二十八章 “ケントのハッタリ”
何とも言えない空気になった。いっそのこと音が死んだと表現しても良い。
それくらい、一斉に喧騒が収まったのだから。
そりゃもう、皆して唖然だった。
予想外、想定外、奇想天外……まあ概ねそんな感情を綯い交ぜにしたような表情で皆して固まっていた。
俺を除けば唯一固まっていないのは当然フィニ。
その表情は「ありがとうケント」と言っているようでもあって、それが救いだ。
「「「「「ぇ……えぇぇえええ!!?」」」」」
時間が唐突に動き出したかのように、皆さん紳士淑女らしからぬ驚愕の声を出した。
ええ、ええ、そうですよ。
どうせ俺みたいな駄目人間がこんなこと言いだしたって、お前馬鹿じゃねぇの?的な空気が生まれる事くらいわかってましたとも。
「だ、だが、よくよく考えてみれば、彼は南の村でカレイプスから村を守ったと聞く。」
「なるほど。一語法の使い手、それも人に教授することが出来るほどの手だれの者ならば……」
「カレイプスを一撃というのも頷けない話ではない、ということか。」
お?どうやら良い感じに興味が俺の方へ向いたみたいですよ。
「……」
なんで皆してまた静かになるのかなーなんて思ってみたりして。
「ケント殿、その話は真か!?」
サレファーが明らかに落ち着きを失くした様子で、俺に抱き付かんばかりの勢いで詰め寄って来た。
「あ、ああ。」
皆の食い付き方が予想外過ぎて、ここで「いや、嘘です」とか言ったらどうなるかなー、なんてちょっと考えて、言ってみたくもなったけど、流石にそれはどうかと思うのでやめた。
「弟子にしてください!!」
おおぅ……マジか!?
…………うん?
うん、なんかシュレンも混じってる……
ちなみに皇帝は呆れたような表情で頭を下げる貴族達を見ていた。
「(フィニ……どうしよう?)」
「(ア、アハハ……)」
流石の俺も困り果てて助けを求めるようにフィニを見たら、フィニはフィニでとても困った顔をして苦笑いしていた。
クッ……駄目だ、ここでフィニを頼ってちゃなんにもならない。
「そうだよな。皆魔術の腕、上達したいもんな。」
「おお!では!」
こうなったら、口先だけの駄目人間らしく、口先だけで乗り切ってやる。
「だが、断る。」
ごめん……俺は口先もない駄目人間なんだ……
「な、なぜ!?」
一番最初に顔を上げて納得いかない表情で詰め寄って来たのは、予想外な事にネルグラン伯爵だった。
よし、ここは頑固職人っぽく行こう。
雰囲気あると思うし。
「一語法の真髄を伝える相手は生涯に一人と決めている。そしてその一人は、今ここにいるから。」
落ち着いた冷静さで着飾って、俺はフィニを掌で示しながら穏やかにそう告げた。
それで、貴族たちはこぞって口を噤む。
男性陣は悔しそうに項垂れ、女性陣はうっとりしたようにやや頬を赤く染めながら溜息を漏らした。
あれ?なんかイメージした反応と違う。
俺はもっとこう……ドラマの頑固オヤジっぽく『弟子はとらぁん!!!』みたいな気持で言ったんだけど……
と、思っていたら俺の服の裾が後ろからついっと抓まれた。
うん?と思って振り向けば、それはフィニの仕業だった。
何故だか顔が真っ赤だ。風邪か?
「ケント……その言い方はずるいです……///」
そしてさらに赤くなるフィニ。
おかしいなぁ……フィニは俺がフィニを庇ってこう言った事を分かってると思うから、俺の言う事なんて全部戯言だって分かってるはずなんだけど……
何に反応したんだろ?全然分からない……
「クッ……付け入る隙は無さそうですね。」
ネルグラン伯爵が悔しそうに唇を引き結んでいた。
そんなに一語法を教えて貰えないのが悔しいのだろうか?
「なるほど。恋仲とは僕も失礼な事を言いました。」
あ、『私』って言い直すの忘れてる。
サレファーも表面上は取り繕いながらも動揺してるなー
やっぱ子供だな。
とか、そんな事を考えていたせいで、その後にサレファーが付け加えた一言は聞きそびれた。
「夫婦でしたか。」
なんかサレファーが言ったけど、まあそんな重要じゃないだろ。
こんな空気の中で言った事だし。
どうでも良いけどさ、いい加減あっちで完全に伸びてるウェルストンを誰か介抱してやれよ。
あれだけ憎たらしいと思ってたけど、ずっと放置されてたし、なんだか可哀想になって来た。
「なぁ、フィニ?」
「は!はい!?なんですか!?」
なんかバネみたいに凄い勢いでフィニは俺の言葉に反応した。
相変わらず顔が赤い。
照れ屋さんめー、って額をコツンってやりたいなー
「なんでそんなに挙動不審なの?」
「な、なんでもありません!それで、何ですか?」
何でも無いらしいので、俺は気にせず先に進める事にした。
「ああ、いや。ウェルストンもそろそろ起こしてあげても良いんじゃないかな、って思ってさ。ずっと放置されてるし、なんだか可哀想になって来ちゃって……」
「ケントが良ければ……」
「うん。さっきのでスッキリしたし、もう気にしてないよ。」
「そうですか?では……」
まあ始めからそんなに気にしてはないけどね。
「≪目覚めよ≫」
その一言と同時にウェルストンが「う、うん……」って感じで起き上がり、周りからオォ~とどよめきが上がる。
「クス……」
「なあフィニ。」
「何ですか?」
「もしかして、今かなり機嫌が良い?」
「そそそ、そんなことな、ないですよ!?」
かなり機嫌が良かった。
元の世界で化物呼ばわりされてたフィニだ。
それこそ言霊を使うたびに人々から軽蔑の表情で出迎えられることだってあっただろう。
それがこの場において、皆から純粋な興味と驚愕をもって迎えられている。
目立つのは苦手そうだが、悪い気分ではないのだろう。
「あ!この小娘っ!」
ウェルストンが周りの状況を察せず、フィニの姿を認めると途端立ち上がって襲い掛って来ようとし、
「馬鹿者がぁ!!」
初老の男性に一喝された。
「ランス侯爵殿!?へ?あれ?」
しかも周りの貴族全員に睨まれている状況を察したのかウェルストンは驚きの周り言葉に詰まる。
「こちらにおわす御方をどなたと心得る!」
先の副将軍、水戸光k……いや、何でも無い。
「どなたも何も、ただの異国の小娘では……?」
「馬鹿者ぉ!!」
「ヒッ!?……??」
哀れウェルストン。
状況が察せず、何故自分が怒られているのかも分かっていませんでした、とさ。
初の一日に三章アップ。
今日は良くネタが出て来たので頑張ってみました。
この先もこんなペースで投稿できたらいいのですが、また試験も始まりますし、暫く更新できないかも……^^;
できるだけ頑張ります!