1話 「普通の恋がしたいです」と言ったら、師匠に契約魔法で侍女にされました
「確信したぞ、アリア! 僕は伝説の大魔法使いだ!」
ぽかぽかとした昼下がりの伯爵家の庭園。
木の棒を振りかざしながら堂々と中二病発言をするのは、私の主、アルベルト様(15歳)だ。
……その棒、下手をすると本当に魔法が飛ぶので、正直かなり怖い。
「まぁ、それは大変ですね。さ、お茶が冷めますよ。さっさと飲んで、さっさと部屋に戻ってください」
「アリア、相変わらず侍女として態度がなってないぞ」
そりゃそうだ。私は元々侍女ではない。
「おいアリア、聞いているのか?」
「聞いてますよー」
私はため息を吐いた。
ちなみに、この発言は一ミリも間違っていない。
アルベルト様は本当に伝説の大魔法使いだ。
——問題は、本人がその事実を忘れていることだった。
しかも魔法の才能だけは、何ひとつ失われていない。
◇◇◇
一年前。
「これまで大変お世話になりました。熟慮の結果、私は本日をもって師弟関係を終了し、新たな人生を歩ませていただきたく存じます」
私は三日かけて推敲した退職届を差し出した。
世界最強の大魔法使いの弟子を辞めるのだから、せめて形式だけは整えておきたかった。
師匠は退職届を一瞥すると、笑顔のまま絶対零度の視線を向けた。
実際に部屋の室温がみるみる下がっていく。霜が降り始め、淹れたての紅茶がまたたく間にアイスティーに変わる。寒い、リアルに室内で凍死する。
「……どういう意味だ?」
「どういう意味、ですって!?」
ガタッと、勢いよく立ち上がる。
「私は二十歳です! 同年代の女の子はもっとこう……まともに恋をしているんです! なのに私は十年間、魔王討伐、古代遺跡調査、世界滅亡阻止しかしてません! 人生に普通もなければ恋愛イベントの一つもないんですよ!?」
私は拳を握りしめて一気にまくし立てた。
「……お茶会すら、まともに行った記憶がありません!」
もはや絵本でしか見たことのない、遠い世界の儀式だ。
「ははは。なんだ、魔法使いあるあるじゃないか。そんな事よりアリア、牛乳が切れた。買って来てくれ」
「……ちなみに聞きますが、どこへ?」
「天空都市」
「世界一遠いスーパーじゃないですか!! そういう無茶をさらっと言うところですよ!!!」
何一つ伝わらないもどかしさに、私は天を仰いだ。
「いいですか師匠! 覚えていますか一年前! 『ちょっと新鮮な卵を採ってきてくれ』と言われて向かった先が、活火山に巣食う古代竜の巣ですよ!?」
私は一歩、師匠に詰め寄った。
「卵を一個取るために、私は世界の危機レベルの天変地異とタイマン張ったんですよ!?」
その目の前を古代竜の幼獣——『ポチ』がくわぁ、とあくびをしながら通り過ぎていく。
「……しかも、持って帰るなり卵を食べるのはかわいそうだと古代竜を孵化させてペット化するなんて……」
私は頭を抱えた。
「ポチー、ドラゴンちゅるる食べるか? アリア、ドラゴンちゅるる……」
「そんなモノないわ!!」
「では作れ」
「何で私がドラゴン用おやつを研究しなきゃならないんですか!」
私はぷるぷると怒りに肩を震わせた。
「いいですか師匠。私は普通の女の子になって、休日に友達とお茶をしたいんです」
「ほう」
「素敵な旦那様と、お祭りで手を繋いで歩いたり、甘い恋をしたいんですよ!」
「へえ」
「聞いてます!?」
——言った。言ってやった。
師匠は「ふぅん」とだけ言ったきり、私が差し出した退職届を指先から出た青い炎で静かに灰にした。
「……なるほど。お前は普通の人生とやらがいいのか」
「いいに決まってるじゃないですか!」
私の必死の訴えに対し、師匠は、まるで面白い玩具を見つけた子どものように笑った。
……いや、獲物を見つけた猛獣の顔だった。
こういう時は大抵碌な事を言い出さない。
「では実験だ。お前が俺に普通の人生の良さを証明出来たら退職を認めてやる」
「……いや、意味がわかりません」
師匠は、わざとらしくまだまだ未熟だなという顔でため息をつくと、不敵に笑った。
「俺は記憶を封印し、肉体を十五歳へ巻き戻して、貴族の息子として人生をやり直す」
「は?」
「お前は侍女になれ」
「は??????」
「俺の一般人ライフを完璧に守り、普通を満喫させろ。あ、バレたらやり直しな」
「嫌ですよ!」
私は力強く断固拒否した。
「拒否権はない。もう契約魔法は発動している。では、頼んだぞアリア」
その瞬間、私の手首に、黄金の魔法陣が浮かび上がった。主従関係を縛る契約魔法だ。
「げっ! いつの間に!?」
「なお、逃亡した場合は位置を把握する」
師匠は満足そうに笑った。
「ストーカーですか!?」
「師弟愛だ」
「待ってください! 師匠ォォォォ!!!」
師匠が消えた部屋には、超高濃度の魔力残滓だけが残されていた。
俯いた視線の先には、意味が分からない魔法陣が嘲笑うように床に広がっている。私は崩折れるように膝をついた。
◇◇◇
その後、私は師匠の残した禁書を読み漁り、不眠不休で魔法陣を解析した。
——そして、ようやく気づく。
師匠が発動したのは『転生若返り魔法』だった。
「……やられた。こんなの解析できる魔導士なんて、世界中探しても私しかいないじゃない……!」
(あとは……)
私は山積みになっている、師匠が救った貴族たちからの手紙や養子縁組の打診状へ視線を向けた。
「養子、ね」
あれでも師匠は英雄だ。
爵位には興味がなかったが、各国の名門貴族から養子縁組の申し出だけは山ほど来ていた。
十五歳の少年として人生をやり直すなら、あの人のことだ。その申し出のどれかを利用しているに違いない。
「もう……どこの貴族に潜り込んだのよ、あの人」
私が海の底より深いため息をついたその時、家の外がにわかに騒がしくなった。
窓の外を見ると、見たこともない豪華な馬車が止まっている。
「あれは……超名門の伯爵家の紋章?」
師匠への依頼かもしれない。しかも本人不在の今、私ひとりで断れる相手ではなさそうだ。
——私は仕方なく、扉を開けた。
馬車から降りてきた少年は、年齢こそ十五歳ほどだったが、その尊大な立ち姿と、人を食ったような笑みだけは見間違えようもなかった。
凄まじく嫌な予感がする。
彼は私を一瞥するなり、フッ、と不敵に笑ってこう宣言した。
(うわ、この笑い方……絶対師匠だ)
「記憶はないが……僕の魂が叫んでいる! ここに最高に優秀で、僕を支えるべき運命の侍女がいる気がする!」
少年が、つかつかと、扉へ向かってくる。
「あ、人違いです」
努めて冷静に閉めようとした扉を、ガッと凄まじい力でつかまれて、強引に開かれる。
「ひっ……!」
「うん、いた! さすが僕! おいお前、今日から僕の専属侍女になれ!」
(自分で条件セットして記憶消したくせに、直感のフリしてスカウトしに来るなこの確信犯め……!!)
こうして私は、伯爵家の権力と、手首の契約魔法の合わせ技で、秒で引きずり出される羽目になったのだった。
◇◇◇




