2話 爆裂魔法の火消しをしたあと、初デートは3分で終了しました
そんな、史上最悪の嫌がらせから半年。
私の『普通の恋活』計画は、まだ地平線の彼方にある。
「どうだアリア! やはり僕の右腕には黒き炎が封印されている気がする!」
「はいはい、気のせいですね。それより早く部屋に戻って学園の課題を終わらせて下さい(白目)」
記憶を失ってもなお、無自覚にチート能力を垂れ流す元師匠との、私の過労死寸前の「普通(仮)の侍女生活」は、今日も続いている。
——ちなみに、この三分後。
坊ちゃまは今日も鼓膜を震わせる大爆音と共に、隣の森を消し飛ばしかけた。
「天地を焦がす終焉の焔よ、暁の彼方より来たりし無の軍勢よ、我が血脈に流れし深淵の呼び声に応え――」
「長い長い長い!!!」
「——ッ、『爆裂魔法エクスプロージョン』!」
遮られた勢いのまま、アルベルトがフルスロットルの中二病テンションで木の枝を振り下ろした。
記憶はなくても、魂に刻まれた世界最強の魔力コントロールは健在だ。
国を一つ消し飛ばしかねない超高密度の魔力が、空間を歪めるほどの熱を帯び、目も眩むような凶悪な閃光となって前方の森へ向かって解き放たれる。
(花火に点火するノリで世界滅ぼそうとすんな!! 直撃したら隣国まで更地になるわ!)
おやつのお盆を投げ捨て、音速を超える速度で多重結界を展開。同時に対象エリアを幻術で丸ごとすり替える――その間、わずか0.1秒。
――ズドオォォン……! と、鼓膜を引き裂き、三半規管を狂わせるような衝撃音が脳裏に響く。
しかし、アルベルトの周りには一切の衝撃も漏らさぬ結界を慎重かつ素早く緻密な魔力で編み上げた。
幻術の裏側で、森が三つ消し飛んだ。
山が一つ、分子レベルで蒸発した。湖の水が瞬時に沸騰し、一瞬で干上がった。
多重結界をすり抜けてきた熱波に、じっとりと冷や汗がにじむ。
(――よし、今日は被害が少ないな。ここがド田舎で良かった……いや良い、のか?)
現実の景色は何一つ変わっていない。作り物めいたうららかな光の中、小鳥がちゅんちゅんと鳴いている。
「……あれ? おかしいな。今、確実に手応えがあったのだが」
私は血を吐きそうな思いで、使い果たした魔力を補給するためのポーションを袖の裏で一気飲みしていた。
胃がキリキリと冷えていくのを無視して、完璧な侍女の笑みを貼り付ける。
「坊ちゃま、風の音が少し大きかっただけですよ。ほら、木の葉一枚揺れていません。大魔法使いの爆裂魔法(笑)にしては、いささか慎ましすぎませんか?」
「いや今、確かに爆発したような――」
「では質問です。森はありますか?」
「あるな」
「山はありますか?」
「ある」
「では失敗です」
「くっ……! まだ現世の肉体が、僕の強大すぎる魔力に追いついていないというのか……!」
悔しそうに自分の手を見つめるアルベルト様。
(あっぶなぁぁぁ! この師匠、記憶消してても手加減ってものを知らないわけ!? 記憶がない分、天然最終兵器になってるんだけど!)
◇◇◇
その日の午後、私は街へ買い出しに出ていた。
いつもならこっそり魔法を使って、軽々持っている荷物が今日は重い。
「はぁ。師匠の魔力、チートすぎるでしょ。こっちはもう魔力がすっからかんだってのに……」
買い物に出る直前に、ついでに高級洋菓子店でプリンを買って来いと言っていたアルベルトはぴんぴんしていた。解せぬ。
「お待たせ。待った〜?」
大荷物を持つ私の横を、買い物袋を持った女性が軽快にかけていく。
その先では男性が広場の噴水前で待っていて、荷物を受け取ると二人は仲睦まじく広場を去って行った。
「あああ……私の普通の恋活はいつになれば出来るのよ」
心なしか、プリンを持つ手が重く感じる。
「あの、すみません」
不意に声をかけられて振り返ると、そこには日差しを浴びてキラキラと輝く爽やかな笑顔を浮かべる男性がいた。白い隊服は騎士のものだ。
「ノイン伯爵家はどこでしょうか? 道に迷ってしまって……」
男性は恥ずかしそうに、はにかんだ笑みを浮かべる。
その笑顔を見て、私の心臓がトゥンク……と跳ねた。
(これよ! 私が求めていた普通! 騎士! 爽やか! 優しい! 魔王討伐の依頼もしてこない!)
「あ、私そこで働いてるんです。今から帰るので良かったら一緒に行きましょうか?」
「いいんですか? ははっ、助かりました。あ、荷物持ちますよ」
男性は慣れた手つきで私の手から荷物を受け取る。
「こんなに重いのに、一人で持っていたの?」
「え?」
「無理しちゃ駄目だよ」
(何この人優しい………………結婚?)
脳内に教会の鐘が高らかに響き出した。
青空に色とりどりの花吹雪が舞う。
長いヴェールの裾をポチが咥えて飛び、私は白いドレスのレースをふわりとなびかせながら、教会の奥へ進む。
その視線の先には白いタキシードを来て爽やかに微笑む未来の旦那様の姿が……。
「アリアさん、永遠の愛を誓いますか?」
「はい!」
「くわぁ!」
(何でポチが出てくるのよ!?)
私は思わず、脳内シミュレーションに突っ込む。
「あの、どうかした?」
男性が不思議そうな顔で首を傾げる。
「あ、あはは。な、何でもないです!」
カッと顔が熱くなるのを感じながら、私は脳内結婚式を全力で終わらせた。
そして、少し緊張しつつも心地よい足音を並べて石畳を歩き出す。
「僕、ラインハルトって言います。見習い騎士なんです」
「私はアリアです。アルベルト様の専属侍女をしています」
「へぇ、若いのに伯爵子息の専属なんて、すごいね」
「いえいえ、そんな」と言いながら、私は少しだけラインハルトの横顔を横目で見る。
(爽やかな騎士……今まで私の周りにいなかったタイプだわ! というか、ドS魔法使いしかいなかったけど)
「アルベルト様って、普段はお屋敷に?」
「そうですね。昼間は後継者教育や学校でいない日も多いですが、今日はお休みでしたね」
「へぇ。……運が良かったな」
◇◇◇
その頃、アルベルトは自室でもう何度目になるか分からない時間の確認をしていた。
「アリアのやつめ。遅くないか?」
拗ねたように呟くアルベルトを見て、侍女長のシーラがくすりと微笑んだ。
「坊ちゃまは、アリアがずいぶんお気に入りですのね」
「……そんなんじゃない。プリンが待ちきれないだけだ」
ぷいっと、視線をそらし、アルベルトは窓の外を見つめた。
「おや、そうですか? 先ほどから課題の魔導書が上下逆さまでございますよ、坊ちゃま」
「……っ、これは、逆境から知識を読み解く高度な訓練だ」
「左様でございますか」
シーラはその様子を微笑ましく思っていた。
アリアが来てから半年。
ある日アルベルトが突然思いついたように彼女を連れて来た時は皆が驚いた。
最初は訝しむ者もいたが、アリアは非常に優秀だった。驚くほどの大量の荷物を素早く運び、驚異的な速さで洗濯を終える。……まるで、魔法のように。
今では皆が彼女を頼るようになり、どこかいつも遠い目をしていたアルベルトもまた、彼女が来てからずっと笑顔が増えた。
「……あれは、アリアか?」
不意に、書棚の整理をしていたシーラの耳に、アルベルトの警戒するような低い呟きが聞こえる。
「坊ちゃま? あら?」
シーラが振り返ると、アルベルトの姿はもうそこにはなかった。
何の音もなかった。
まるで煙のように消えてしまったかのようだった。
「坊ちゃま、いつの間に部屋を出て行かれたの? 私も耳が遠くなったかしら。歳ねぇ」
やれやれと、シーラは肩を叩きながら、主のいなくなった部屋で小さくため息をついた。
◇◇◇
アリアがラインハルトと、賑やかな大通りをしばらく話しながら歩いていると、伯爵家の門が見えて来た。
(ああん、もうすぐデート(当社比)が終わっちゃう)
「アルベルト様ってどんな方? やっぱり護衛の人とかたくさんいるのかな?」
その時。ラインハルトの目が一瞬だけ鋭くなる。
「えっと……素直で……裏も表も何もない方で……」
「どんな奴だ」
……すうっと頭上の太陽が陰ったかのような錯覚を覚えた。
唐突に背後から降ってきた冷たい声は、ふわふわした気分を消し飛ばすには十分すぎる威力だった。
「ひゃいっ!?」
飛び上がって振り返ると、いつの間にか背後にアルベルトが立っていた。
十五歳の美しい顔立ちに、一切の感情を消し去った絶対零度の笑みを浮かべている。
その瞳から物理的な冷気が放たれているのか、私の背筋が文字通り凍りついた。その瞳は、私の荷物を持つラインハルトの手に注がれていた。
「ぼ、坊ちゃま!? なぜここに!?」
「プリンが待ちきれなくてね。……ところでアリア。その男はやめておけ」
アルベルト様は私の問いを無視し、ラインハルトを冷たく一瞥した。
「え? なぜです? 道を迷われていたので案内を――」
「顔が気に入らん。……いや、違う」
アルベルト様はじっとラインハルトを見た。
「あいつ、闇の組織の手先だ」
「またその設定ですか」
「魂の色が黒い」
「何ですかそれ」
「知らん。だが怪しい。とにかく気に入らん」
そう言って私を背中に隠すように一歩前に出たアルベルト様の背中は、いつになく強張っているように見えた。
「完全に言いがかりじゃないですか!」
私がアルベルトと口論していると、ラインハルトがいたたまれないような笑みを浮かべた。
「はは、そろそろ僕は失礼するよ。案内ありがとう、アリア」
そう言って彼は去って行った。
その後ろ姿が消える頃、私はガクッと肩を落とした。
――初デート、終了。
世界記録かもしれない。
私の人生で初めて発生した恋愛イベントは、発生から三分で討伐された。
私は静かに誓った。
(……今夜のプリンには塩を入れる。二倍入れる)
でもたぶん、バレる。
◇◇◇
——その頃、建物の角を曲がったラインハルトは、ぴたりと足を止めた。
さっきまでの爽やかさは消え去り、その瞳は底深く、濁っていた。
「……まさか気付かれたか? 厄介だな」
小さな呟きは、夕暮れの澱んだ冷たい空気に溶けていった。
◇◇◇




