3話 塩プリンと『最凶の魔導王』誕生。私の恋活は今日も遠い
初デート(自称)が3分で終わった夜は、やけに月が細く見える。
部屋の窓から、差し込む冷ややかな月光を眺めて私はため息をついた。
「あんのクソ坊ちゃまめ。よくも私の普通の恋活を邪魔してくれたな」
呪詛のような怨念を呟き、手元の針と糸を動かす。
今度こそ邪魔されないように、私は巷で流行りの恋愛運アップのおまじないマスコットを作っていた。
「これで、よし!」
糸切りバサミで、ちょきんと糸を切るとマスコットは完成した。
「………………あれ?」
黒髪。不機嫌そう。偉そう。
「ひぃぃぃぃ! 完全に師匠じゃん!」
自ら作り上げたマスコットから圧を感じる。
「いや違うから! これは理想の男性像とかじゃなくて! ただ資料が師匠しか無かっただけだから!」
怨念を吐きながら作っていたら、呪いの人形を作ってしまったらしい。
「どうしてこうなった? ……はぁ」
ため息をついた、——その時。
細い糸になにかが触れるような気配を感じた。
「……結界に何か」
私は眉をひそめた。意識を集中してその気配を辿る。
一階の庭園側。
それもまっすぐ、アルベルト様の部屋へ——
それに気づいた瞬間、椅子から勢いよく立ち上がった。
「恋愛運アップどころか命運ダウンしてるんだけど!?」
無意識にマスコットが視界に入る。
「……帰ったら絶対燃やす!」
机の上にマスコットを放り投げると、私は部屋を飛び出した。
◆◆◆
——その頃、アルベルトの寝室。
部屋のカーテンが風もないのに揺れる。
「むにゃ……」
穏やかな眠りについている彼の寝台に、複数の銀の刃がゆっくりと近づいていく。
しゃんっと、金属音が走った。
鋭い光が寝台に迫る。
「むにゃ……うるさい……漆黒の奈落へ沈め、重力崩壊グラビティ・エンド」
——ドンッ!!!
「ぐぁ……っ」
見えない圧力が暗殺者達を瞬時に床へ叩きつけた。
ミシリッと、骨が軋む。指一本動かせず、呼吸すらままならない。
(馬鹿な……眠ったままで、この規模の超重力魔法を……!? このままでは数秒で全員肉塊に変えられる……!)
そんな中で、アルベルトは何事もないように、すやすやと寝入っていた。
◆◆◆
私は、夜の冷え切った廊下を全速力で走りながら、心の中で毒づいていた。
(ただでさえ昼間の火消しで魔力は底を突いてるっていうのに、夜勤まで発生するとかブラックすぎるでしょ……!!)
ばんっ、と勢いよくアルベルトの部屋の扉を開いた。その勢いのまま、部屋へ飛び込む。
そこで私が見たのは、凄まじい重力圧で床の絨毯ごとバキバキにメリ込んでいる、黒装束の男たちだった。
いや、1人だけ見覚えのある白い隊服が混じっているが今はそれどころじゃない。
「ちょ、寝言で国家災害級魔法撃つなぁぁぁぁ!! 屋敷どころか地盤ごと沈むわ!!」
私は高位ポーションを引っつかむように取り出し、口で蓋を噛みちぎって飲み干した。同時に両手を突き出し、高速で印を組む。
「反転魔法・重力中和!」
ポーションで満ちた魔力回路の熱が、今度は波が引くように一瞬で消え去り、指先から血の気が引くような寒気が襲う。魔力はまた、すっからかんになった。
それと同時に、室内でミンチになりかけていた暗殺者達の圧迫が緩んでいく。
やがて魔力の残滓を残しながら、室内は静かになった。
穏やかなアルベルトの寝息だけが部屋に響く。
呻いていた暗殺者達はそのまま全員気絶した。
私の魔力も全滅。
「……誰か労働基準監督署を呼んで」
私は床に膝をついた。
なお、この職場の上司は世界最強の大魔法使いなので通報先が存在しない。
「さて、この侵入者達を早い所警備に突き出して……ん?」
倒れて目を回している暗殺者の中に見覚えのある顔があった。昼間の爽やか騎士である。
「って、暗殺者だったんかーーーーい!! 私のトゥンクを返せぇぇぇぇぇ!!」
こうして、私の人生初の恋愛イベントは、発生から半日で『暗殺者討伐イベント』へと進化を遂げた。
普通の恋活への道は、今日も遠い。
私のトゥンクは、完全に黒歴史フォルダへ格納された。
そんな私の絶叫など聞こえないように、
「むにゃ……プリン……」
元凶は幸せそうに寝言を漏らした。
……明日のプリンは三倍塩にしよう。
◇◇◇
翌日、警備兵に突き出した暗殺者達は青白い顔でガタガタと震えながら尋問に答えていた。
拷問など一切されていない。ただ、昨日の恐怖が肉体から抜けないのだ。
「あ、あいつは……あのノイン伯爵子息は、怪物だ……」
「おい、しっかりしろ。何があった?」
警備兵が問い詰めるが、ラインハルトの目は虚空を見つめたままだ。
「あ、あの部屋には、寝返りを打つような仕草だけで、我々の全身の骨を粉砕しようとした『冷酷な怪物』がいる……」
そしてラインハルトは、さらに怯えた表情で声を潜めた。
「だが、もっと恐ろしいのはあの侍女だ。彼女は、あの怪物をまるで『躾』でもするかのように片手で、一瞬で中和した……!」
その瞬間を思い出し、ラインハルトは両腕を強く抱えながら、激しく震え出した。
「あ、あ、あの凄まじい絶望のプレッシャーの中、眉一つ動かさずに、僕らをゴミのように転がして言ったんだ……『労働基準監督署を呼んで』と」
「ろ、ろうどう……? なんだその恐ろしい古代の禁術は……!」
冷たい尋問室に、怯えた暗殺者達の悲鳴は、監獄へ移送されるまでの数日間続いた。
こうして、この事件をきっかけにある噂がたった。
「アルベルト伯爵子息の部屋には、こちらの動きをすべて予期し、指一本動かさずに我々を肉塊に変えようとした『冷酷な怪物』がいる」と。
その噂は尾ひれをつけて裏社会や他国の情報部へ広がり、後に彼は『無能を演じて世界を欺く最凶の魔導王』として恐れられることになる。
「大魔法使いごっこ」のおかげ(?)で、彼を狙おうとする刺客や、伯爵家を嵌めようとする政敵が、少しずつ姿を消していくことになるのだが――もちろん、この時の私は知る由もなかった。
そんな事などつゆ知らず、当の本人は窓から差し込むきらびやかな朝光を浴び、ドヤ顔でプリンを味わっていた。
「ふっ、だから言っただろうアリア。あの男は顔が気に入らんと。僕の『魔眼』に死角はないのだ」
とても満足そうに、坊ちゃまはふんぞり返った。
「ハイハイボッチャマノイウトオリデス」
感情の起伏を一切排した、地を這うような死んだ声で私は返した。
「心がこもってないぞ」
誰も知らない。これがただの、ちょっと痛いお年頃の坊ちゃまの思いつきにすぎないなんて。
そしてその裏で、一人の侍女が国家予算レベルの魔力を使い潰しながら、死に物狂いで辻褄を合わせているなんて。
「さあアリア、次はどんな大魔法を披露してやろうか?」
「……坊ちゃま。とりあえず、次は『世界征服ごっこ』以外でお願いいたしますね。私の寿命が消滅しますので」
「普通の女の子になって甘い恋をする」という計画は、早くも地平線の彼方に消し飛んだようだ。
ふと、ノリノリで言うアルベルトのポケットに見覚えのあるものが目に入った。
「ちょっと、坊ちゃま! 何でそのマスコットを持ってるんですか!?」
「ああ、これか?」
ポケットから出て来たのはまごう事なき、私の自作のマスコットだった。
「拾った。造形は稚拙だが、不思議と愛着が湧くのでね。気に入ったんだ」
「いつの間にかないと思ったら……! 机の上に置いておいたのに『拾った』はおかしいでしょ! 返してください!」
「嫌だね」
アルベルトはサッと身を翻した。素早い。
「それ、私の恋愛運アップのお守りなんです!」
私はこっそり強化魔法を使い、床を蹴って手を伸ばした。
「ふーん」
アルベルトはそう言って、顔色一つ変えず残像すら残るような魔速のステップで私を避けると、そのまま流れるような速さでマスコットをポケットへ戻した。
「なら尚更だ」
「は?」
空を切った手を握りしめながら振り返ると、アルベルトは窓の光を背にして、どこか酷く大人びた声音で小さく呟いた。
「……アリアに恋人なんて出来たら困るだろう」
「何でですか!?」
アルベルトは少し考えるような仕草をする。
「『俺』の侍女がいなくなるだろう。それに、そんな事になったら、誰が『俺』の塩プリンを作るんだ?」
(あれ? 何か今違和感が……)
いや、そんな事より今この坊ちゃま何て言った? 塩プリン?
すうっと血の気が引いていくのを感じながら、私は頭を抱えた。
あの常識はずれの味覚を持つ師匠が、私の嫌がらせを「そういう斬新なスイーツ」として受け入れている。
もしこれが嫌がらせだとバレたら、どんな倍返しが待っているか分かったものではない。
私は冷や汗をダラダラと流しながら、何食わぬ顔で頭を上げた。
「……あの、坊ちゃま。私、プリンに塩なんて入れた覚え一切ないんですけど」
「え?」
「え?」
アルベルトは昨日のプリンを思い出すように首を傾げた。
「……おかしいな。あれは塩プリンという新種の菓子ではなかったのか? 非常に私好みの尖った味だったのだが」
「……」
私は唇をきゅっと閉じ、静かに目を逸らした。
(バレたら倍返しだ……)
普通の女の子になって、甘い恋をする。
そんな私のささやかな計画は、今日も坊ちゃまの『大魔法使いごっこ』に、あっさり吹き飛ばされるのだった。




