから先も続く、あなたの苦悩を思うと、胸が張り裂けそうだ。そんなあなたに何も出来ない私を許してください。」
そう言うとリュウは下を向いてしまった。こんな状態になりながら、この期に及んで、人の心配とはリュウらしい。そんなリュウの言葉に、私は大丈夫ですから、と答え。疲れたと思われるリュウを部屋に戻し、横にさせた。
そして、その晩リュウは天に還っていった。無敵のリュウも病には勝てなかった。体も力も心も強く、まさに無敵の男だった。
リュウもカイと一緒にカの国まで送り届けようと思ったが、リュウの出身地も含め、家族の話、過去の話しは全く聞いたことが無かった。それであれば、第二の故郷と言ってもいい、ここに葬ることにした。
遺体は村に近い小高い丘へ埋葬することにした。ここから、ハオやリン達をきっと見守ってくれるだろう。
リュウを失った悲しみは、徐々に心にしみわたり、気力を削いでいった。それからどのくらい経っただろうか、日にちを数えるのも面倒で、正確な日数が分からないが、1週間か10日程度か。ふと、リュウの声が聞こえたような気がした。どうかカイ王子を故郷に連れて行ってください。そう聞こえた気がした。そうだ、ここで腐っているだけではいけない。カの国まで行かなければならない。
カの国へ
ハオやリンには心配されたが、カの国まで旅立つことにした。一人の旅は、何とも面白くないもので、寝ることも、食事をとることも必要がなく、疲れを知らないこの体を、ただただ機械的に前へ進めるだけだ。あっという間に密林に入り、巨人の集落にたどり着いた。
族長は相変わらず元気で、毎日神殿の建設に精を出していると、笑いながら言っていた。カイやリュウのことを話すと、何だか辛くなってしまうので、あまり話題には出さなかった。そんな空気を読んでくれたのか、族長も深くは聞いてこなかった。
話の中で、族長は情報をくれた。以前に、元いた世界に帰る方法を探していると言ったことを気にかけ、情報を集めていてくれたようだ。何でも世界には奇跡を起こせる人間が、極稀に生まれてくる。その奇跡は超自然的なもので、この世界の住人以外と話が出来たりもするらしい。
その奇跡を起こせる人物を探し出し、この世界に召喚した存在と話しをしてもらえれば、ひょっとしたら元の世界へ帰してくれるかも知れないのでは、とのことだった。そしてその奇跡を起こせる人物は、アルムの国より西にある王国に居るとの噂があるとも言った。
今となっては、目的も曖昧だ。カイをカの国に送り届けたら、アルムより西に旅をしてもいいと思った。
それからしばらくは、集落に留まり、族長の手伝いで神殿造りをして過ごした。人と会話し、体を動かすと、辛い思いも薄れるような気がした。巨人の集落で、気力を取り戻し、再び立ち上がれると思えた時、カの国へ出発することにした。
別れの際、族長はいつでも集落に戻り、神殿を造ってくれて構わないと笑って見送ってくれた。
密林地帯を抜け、いよいよカの国に近づいてきた。そういえばチャンドラ氏はこの地は争いが絶えないと言っていたが、確かに出発した7年前と変わらず、この地域では、飢えと争いの傷跡、それから盗賊たちを目にすることが多かった。
出来る範囲で盗賊達を懲らしめたりしたが、根本的な解決にはならない。チャンドラ氏に指摘された通り、誰かがこの地を平定し、飢えを無くし、治安を維持しなければならないのだ。そしてその役目を果たせるのは、カイだけだったのだ。
最初に立ち寄った、老人と子供達だけの集落を探した。一度通っただけの場所で曖昧なせいか、探し当てることが出来なかった。もう無くなってしまったのかも知れない、子供達も殺されてしまったのかもしれない、そう思うと、せっかく巨人の集落で蓄えた気力も、削がれてしまう。なるべく早く、カイを送り届け、山麓の村に帰ろうと思った。
その後、かつてカの国であった場所、その街についた。出発した時と変わらない街並みに見えたが、一回通った程度の街並みを詳細に覚えているはずも無く、良く分からなかった。
記憶を頼りに、王宮に向かう。以前王宮であった場所には、明らかに以前とは違う建物が建っていた。カの国の滅亡と同時に、破壊されてしまったのだろう。
リンシンとの記憶が蘇る、とても楽しく話しをした記憶だ。あの子はいつも笑っていた、その笑い声は、多くの人々を幸せに出来る力をもっていたに違いない。だが、あの日、殺されてしまったのだろう。
無意識にリンシンと歩いた道を通り、気が付けば河原に出ていた。この河原で実験したことを思い出す。この世界に来たばかりで、自分の能力が分からず、色々試した。その後もことあるごとに実験を繰り返し、正確な能力を明らかにしようと試みたが、まだ、不明な部分も多い。
あれから7年、日焼けなど、体の見た目に変化は起きなかった。紫外線以下の電磁波は透過するのかしないのか、判断は出来ないが、体には影響しないことが分かった。きっと、この体に影響を与えられるものは、この世界には存在しないのだろうと確信した。
ただ、ひょっとしたら、核兵器の爆心地や、直径数十mの隕石の衝突による、巨大なエネルギーにさらされてしまえば無事では済まないかもしれない。だが、そんな事態に遭遇することはまずないだろう。良いことなのか、悪いことなのか、判断もつかないが、当面死ぬことはなさそうだ。
さて、カイをどこに帰そうか。街まで来てしまったが、墓を作るにしても、こんな街中では場所もない。出来れば、カイが生まれ育った、この街の近くで良い場所があればいいのだが。リュウに聞いておけば良かったとかとも思ったが、リュウがいい案を持っていたとは思えなかった。
良さそうな場所を探して街の周りを歩いてみる。すると街の南西の方向に、街を見渡せそうな高い山が目に入った。とりあえず行って見るか、山に向かって歩き出す。
山は思ったよりも高さがあった様で遠かった。午前中に出発したが、着いた頃には夕方になっていた。その山肌は切り立った崖になっており、簡単には人が入り込めそうにない。崖には滝が流れている個所がいくつかあり、とても奇麗で雄大な景色だった。
街からは離れてしまったが、街を見下ろせる、自然豊かな、景観が美しいこの場所が気に入った。ここにカイを埋葬しよう。朝を待って、山を登り、山頂を目指すことにした。
翌朝、山を登る。なかなか険しい。崖を登るのには自信がないので、とにかく登れるルートを探し、上を目指していく。中々に苦労したが、一つの峰へ到着することが出来た。ここならば、カイを埋葬出来るほどの平地もあるし、何より遠くにだが、街が見えた。
穴を掘り、カイを納めた壺を埋める。形の良さそうな岩を運んできて、壺を埋めた場所に乗せる。この岩が目印だ、また、カイに会いにこよう。何か迷ったことが出来たなら、道を教えてもらいに、カイに会いにこよう。
目的は達した、山麓の村に帰ろうか。
この世界に来たばかりで、右も左も分からないまま、旅を始めることになり、色々な冒険をした。多少正義の味方の真似もしたし、教師の真似事もした。見えている範囲では、困っている人々を助けたし、ほんの少しは世界を平和にしたつもりだった。
でも、この世界に来た意味は、目的は達成できていない気がする。やらねばならぬことがあるのかも分からないが、十分に足掻く時間はあるはずだ。貧しい子供達に、カイの様に、学ぶ大切さを教え、リュウの様に、生きるための強さを教えよう。
それはきっとカイとリュウが望んだことだと思うから。彼らに恥じない様、顔を上げ、まっすぐ前を向き、生きて行こう。
村に帰ったが、やることが無かった。この村はカイが整備した仕組みで、うまく回っていた。これから益々発展し、人口が増えれば、はみ出してしまう者が現れ、問題が出てくるのだろうが、今はまだ小さい村でそんな心配もない。
そうであるならば、やはり旅に出なければならない。この世界で成すことを探し、訪れた先々で、困っている人々を助けるのだ、リュウとカイ、3人でやってきたように。
とりあえず、巨人の集落で族長の言っていた、奇跡を起こせる人を探しに、西へ行ってみようかと思う。アルムより西、ザラスが言っていた、巨大な建築物があるという、砂漠の国、そして海の国へ。
ハオとリンにまた旅に出ることを告げた。2人は行かないで欲しいと行ったが、ハオとリンならば心配もない。それにまた帰ってくると言って、説得した。子供達とも十分に遊び、そして村を出た。
今度の旅は一人旅だ、旅の先で一緒に旅をする友に出会えるかもしれない。でもリュウとカイを超える友は現れないだろう。それに、もう友が逝くのを見送るのは嫌だ。だったら一人旅の方がましだ。そう思った。




