#8 難題
そんな風習があるなんて、私は知る由もなかった。魔法というものが存在する星ならではの風習だ。
そして聞けば聞くほど、無理難題だ。
それを、イゾルデ様に陛下の前でやれというのか。
「王族、貴族とはたいていの者は魔術が使える。私ほど強力ではないものの、第二王子妃ともなれば、ある程度の魔法を使いこなせる者でなくてはならない」
「……しかし、イゾルデ様は、魔力を持たないお方だ、と」
「そうだ。第二王子の妃ゆえ、魔力なしの令嬢でも構わないとアンリ様は考えた。実際、ラングラード公爵家の次女であったイゾルデ様は生まれつき、魔力がない。色々と手を尽くしたとのことだが、ついに魔術を使うことは叶わず。だが、そんなお方を妃として迎えてしまった」
どうやら、イゾルデ様というお方はアンリ様の調査研究の良き理解者であり、それゆえに惚れ込んでしまい妃とした。そういう経緯があって、魔力を持たぬ令嬢が第二王子の妃となってしまったのだが、その事情を百も承知の王妃様が、なんと王族の風習をイゾルデ様にさせようと画策したのだ。
「……その風習とは、簡単に言えば、魔術で沸かした湯で茶をもてなすというものだ。王族ならばその程度、できて当然のことではあるが、相手がイゾルデ様では……」
どうやら王妃様はイゾルデ様のことが気に入らないらしい。そこで、陛下の前で恥をかかせ、アンリ様よりイゾルデ様を引き離そうと画策されている、ということらしい。
なんという理不尽、しかしこの王国貴族や王族ならば、その程度の権謀術策や嫌がらせは当たり前。それを乗り越えてこその王国の治世者を名乗れるのだ。
いわば、試練である。
が、手のひらの上で湯を沸かすなど、どうすれば良いのか?
「あ、アーシャさんに倉田さん、良いものがありますよ」
ところがである。その話を聞いて、律君がある提案を持ちかける。
「なんだ、リッツ。良い手があると申すか?」
「はい、アーシャさん。要するに手の上で湯を沸かせば良いんですよね? ちょうどいい製品があるんですよ」
そう言いながら、ゴソゴソと取り出したのは、携帯電気ポットだった。
「あー……確かに、それなら手の上で湯が沸かせるわ」
「ですよね。これ、小型ながらも十秒で八十度まで水温を上げることができるという、特殊な電磁コイルを用いておりまして……」
「ああ、分かった分かった。商品の詳細はいいから、それを使ってみせることはできる?」
「お水さえあれば、いつでも」
そういえば、そんな製品も扱っていたな。さすがは律君だ。アニメオタクであると同時に、自社製品のほぼ全てを知り尽くした男。こんなところで役に立つとは思わなかった。
で、一行はアンリ様の住む王宮の一角、第二離宮へと向かった。
「えっ、そのような魔術のような道具が、あるのでございますか!?」
アンリ様とイゾルデ様が驚くのも無理はない。そんなピンポイントな要望を満たす道具がこの世にあろうなどとは、夢にも思わなかっただろう。
「はい、こちらです。いかがでしょう、特殊コーティング加工は当然ながら、小型で強力な加熱機構を内蔵した、ただのポットとしか見えない外観の品でございます」
「うむ、これならば、例のお茶会で出しても申し分ない品であるな。して、どのように湯を沸かすのだ?」
「はい、まずはこの中に、水を注ぎます」
律君の説明を受けて、アンリ様は急いで侍女を呼びつけ、水を注がせた。
「その後、この底面を二本の指で五秒間、触れます。すると、ポットにスイッチが入り、あっという間に八十度ほどの湯が沸きます」
そう言って、実際に底面にふれて湯を沸かす。しばらくすると、湯気が上がり始める。そばのテーブルに置かれたカップに、その湯を実際に注いでみせた。
うん、これならば、まさに魔術を使ったように見える。そう喜んだ私だが、アンリ様の表情は暗い。
「うーん、惜しい……これではダメだな」
なんと、いきなりのダメ出しだ。私は尋ねる。
「あの、アンリ様、何かご不満な点があるのでしょうか?」
「うむ、湯を沸かすところはいい。だが、炎の魔術というのは発動時に、赤い光を発するのだ。ただ湯を沸かすだけでは、残念ながら魔術を使ったとは思われまい」
ああ、そうか。魔術らしさがないということか。それは盲点だった。だが、残念ながらこのポットに赤く光る機能はない。困った。
が、私は思わず閃く。要するに、足りないのは「赤く光る」という機能だけだ。その程度であれば、なんとかできる。
「あの、アンリ様。その問題、なんとかなるかと思います」
私はそう、アンリ様に告げる。
「なんだと? 真か」
「はい、つまり、湯を沸かしている間だけ、赤く光ればよろしいのですよね」
「それはそうだが……」
「ところで、そのお茶会というのはいつ、行われるのですか?」
「ああ、明日の昼、午後の一つ目の鐘の頃だ」
「承知いたしました。その問題、なんとかしてご覧にいれます」
訝しげな顔をするアンリ様とイゾルデ様、そしてアーシャさんを前に、私はどうにかして見せると太鼓判を押す。
もっとも、律君だけは分かってくれた。
何せ、単純な問題だ。ただ「赤く光る」ことさえできればいいのだから。
さて、お茶会の当日を迎える。
このお茶会は、宮中の中庭で行われる。小さなドーム状の屋根の下に置かれた丸テーブルには、カップとお菓子が並べられている。すでに国王陛下と王妃様がいらっしゃる。
ちなみに、そのお菓子は我が社が調達した。支社長は、いくつかの菓子メーカーとのツテがある。それを利用し、極上のクッキーやマフィンなどを取り寄せた。
で、まずはアンリ様がそのテーブルに座る。イゾルデ様が遅れて、例のポットを持ち、現れた。
「ほほう、イゾルデが茶会でわしをもてなすとは、珍しいな」
国王陛下は、イゾルデ様の事情を知ってか知らずか、そのようにお答えになった。で、そのイゾルデ様の後ろから、私が「侍女」になりすまし、水入りの瓶を抱えてついていく。
イゾルデ様が陛下に、こう告げる。
「此度の菓子は、星の国より取り寄せたもの。父上と母上のお口に敵えばよろしいですが」
「そうか。では、イゾルデよ、そなたの茶と共に頂こう」
さて、そんな会話のやり取りの中、私はイゾルデ様の持つポットに水を入れる。それを、全てを知る王妃様がほくそ笑みを浮かべて眺めているのが分かる。が、王妃様の思惑通りにはさせまい。私は一礼し、後ずさる。
そして、ポットの下に指を二本、タッチする。五秒後に、スイッチが入る。湯が沸き始めた。
が、そこまでがこのポットの機能だ。が、それを魔法らしく見せる「演出」が必要だ。そこで私は、腰のあたりにつけたスイッチを押す。
ポットの底面から、赤い炎のようなものが光り始める。すぐに湯気が立ち、お湯が湧いたことを示している。
それを見た王妃様の顔色が変わる。魔法を使えないはずのイゾルデ様が、魔法を使った。このお方にとっては想定外だったことだろう。そのポットの湯が沸いたところで、私はスイッチを離す。
簡単に言えば、細いLEDライトをポットの底面に仕込んでおいた。それを、無線給電で腰に仕込んだバッテリーのスイッチを入れて送電する。その間だけ、LEDが光る。たったそれだけの仕掛けだ。昨日、ショッピングモールで大急ぎで調達できる代物だけで、最後の問題を解決してみせた。
「頃合いに、ございます」
イゾルデ様がそう言いながら、茶葉の入った網をカップの上に構え、四つのカップに湯を注いでいく。その茶葉も、当社が用意した。ほんのりと、香ばしい香りを漂わせる。
そしてポットを脇のテーブルに置き、イゾルデ様も席につく。私は空き瓶を抱えたまま、そばに立っている。
「うむ、真に美味い菓子、そして茶であるな」
「はっ、気に入っていただけ、光栄にございます」
国王陛下がそう言われ、アンリ様が答える。王妃様はといえば……そんなはずじゃなかったと言わんばかりの、歪んだ表情を浮かべている。
が、残念ながら、王妃様のその嫉妬めいた野望は打ち砕かれた。アンリ様の思惑通り、イゾルデ様が王子妃にふさわしい。この一件で、それが示された。
その、はずだった。
「はっはっはっ、文字通り、実に愉快な『茶番』であったな!」
ところがだ、その茶会も終わりに差し掛かった時、突然、国王陛下が不穏な言葉を発する。その瞬間、私は陛下にすべて見透かされていたことを直感した。
当然、陛下の言葉を聞いたアンリ様、そしてイゾルデ様の顔色も変わる。私も同様だ。なぜだ、完璧な計画だったはず。それがどうして、こうもあっさりバレた?
「イゾルデが魔術を使えぬことくらい、わしが知らぬはずがなかろう」
そう告げる陛下を前に、私も、そしてアンリ様も、返す言葉がない。
つまり、最初からこのお茶会は、イゾルデ様がしくじることを知ってのことだった。陛下の言葉からは、そう考えざるを得ない。
が、陛下は続ける。
「どうせ、あの星の国の技とやらを使い、魔法らしくみせかけたのであろう。ここにある菓子、そして茶葉だけではあるまい。イゾルデが持つそのポットに、そして脇にいる、見慣れぬ侍女。全ては、イゾルデに魔力が宿ったと見せかける企みだったのであろう」
ああ、ばれちゃったか。すべてお見通しのうえで、この茶会を過ごされたというのか。こりゃあもう、処されるかな。
しかし、陛下はこうも言われた。
「いや、責めているのではない。イゾルデは魔力がなく、不憫な思いをさせておった。その汚名を返上する機会をうかがいたいと思うのは当然のこと。そして、それは星の国の者の力もあり、此度の茶会で達成された」
唖然とする王子夫婦と、その後ろに立つ私。陛下はその直後、王妃の方に目線を移し、まるで睨みつけるかのように一瞥する。これを強制したのは、まさに王妃様だった、そのことすらもお見通しだったと言わんばかりだ。
が、敢えてその場では、そのことには触れない。陛下の目は、後ろに立つ私に注がれる。
「さて侍女、いや、王都で噂となっておるミューとやらよ」
えっ、私が美優、いや、ミューだということまで気づいておられた? そこまでバレてたのか。私はたどたどしく答える。
「は、はい! 仰せの通りです」
「此度の企み、そなたの仕掛けたものであるな。いや、実に見事であった。魔術が使えぬイゾルデがどうして湯を沸かせるのか、もしや本当に魔力を得たのではないかと、わしも危うくしてやられるところであった。が、水をポットに入れる作法が普通の侍女とは異なるゆえ、全てを察した」
ええーっ、そんなところで気づいちゃったの? つまり、私がしゃしゃり出てしまったばかりに、謀がばれるきっかけとなってしまったとは。
「ええと、あの、その……申し訳ございません。すべては、私の責任でございます」
「何を言うか。あの王都最強の騎士団長であるカライの剣と魔術をも跳ね返した上、とんでもない調理具と防具をもたらし、我が国に奇跡と安穏をもたらした者と聞いておる。そして此度の茶会。実に素晴らしい。その豪胆さ、ますます気に入ったぞ」
「は、はい、きょ、恐悦至極に、存じ奉ります……」
もう何を話しているのか、自分でも分からない。しかし陛下は終始、にこやかなまま、王妃を連れて中庭を去っていった。あとには、アンリ様とイゾルデ様、そして侍女姿の私だけがその場にとり残された。
「……あの、結局、どうなったのでしょう?」
この話の流れからは、私がどう処遇されるのかが全く分からない。にこやかな顔で、処刑を言い渡す為政者というものが歴史上、無数にいたことを私は歴史の教科書から学んで知っている。陛下がそのようなお方かどうかは、この時ばかりは測りかねていた。
が、アンリ様がこう告げられる。
「いや、陛下としては予想外に楽しまれた、ということのようだ。何かされるようなことはないから、安心してくれ」
つまりだ、バレていたにもかかわらず、陛下はこの状況を楽しまれた、ということか。すなわち、お咎めなしってことでOK?
ともかく、私は王宮を出て、外で待つアーシャさんや律君と合流する。
「どうだ、上手くいったか!?」
そう尋ねるアーシャさんに、私はこう答えた。
「そうですね……バレてしまったんですけど、上手くいったようです」
「は? バレたのに、上手くいった? どういうことだ」
「ま、まあ、そのあたりの仔細は、馬車の中でお話します」
この一件で、国王陛下というお方がただものではないことが身に染みて分かった。次にあの目で睨まれたら、私は正気でいられる自信がない。
にしても、国王陛下にまで私の名が知られていたとは驚きだ。なんて狭い国だ。鍋とフライパンだけで戦ったことは、そんなに突拍子もないことなのか?
そんなことを思いながらも、その日はアンリ様とイゾルデ様の実家であるラングラード公爵家に立ち寄って、いくつかの受注を受けた後に支社へと戻った。
「そんな浅はかな作戦で臨むなど、愚かなことだ。だいたい、第二王子の困りごとを解決する義理はないだろう。その間に注文を得ていた方が、我が社はさらに多くの注文を得られていたというのに」
戻るや否や、雄二支社長は文句をぶつけてきた。が、そんな言葉がどうでもよくなるくらい、私と律君には得られるものがあった日だった。
「いやあ、本社にいた時よりも、こちらの方が倉田さんは生き生きと仕事をされてますね。僕も、参考になります」
そう感心する律君だが、そこに至るまでに乗り越えてきた死線を、彼は言葉でしか知らない。あれは実際に経験した者でなければ、決して理解されるものではない。
ともかく、私はこのアンリ様からの無理難題を、どうにか乗り越えることができた。結果的には、変な言い方になるが、失敗であり成功だった。
おかげで、今日の受注数は少ない日であった。が、それ以上に勝ち得た王族への「信頼」の大きさは絶大だったと私は思う。
しかしそれは、次なる試練への架け橋に過ぎなかった。




